第22話 その咎で手は離れ
揺れている。
意識が戻って最初にツカサが感じたことはそれだった。起き上がろうとして体が動かないことに気付く。上手く力が入らない。身を捩ると手足が縛られていて、どうにもできなかった。
ああ、とツカサはようやく思い出した。捕まった、切谷村の連中に。力が入らないのは気を失う際に頭を強く打たれたからだろうか。
「目を覚ましたか」
後方から声が聞こえた。ツカサは光を取り戻し始めた目で確認する。
担がれていた。先ほどから感じる振動は肩の上に担がれることにより揺らされていたためだった。知らない人間の背中が見える。
「ん・・・。」
何か口汚い言葉を吐こうとしたが、猿轡を嵌められていたためにツカサは何も言えなかった。喉の奥から渇いた音が響くのみである。
「明日の朝までぐっすりかと思ったが、いやはや頑丈な奴だな」
男の声が響くたびにツカサの中で怒りが弾ける。ツカサを今抱えているのは、カシナの兄であるクキナだった。
足音からして他に二人いる。二手に分かれた四人が合流し、その内一人をツカサが殺した。数は合っている。
「んーっ、んんーっっ!」
力の入らない体を無理やり反らせ、見えているクキナの背中に打ち付ける。一度、二度三度。五度目を試みようとした辺りでクキナが止める。
「やめろ、無駄だ。運ぶだけで面倒なんだから余計な手を煩わせるんじゃねえよ」
「んーっ、んんんーっ」
ツカサは声にならない声をひたすら絞り出す。何も伝わりはしないが、何かを言おうとしていることだけは明確に伝わった。息が切れると再度体を反らし、打ち付ける。顔面を背中に打ち付けているので、クキナよりもツカサの方が悼みは強いのだが、ツカサは躊躇しない。
「くそ、面倒くせえな。おい、もう一度こいつ殴って気を失わせろ」
「いやでもクキナ、そう何度もやっちまったらこいつ死ぬかも知れないぜ。足の出血と合わせて、結構ぎりぎりなんじゃねえか?」
「ああもう、殺してやりてえってのによ」
言っている間にもツカサは体を打ち付けている。苛立ったクキナが腹立たしそうに、舌打ちをする。
「わかった、わかったから糞餓鬼。取りあえず猿轡だけ外してやっから暴れるな。わかったな」
「――。」
ツカサは無言で肯定を示す。
「外してやれ」
一人がツカサの前に回りこみ、口にかませていた猿轡を外した。溜まっていた唾を吐き出し、ひとしきり咽た後、ツカサは言う。
「放しなさいこの屑」
「はっは、言うと思った。放すわけねえだろうが」
「なら殺しなさいよ。恨みは十分あるでしょ」
「そうしたいね。俺も、俺の仲間もそうしたい。でもそうしない。お前には殺す以外の使い道があるから生かしてるんだっつーの。言ったろ人質だって。それとも気を失って記憶も飛んだか?」
「放さないならまた暴れるわよ」
「そしたらまた猿轡だ。楽に運びたいからこうしてるだけで、別にお前を慮って猿轡外したわけじゃねえからな」
「糞野郎」
「そりゃどうも」
クキナはツカサの傷跡に力を込める。激痛が走り、ツカサは思考が吹き飛ぶ。
「ぐっ、ぎ」
「痛いだろうな。俺らの仲間も痛かったと思うぜ。モロウも躊躇なく殺してくれたしな」
「あ、あんたらが来なけりゃ」
「おいおいおい、それは気が飛ぶ前に話しただろうが。平行線だ。俺もお前も、始めちまった以上は後先別だ。その場その場の恨みつらみだけが積もっていくのさ」
込められる力は緩んだが、クキナ指はまだツカサの傷口に触れていた。染みるような繰り返しの痛みがツカサの体を蝕む。それでも、ツカサは必死に抵抗する。
「違う。それは違う。絶対にお前達が悪いのよ。お前達が始めたから」
「何をもって始まりっつーんだよ」
「あの森の日に決まってるじゃないの」
「あの子供に鉈を振り下ろした日か?だとしたら認識がやっぱり違うな。俺達はその前に始められたんだから」
ツカサはクキナの言っている意味がわからなかった。始まりがあるとしたらあの日をおいて他にないから。あのシイナを失った日をおいて他にはありえない。
「わかんねえってか?俺に取っちゃ始まりはその手前だ。カシナだよ」
「――!」
最も聞きたくない名前。消したい名前、消したい記憶。
「俺とカシナは常に連絡を取り合ってた。当然だろ住む村は違えど兄弟だ。互いの状況とその他諸々、いつも確認を行ってた。けどそれがある日なくなった」
わずかに、ツカサの傷口に触れる指の力が増した。
「いつもこの森の中で会ってたんだがな、約束の日にあいつはこなかった。何日も待ったんだぜ。これでも弟思いだからな。そうしてるうちに判った。あいつはもう来ないってな。お前は知らないかもしれないが、潮村と切谷むらも裏では多少なりとも交流があってな。その中で漏れ聞いた話だ。何日も前からカシナが姿を消していると」
ツカサは黙る。黙らざるを得ない。カシナとクキナのやり取りを絶ったのは、間接的にとはいえ自分であるのだから。
「それでようやく合点がいった。カシナは殺されたんだと。あいつは神の住処を探ってたし、その情報をこっちに流してたからな。潮村のやつらにとっちゃ殺す対象として文句なしだ」
クキナはカシナが村を裏切ったために殺されたと勘違いをしている。実際はツカサを襲おうとした際にヒックに殺されたので、村の事情とはまったく関係のない理由なのだが、当然それをクキナが知る由もない。
「まあその実行役がお前みてえな餓鬼だっつーのは意外だけどな。しかし船の上での殺しっぷりを見りゃそうでもないのか。ともあれ、そっからだ。カシナが殺されてからこの話は始まってんだよ。だからよ、おい」
クキナはこれ以上ないほど指に力を込めた。
「村を裏切ったっつー理由だけで人を殺すような奴らが、どっちが先に攻めてきただのぬかしてんじゃねえよ」
「そ、それは、違うわよ」
「ああ?何がだ」
「潮村は、村の皆はカシナを殺そうだなんて思っていなかったわ。というかそもそも、カシナがあんた達と繋がっていたことも知らなかったもの。皆はそれを、カシナが死んだしばらく後に、家に残っていた記録から知ったのよ」
クキナは歩きをぴたりと止めた。ツカサにとって鬱陶しかった揺れが止まる。
「嘘吐くんじゃねえよ糞餓鬼。だとしたら順序がおかしいだろうが。何でカシナの裏切りを知らないお前らがカシナを殺すんだよ」
「お前ら、じゃないわ。カシナを殺したのは、そうしようと考えたのは私一人だけよ。それも村の裏切りとは別の理由で」
ツカサは痛みを堪えながら精一杯笑ってやった。
「あの男、私を犯そうとしたの。こんな糞餓鬼の私をね。だから殺したのよ。あんな奴のものにされるなんて絶対に嫌だったから」
「そんなわけあるかよ。あいつがそんな真似」
「するのよ。いいえ、したのよ。お前の弟は。真性の変態だったみたいね。で、お前らはその変態の敵討ちの為にのこのこやって来てばたばたと死んでいったってわけよね。笑えるわね」
もてる限りの悪意を込めて、思う限りの敵意を持って。ツカサは笑った。
途端、ツカサの景色は反転する。担がれていたまま、地面に叩きつけられた。背中を強く打ち、肺の空気が一気に抜ける。一瞬白く飛んだ視界が色を取り戻したとき、その目が捉えたのはクキナの顔だった。
感情が消えたかのような冷たい瞳だった。ツカサはしまったと思ったが、もう遅い。
「もう面倒くせえ。死体でいいや」
クキナはそう言い、仲間から小刀を受け取る。
傍らにいた一人が訊く。
「いいのか?人質にするんじゃなかったのか」
「死体でも構わんだろ。遠目に見りゃ生きてるようにも見えるさ」
ツカサは高を括っていたわけではない。死ぬ覚悟なら船に飛び乗るときにできていた。しかし、それでも。人質にすると言われたとき、欠片も安堵しなかったかといえばそうではない。ツカサは死にたがりではない。生きる機会があるのなら生きたいと思うのは何一つ間違ったことではない。
押し殺していた感情が漏れ、瞳に恐怖の色が写る。
「はっ、何だ。あれだけ息巻いておきながら今更怖がるのかよ」
「誰が、そんな」
言葉とは裏腹に、濃くなっていく恐怖の色にクキナは喜ぶ。
「いいぜ、命乞いするなら聞いてやらねえこともないぞ。俺としちゃどっちでもいいんだ。殺しても殺さなくても。どうだっていい」
「い、嫌だ」
ツカサの言葉に、クキナは一層頬を歪めた。その下卑た笑い顔はカシナそっくりだった。
「もっとしっかり言えよ」
「・・・そうじゃない」
「あぁ?」
「お前なんかに命乞いをするのは嫌だと言ったのよ。例えそれで殺されても、絶対に嫌。屑におもねるくらいなら、死んだ方がまし」
声は震え、瞳にはまだ光が戻らない。それでもツカサは不屈を示す。
クキナは途端に笑い顔を消し、つまらなそうに鼻で笑った。
「ああそうかよ、じゃあお望み通りに」
夜の月を反射した刃が煌く。
これが最後の景色かと、ツカサは息を呑んだ。何も出来なかった。神守になれなかった。シイナを守れなかった。クキナを殺せなかった。
――母さんに会えなかった。
諦め、考えることも止め、いずれ来るであろう痛みに身構える。
しかし、それは来ない。
「おらぁぁぁぁ!」
野太い掛け声と共に、地を駆ける音が森に響く。
ツカサは振り下ろされんとする小刀も忘れ、声の方に目を向ける。見慣れた顔がそこにあった。
ヒイラギは手にする松明を放り投げる。クキナの仲間のうち一人が松明を避け横に飛んだ。そして狙い済ました一矢が突き刺さる。
「おい!」
動きを読んでいたヒイラギの弓矢が、横へと飛んだ男の胸に深く刺さっていた。クキナの声に返事する間もなく男は崩れ落ちる。
続けて二射目。クキナの仲間のうち、もう一人の残った男を狙った矢は、男のわき腹を掠めて地面に刺さった。
「くそっ」
ヒイラギは悪態をつきながら弓を両手に持ち、力の限り振り回す。相対する男は腕を十字に構え、不恰好ながらもその一撃を防いだ。軋む音と共に弓が折れる。
「おいおい、何だお前」
「ツカサから離れろ」
相対する男に防がれながらも、ヒイラギはクキナを見ていた。
その様子にクキナは手を振りながら余裕を見せ付ける。
「奇襲は失敗だな。そこで見てろ。今すぐこの娘殺してやっから」
クキナはヒイラギからツカサに向き直り、小刀を構え直した。
「やめろ!」
ヒイラギが叫ぶ。しかし届くのは声のみで、目の前の男を振り切れない。
逆手に持った小刀が一直線にツカサの胸元へと振り下ろされる。
それでも、ツカサは焦っていなかった。
「馬鹿ね」
ツカサはそう呟き、両の手でクキナの手を制した。今度はクキナが驚く番だった。目の前の光景にクキナが目を見開く。直前までツカサの両手両足は縄で拘束されていたはずだった。
「お前、何故」
「おつむの出来が悪い人にはわからないのよ」
クキナのわき腹に痛みが走る。手だけではない。自由になった足でツカサは蹴りを入れていた。完全な不意打ちにクキナの息は一瞬詰まる。
「この野郎」
「野郎じゃないのよ。私はツカサ。もちろん、覚えなくてもいいわ」
見下したようなツカサの顔に、クキナの怒りは頂点へと達した。拘束が解けた理由も、わき腹の痛みもかなぐり捨て、手に持つ小刀でツカサに切りかかる。
しかし、ツカサまであと一歩のところで、再度クキナに激痛が走った。
今度は小刀を持つその手に。
「痛っつ!」
クキナの右手にヒックが噛み付いていた。状況の変化にクキナはついていけない。突然猫が手に噛み付いてくるなど、クキナの想像にもないからである。そのあまりの機の良さに混乱していると、クキナの右手にもう一度痛みが走った。今度はツカサのつま先が、その蹴り足の先端がクキナの右手を打つ。直前で飛びのいた猫を追うように、小刀は地面に落ちた。
小刀までの距離は同じ。ツカサとクキナが同時に弾けるように駆けた。
しかし所詮は子供と大人。加えて男女という明確な身体能力差がある。クキナの方がツカサよりも先に小刀へたどり着く。
「残念だった…なっ!」
勝ち誇って笑いを浮かべたクキナが伸ばした手は、小刀に届かない。直前でヒックが小刀を蹴飛ばしたからである。
「残念だったね」
ヒックはクキナだけに聞こえる小さな声で言った。
クキナの混乱は極まった。最早周囲を気にするだけの思考力もなく、ただひたすらに小刀を掴もうと手を伸ばす。ヒックは面白そうにそれを少しずつ蹴って空振りさせた。
「何が、何がいったいーーうっ」
うわ言のように呟くクキナのわき腹に激痛が走る。恐る恐る顔を向けると、腹に矢が突き刺さっていた。
矢じりを握るのはツカサである。ヒイラギが外した二射目の矢を拾って突き刺したのだ。
「ありがとうヒック」
ツカサは両手足の拘束を解いてくれたヒックに感謝を述べる。クキナもその仲間も、ヒイラギが投げた松明の火とヒイラギ自身に視界を奪われ、死角で動くヒックに気付いていなかった。
「くっそ…が…。」
わざとらしく、にゃーと鳴くヒックを見ながら、クキナは地に伏した。
クキナが崩れ落ちるのと同じくして、ヒイラギが相対していた男も、ヒイラギに絞め落とされていた。
「大丈夫か、ツカサ」
駆け寄り、ヒイラギはその大きな体でツカサを抱きすくめた。いつぞやの海神を殺した後とそっくり同じ景色だなとヒックは思った。
「うぷ…。問題ないわ。ありがとうヒイラギさん」
「心配したぞ」
ヒイラギは抱きしめていたツカサの肩を掴むと身を屈めてツカサと目線を合わせた。
「俺の家から急にいなくなって、そしたら切谷村の奴らが攻めてきて。挙句の果てにツカサが潮村の船に乗ってた。それを見た俺の気持ちがわかるか」
「あの、その…ごめんなさい」
「いーや駄目だ。謝っても許さない。無茶苦茶しやがって」
「ええ、無茶だったと今なら思うわ。けれどね」
「言い訳は聞かない。戻ったら説教だ」
「ええー」
「だいたいツカサは」
と、ヒイラギがこの場で説教を始めようとしたとき、ツカサは後ろで何かが動く音を聞いた。
ヒックーーではない。ヒックはヒイラギの足元にいる。そういえばどうしてヒックとヒイラギはあんなに息の取れた連携が行えたのだろう。そんなことをツカサはふと考えた。そんな余計な考えが、ツカサの動きを鈍くした。
見える。ツカサの目に、口を開いて大声を出そうとしているヒックが。ツカサはゆっくりと体を音のした方へと向ける。見えた。青い顔をしながら、それでも下卑た笑い顔を浮かべるクキナの姿が。両の足は大地に立ち、手には小刀を握っている。
ああ、とツカサは嘆いた。これはもう間に合わない。ゆっくりと動く景色の中、どうあがいても自分ではどうにも出来ない状況を理解する。
クキナの小刀が光を放つ。ツカサはこれから先何が起こるかを知り。声にならない声で嘆く。小さく区切られた時間の中で、あらん限り嘆く。
「「ツカサ!」」
一匹と一人の声が響く。
クキナがツカサめがけて小刀を突き出す。
そして、刃はかばう為に動いたヒイラギの胸を貫いた。
ツカサには見えていた光景だった。
「ヒイラギさん!」
動き出した時間と共にツカサの叫び声が響く。
標的を捉え損ねたクキナは、再度ツカサを狙おうとヒイラギの胸から小刀を引き抜こうとする。しかし引こうとした腕はヒイラギが捕まえていた。
「させ、ねえ。絶対…に」
ヒイラギの目に捉えられたクキナは蛇に睨まれたそれと同じであった。硬直したクキナのわき腹にヒックが飛び掛る。クキナに刺さったままの矢を前足でさらに押し込むと、クキナは青い顔で目を白黒させ、血を吐きながら後ろに下がる。
「へっ、糞餓鬼を殺してやろうと思ったのによ」
「ヒイラギさん、ヒイラギさん。嫌、そんな…嫌」
ツカサはクキナに目もくれず、崩れ落ちようとするヒイラギの体を支える。
クキナとツカサの間にはヒックが立ちふさがった。星明りを反射する目でクキナを睨みつける。
「ちっ」
舌打ちをし、足を引きずりながらもクキナは森の中へと逃げていく。それを見て、ヒイラギはとうとう崩れ落ちた。
「駄目、だめだめだめ」
ツカサがヒイラギにすがり付く。今や潮村でただ一人の自分の身内に、年相応の少女のようにすがり付く。
「死なないで、ヒイラギさん。おねがい」
ヒイラギは右手を上げると、何かを探るように空を切り、何度かやった後ツカサの顔に触れた。ゆっくりと頬を撫でる。その目はもう光を捉えてはいなかった。
「ああそうか。こういう終わり方か」
一言つむぐ毎に声は細くなる。
ツカサは頬に当たるヒイラギの手を握る。両手で、少しでも何かを与えられないかとすがり付くように。
「ツカサ、聞いてくれ。最後のーー。」
「嫌、駄目。村に帰ってから聞くから」
「ツカサ」
困ったように笑いながら、ヒイラギはまた名を呼ぶ。
必死に首をふるツカサの膝に、ヒックは手を当てて言う。
「聞くんだツカサ。君は聞かなきゃいけない」
「ヒック、ありがとう」
とヒイラギは友に礼を言った。
「なあツカサ、俺は、ほんとは俺が、海神を殺そうと思ってたんだ」
「…何を言ってるの」
「君が供物に捧げられそうになった日、俺は海神を殺すための準備をしてた。でも驚いたよ。空からなんか降ってきて、それが中止されるんだもんな」
ツカサとヒックが出会った日。それぞれの運命が変わった日。変わったのは、ツカサとヒックだけではなかった。
「喋る猫とツカサが海神殺す策を練って、実行して。目を疑うことばかりだった。俺なんか、ツカサの変わりに死ねれば御の字くらいに思ってたのにさ。でも本当のところはわからなかった。あの日あんなことが無かったら、本当に俺は君のために死ねてたのかなって…。直前になって逃げ出したんじゃないかって。ずっと思ってた。君の役に立てないまま、何もせずに見捨てた俺がどこかにいたかも知れない。そう思うと怖くなった。あれだけ、カマツに誓ったはずなのに」
ヒイラギの目から、雫がこぼれた。
「だからさ、嬉しいんだよ。こうなって。こうやってツカサのために死ねてーーツカサを守れて。嬉しいんだ」
「だったら。もっと守ってよ。これからも私を助けてよ、ヒイラギさん」
「それはーー無理…かな。何に…も出来、なかった、からな。俺」
「何も出来なかったなんて、そんなことない。ずっと、ずっと気にかけてくれた。声をかけてくれた。私知ってるもの」
ヒイラギは光の無い目で、それでもツカサを見て笑った。
「そっか、だったら…いいや」
細い糸が切れる音がした。
「カマツ姉ちゃん、俺、頑張ったよ」
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