第13話 掴むか千切るか迷いなく

 掛けだしたツカサを追いかけてヒックもひた走る。恐怖をはらんだシイナの声はヒックにも聞こえていた。そしてそれがそう遠くない位置から響いてきたことも即座に理解した。

 森の斜面をかき分けて走る。前を行くツカサは、四足で進むヒックの動きを凌駕していた。一向に追いつくことができない。

 悲鳴は一度だけだった。それでも、ツカサの足取りに迷いは見られなかった。匂いと音でヒックにはおおよその位置がわかっているが、ツカサにはそれ以上の確信があるかのようだった。

 草をかき分ける音と、息を切らす音だけが森に響いていた。しかし、それも突如静止する。先を行っていたツカサの足取りが急に止まった。

 ーーツカサ、どうしたのさ。

 ヒックはそう言おうとしたが、喉からは何の音も出てこなかった。息が切れていたからではない。声が出せなかったのだ。あまりの寒気に。

 正面を見据えるツカサから、何かが吹き出していた。ヒックの目に見えたわけではない。そう感じたのだ。静寂に、匂いに、気温に、風景にありありとそれは滲みだしていた。ツカサからあらん限り吹き出すもの、それは怒りだった。感情の奔流であった。

 この場所にいたくない、とヒックは思った。ツカサの側からできるだけ離れたい。しかしツカサの纏う感情に縛り付けられたかのように、その場から動けなかった。

 そしてヒックはようやく、ツカサが目を向けているものに気づく。

 シイナ。

 ヒックがその少女をシイナだとわかったのは顔を見たからではない。顔は見えない。地面に伏しているからだ。ただ、その地面にうつ伏せに倒れた少女の側には、背中から血を滴らせた少女の側には、見覚えのある花の輪が転がっていた。何度も見た、作り手の特徴が見える花の飾りだった。

 そして、同時にそれ以外も視界に入った。

 シイナは一人ではなかった。遠巻きにシイナを囲む様に、四人の男が立っていた。その中の誰一人として、ヒックは村の中で見た覚えがなかった。ヒックにとって人間の区別は付けにくい、特に一人は顔に布を巻いていてほとんど判別がつかない。しかし、匂いの違いくらいはわかる。潮村にはいない男達だった。

 その見たこともない四人の男が、シイナの側に立っている。誰一人として怪我をした少女に寄り添おうとはしていなかった。

「ーー誰だ」

 ツカサが発したその声は、誰に向けられたものでもない。ヒックは聞こえはしたが、ただ聞こえただけだった。その言葉に反応することは体が拒絶していた。

 短い単語に乗せられた溢れ返る程の殺意。

 四人はヒックとツカサの存在に気づいてはいなかった。転がるシイナに目を落とし、なにやら話込んでいた。それを見て、即座にヒックは理解した。これから、少なくともあの中の一人は命を落とすことになると。

 静止していたツカサが不意に動き出した。背に掛けていた弓を持ち、矢をつがえる。無駄のないその動作は一切の音を立てない。ツカサの目は一度も動きはしなかった。瞬きすらしていなかった。その目は四人のうちの一人を見据えていた。そして溢れ出す感情とは真逆に、流れるような静かな動きで弓を引き、射った。

 飛び出した矢は空気を裂き、男の中の一人、見覚えのある鉈を手にした男の胸元へと吸い込まれていった。

 ヒックは見たーー射られた男を含め、四人の男達は数瞬の間、何が起きたのかを理解していなかった。否、何かが起きたことにすら気づいていなかった。それだけ抵抗なく、そして鋭さを持って矢は男の胸を貫いた。

 その数瞬も終わり、四人が一斉に気づく。射られた男は口を魚の様に開いたり閉じたりしながら崩れ落ちた。

「っ・・・あぁぁぁぁ」

「矢だと、どこからだ」

 残りの三人があたりを警戒する。三人に対して戦闘を行うのだろうかとヒックがツカサを見ようとしたが、ツカサの姿はすでにそこにはなかった。射った後、即座に移動したのだ。ヒックがあたりを見回してツカサの姿を探しているうちに、第二射が三人のうちの一人を捉えた。今度は肩に刺さったのみである。あれでは致命傷にはならない。とはいえ、わずかな傷でも恐怖を与えるには十分だったのだろう。三人は一層恐怖心を露わにしていた。

「やばい、やばいぞ」

「退く。そいつを抱えろ」

「くっそ、痛てえ」

 三人は動かなくなった一人を抱え、転げるように斜面を下りながら逃げていった。すぐに木々の奥へと姿が見えなくなる。

「シイナ、シイナ!」

 ヒックがその姿に気づいた時には、ツカサはすでにシイナに駆け寄っていた。その表情に、ヒックが先ほどまで感じていた怖さは微塵も残っていなかった。

 シイナの状態はヒックの目から見てもあまり芳しいものとは言えなかった。意識はなく、辛うじて呼吸をしているが、間隔が短くとても荒い。背中の傷は相当深く見えた。

「シイナ、我慢してね」

 ツカサはすぐに服と弓の弦を使って止血を施す。傷口を強く押さえた際に、シイナの体が小さく跳ねた。唇を掻み閉めながら、ツカサは手を動かした。

 血は流れなくなったが、それでもシイナの顔色は悪い。ツカサはシイナを背に負い、元来た方へと掛け出した。ヒックは転がっていた鉈を口にくわえて後を追う。刃先からは血の匂いがした。

 ツカサは来たときよりも更に早い足取りで森を駆け抜けて行く。シイナという荷物を持っているはずなのにそれを感じさせない早さだった。ヒックは鉈をくわえているせいで普段以上に動きづらく、しばらくするとツカサの姿を見失った。

 全力で走り続けるのにも限界があったので、どうせ追いつけないならとヒックは速度を落とす。脳にしっかりと酸素が送られるようになって、ようやくヒックの思考は動き始めた。

 ヒックがまず考えることは、シイナの命のことではなかった。シイナの命が重要な事柄であるのはヒックも理解していた。シイナが死ねば、恐らくツカサはまたふさぎ込むことになるだろう。それはヒックの想像にも難くない。だからシイナが生きるか死ぬかはヒックの懸念事項でもあった。しかし、それは優先順位としては次順に置かれるものだった。ヒックにとって、何よりもまず考えなければならないことは他にある。

 シイナが重傷を負わされたーーでは、それをやったあの四人は何なのか。それこそヒックが第一に考えるべき事だった。

 ヒックは村に来てからの今までで、村人のほとんどを見かけたはずだった。当然、一日中家に籠もって外に顔を出さないような老人はその中には入っていないが、しかしあの四人はそうではなかった。労働力として最も期待されているはずの若い男。家に籠もり続けようはずもないその男達を、一度も見たことがないのは不条理だ。

 しかし、それもこの村に限ればという前提がつく。ヒックは気づいていた。当然この村以外にも人の集団、集落があるだろうということに。だから、あの四人が別の村ないしは人の集団から来た者達だとすれば説明はつく。

「だったら何故シイナを襲ったのだろう」

 ヒックは口に出して更なる疑問点に思考を巡らせる。仮にこれがヒックの故郷であったとして、とある集団の子供が別の集団により重大な怪我を負わされたのだとすると、その行く先は火を見るより明らかだった。

 集団間の衝突は避けられない。

 それは人間の世界でも同様なのだろうかとヒックは考える。同様であるならば、ツカサの行動は軽率であったのかもしれない。看取った訳ではないが、ほぼ間違いなく相手の一人を殺している。それも明確な殺意をもって。

 人間同士の争いについては、故郷の文献にもあまり記述はなかったため、ヒックはその全容を理解していない。社会性のある生き物である以上、闘争は避けられない事柄として持っているとは思うのだが、明確な事はヒックにはわからない。結論を持てないヒックが思ったことは、

「一人と言わず、四人全員殺しておけばよかったのに」

 ということだった。しかしそう考えて、ヒックは遅蒔きながら自分がそれを行うべきだったのだと気づいた。今からでは遅い。森での行動に慣れていないヒックには、生きている三人の足取りを追うことは不可能であった。

 ヒックが森を抜けた時には、ツカサは既にシイナをその背から下ろしていた。ツカサの家の前にシイナが横たわっており、シイナの周りには数人の大人達がいた。その中にはヒイラギの姿も見えた。ツカサは大人達から一歩離れたところで、青白い顔をしてシイナを見つめていた。

 ヒックはツカサの足下へと近づく。近くに人がいるのでしゃべるわけにもいかず、くわえた鉈の柄でツカサの足を軽く叩いた。

 ツカサはヒックに気づくも、鉈を見て一層顔色を悪くした。しまった、とヒックは思ったが既に遅い。シイナを傷つけたであろう道具だ。ツカサが目にして気分のいいものであるはずがない。ヒックはそのまま大人達の横を通り抜け、鉈を家の裏手に片付けた。

 ヒックが横たわるシイナに目をやろうとしたとき、異音が辺りに響いた。なにが堅いものがぶつかるような音。音の出所に目をやると、ツカサが倒れていた。

「この化け物が!俺の娘に何をしやがった!」

 側に立つ男が声を張り上げる。

 ヒックとヒイラギはとっさに倒れるツカサに駆け寄った。なおもツカサを足蹴にしようとする男を見て、ヒイラギが男とツカサの間に立つ。

「親父さん、落ち着いて」

「落ち着けだと。ふざけるなそこの化け物がうちの娘をあんな姿にしたんだ!」

「ツカサが傷つけたわけじゃない。シイナはまだ生きてるし、助かる」

「てめえに何がわかるんだよヒイラギ」

「わかるさ。呼吸も落ち着いてきてるし、傷も見た目ほど深くはない。助かるさ、助かる」

 なだめるように言うヒイラギの言葉に、シイナの父は少しだが落ち着きを取り戻したようだった。

「だから、あんたは父親としてシイナについていてあげなきゃ駄目だ」

「・・・言われなくても」

 騒ぎの裏で大人達はシイナに手当をし、そのまま馬が引く荷車に乗せてシイナを運ぶ準備をしていた。シイナの父親はそれに寄り添い、他の大人達と共に荷車の後を追って丘を下りた。

 後に残ったのはヒックとツカサを除けば、ヒイラギともう一人。そのもう一人とは村長だった。

「ツカサ、起きられるかの?」

 村長の言葉に、殴られて倒れたままだったツカサは顔を上げ上半身を起こした。顔の一部は腫れ、殴られた拍子に切れたのだろうか、口からは血が滲んでいた。

「大丈夫です」

 ツカサはそう言って立ち上がろうとし、不意に足の力が抜けたように地面に手を付いた。殴られた事だけが原因ではない。物事のあらましを見てきたヒックにはわかる。森を駆け回ってシイナを探し、人間相手に狩りを行い、そしてシイナを抱えてここまで走ってきたのだ。ツカサが運動能力に秀でているとは行っても限度がある。ましてや未成熟の体、無理が利くはずもない。

「わかった、そのままでよい」

 ツカサの様子を見て村長は手振りで座っているようにとツカサを制した。

「一つ問う。何があった」

「今日、私はシイナと狩りに行こうと約束していたんです。でもーー、」

 ツカサは村長とヒイラギに事の次第を話した。

 約束に間に合わなかったこと。シイナが一人で森へと入って行ったこと。それに気づいて追いかけたこと。

 聞こえた悲鳴。

 立っていた見知らぬ四人の男達。

 血に濡れたシイナ。

 弓と矢と、そして・・・。

 言葉をつかえながら、切れた口に顔をしかめながら、全てを話した。

「村長、これは」

「そうかもしれん。そうかもしれんが、そうでないやもしれぬ。確かめねば」

 村長とヒイラギが顔を見合わせ、重苦しい表情のまま何かを話はじめた。そして不意にツカサへ目をやり、訊いた。

「ツカサ、弓を射ったと言うたが、お主の腕だ、きっと当てたのだろう。相手は死んだのか?」

「確認まではしておりませんが、一射目はおそらく命にも届いたと思います。二射目は肩を貫いたのみです」

「なるほどの」

「ツカサ・・・。」

 ある意味感心をする村長と対照的に、ヒイラギは顔をしかめていた。

 ヒイラギは何かを言おうとしたが、しかし聞く相手がいなかった。ツカサは話を終えると、気を失うように眠りについていたのだ。

「ヒイラギ、家に入れてやれ。わしは戻るが、今夜は皆を集めるぞ」

「はい。承知いたしました」

 ヒイラギの返事を聞くと、村長は一人丘を下りて行った。

 ヒイラギは深い眠りに落ちたツカサを抱え上げ、家の中へと入れる。寝床の上に下ろすと、体を冷やさないように布を被せた。腰を下ろし、ため息を深く吐く。

「どうしてこんなことに」

 ヒイラギの呟いた言葉は、ただ空しく部屋に反響しただけだった。

 ヒックはヒイラギから離れた場所で丸くなる。今朝の様にもみくちゃにされてはかなわない。どう見てもヒイラギは精神に負荷が掛かっている。またヒックの体を撫で回す可能性は低くはない。といってもツカサが寝ている以上は、直ぐに出ていくだろうとヒックは考えていた。

 しかしヒイラギはツカサの家から立ち去ろうとしない。何かを思案しながら、独り言をぶつぶつと呟いている。

「大丈夫だとは思うが、これでもしシイナが命を落としでもしたら。どう転ぶかわからない。くそっ、ただでさえ芳しくない状況だというのに。見立て通り助かったとしても、それでも悪い印象は拭えないな。あの野郎、化け物なんて言いやがって。化け物なものか。ただの女の子だ。なぁ、そうだろ」

 やけに長い独り言だとヒックは思った。それとも、寝ているツカサに話しかけているつもりなのだろうか。応えるはずもないのに語り掛けるなんて無意味なことを。そう蔑視したヒックは、しかし勘違いをしていた。

 ヒイラギが話しかけていたのはツカサではない。

「何か応えろよ。それとも、俺とは話をしたくないかーーヒック?」

「・・・。」

 ヒックは一瞬同様するが、しかし直ぐにその気配を消した。違うーーと判断する。ヒイラギが自分に会話として話しかけているのではない。これは独り言の延長だ。だから応えてやる必要もない。目線すら向けることもないのかもしれない。そう思い、ヒックは名前を呼ばれたのでただ目を向けてみましたとばかりに、ヒイラギを一瞥した後に伸びをした。なるべくそこらの猫らしく見えるように。

「いや、そういうのやらなくていいから」

 ヒイラギは言う。はっきりと言う。

「喋れるんだろ。喋れよヒック。俺が馬鹿みたいじゃないか。それとも、もう少しお前が興味を抱きそうな話題の方がいいか?ーー例えば、カシナは誰に殺されたのか、とかはどうだ?」

「・・・どうして知ってる」

 驚愕と共にヒックは言葉を口にした。ヒックの言葉を聞いたことがある人間は、ツカサと死の直前にあったカシナ以外誰もいない。ヒイラギは三番目の人間となった。ヒックの言葉に、それ以前にヒックが言葉を発したことに、ヒイラギは目を見張った。

「直接語り掛けられると、また違う驚きがあるもんだな。それで、何だっけ、どうして知ってるかだっけ。どうしてヒックが言葉を解するかを知っているか。簡単だ、喋ってるところを見かけたからな」

「違う、そうじゃない。それは二の次なんだ。僕が訊きたいのは、どうしてあの男が殺されたと知っているかだ」

 村人の大がかりな捜索を持ってしても、カシナの死体は見つかっていない。ヒックの知る限り、村の共通認識では、カシナは行方不明ということになっている。ましてや死体が見つかっていない以上、カシナが殺されたということは誰も知らないはずなのだ。

「そっちか。どうしてかって言われてもな。見たからだよ。見たくもなかったが」

 辟易したような顔で、ヒイラギは言った。

「ツカサが海神を殺した夜、俺はここに来ただろ。ツカサは良くも悪くも大きなことをやったからな。様子を見ておこうと思って来たんだ。あの日のツカサは決して良いとは言えなかったが、思っていたよりも悪くなかった。だからあまり長居せずに返ったんだが、ツカサの家を出て直ぐにカシナとすれ違った。俺がどこに行くのかと聞いたら、カシナは海神の供養のために供え物を森へ取りに行くと言った。手伝おうかとも訊いたが、いらないと言われた。そして、家に着いてふと気づいた。森に入ると言ったのに、カシナが何も道具を持っていなかった。それに海神の供養なら日暮れまでにはほとんど終わってた。じゃあ何しに丘の道を上ったのか。どうにも気になって仕様がなかったんで戻ると、ツカサが荷車を引いて森へ入って行くのが見えた。それにこの家が血に染まっているのも見た。直ぐに何があったのかは予想がついた。そして気づかれないように後を付けて森の中に入った。後は言わなくてもわかるだろ」

「ツカサがカシナの死体を埋めるところも見てたんだね」

「ああ。驚いたよ」

 迂闊だった。ヒックは心で舌打ちをする。カシナを殺してからしばらくは血の匂いで鼻があまり機能していなかった。万全の状態ならばヒックは後を着いてくるヒイラギに気づけたかもしれないのに。

「余り身構えないで欲しいところだけどな。別に俺はツカサとヒックの敵じゃない」

「どういうこと?」

「ツカサがカシナを殺したことには理由があるんだろう」

「・・・そう、そうだよ。ツカサがあの男を殺したのは、身を守るためだったんだ。あの男はツカサを無理矢理犯そうとしたんだ。だからカシナは死ぬしかなかった」

「やっぱりか。カシナの屑め、死んで当然だ」

 暴言を吐くヒイラギを見て、ヒックは考えを巡らせる。下手を打たないように先を読む。

「理由を聞くってことは、カシナの死を喧伝する気はないんだよね。ツカサがカシナを殺したことを表沙汰にするつもりはないってことだよね」

「ああそうだ。あの晩見たことは隠す。隠さなきゃならない」

「それはツカサに対してもだよ」

「だろうな。ヒックの言いたいことはわかる。この子はきっと俺に知られたってだけで狼狽するだろうから」

「そうだね」

 ヒイラギはツカサがカシナを殺したと誤解している。しかしヒックにそれを訂正する気はない。その方がヒックにとって都合がいいからだ。ヒイラギが守ろうとしているのはあくまでツカサである。ツカサが殺したのだと思っているうちはカシナの死を隠そうとするだろうが、ヒックが殺したのだと知れば、別の行動を示すかもしれない。ヒックにとってそれは避けるべき事態であった。

「僕が喋ることのできる猫だってことも他言無用でいてもらいたいのだけれど」

「それもわかってる。今の状況でツカサの側に理の外にある生き物がいるだなんて知れ渡れば、ツカサの立場はより危うくなる」

「カシナのこともそうだけれど、僕の正体を知ったってこともツカサには黙っていてね」

「それは別にいいんじゃないのか?」

「駄目だよ。ツカサは賢い子だ。ヒイラギが僕の正体に気づいたと知ったら、いつどこで知ったのかを考えるはずだ。そうなれば、芋蔓式にカシナの事にも考えが届く」

「・・・考えすぎだとも思うが、念には念をだな。わかった、そうしよう」

「うん、頼むよ」

 明るい言葉とは裏腹に、ヒックの真意は別にある。

 ツカサとヒイラギとヒック、この三者で話をした場合、ともすれば認識のずれから事実が露見する可能性もある。すなわち、カシナ殺しを本当は誰がやったのかをヒイラギに悟られる事態もありうる。

 これはそれの事態を防ぐための誘導だった。

「しかしまあ、この子も次から次へと面倒事に巻き込まれるもんだよ。少しくらい安全な生活が続いてもいいだろうに」

 寝ているツカサの様子を再度確認し、ヒイラギはツカサの髪を慈しむように撫でた。

「さて、そろそろ村長が皆を呼び始めている頃だろう。俺は戻るとするが、ヒックはどうする」

「ツカサの側にいるよ。心配だからね」

「そうか」

 眩しいほどの夕日が沈み、夜の帳が世界を黒に染め始めていた。

 名残惜しそうにツカサを見た後、ヒイラギがツカサの家を去る。

 その背を見てヒックが考える事は一つ。

「さて、ヒイラギをどうやって殺そうか」

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