第3話 好きか嫌いか
好き……嫌い………好き……嫌い……
好き……嫌い……
「……好き?」
一輪の花を持って座り込んでいる私の隣に、気づけば四月一日雀が座っていた。距離が近いのでリンスのいい香りがする。
「……嫌いだって。四月一日なんか。私に興味ないんだもん。」
「それって、好きだからでしょう?」
彼女は煽るように薄笑いを浮かべている。
「好きなのに、応えてくれないから嫌なんでしょ。本当は私のこと世界で一番好きな癖にに。」
また、這い寄るようにそっと、唇にキスをされた。
「そんなの……」
「……ね?す、き。」
四月一日は私が持っていた花から花びらを1枚ちぎりとった。見れば、もう花びらは1枚もなくなっている。
「私も好きだよ。宇沙美さん。……や、未知子ちゃん。好き……好き……すき……すき……」
そう呟きながら、二人で舌を絡めあった。眉目秀麗の四月一日の顔が、とろん、と溶けている。きっと私しか知らない、この少女の”女”の顔。もっとどろどろにしたくて、夢中で唇を貪った。
こんなの本物じゃないってわかってる。本当の四月一日は、自分から人に好意を伝えてくるわけないし、私に特別興味なんかないし、女の子のことも好きじゃない。
でも夢の中だけなら、私には夢の中だけなんだから、いいようにさせてくれたっていいじゃないか。
服の上から胸をなぞられて、あっ……あっ……と声を漏らしながら、少女の腰が跳ねた。キスをやめてからも健気に、ずっと「すきすきすきすき……」と小さな声で紡ぎ続けている。この娘が愛しい。
好きなら恥ずかしい格好もできるでしょ、と、こっちに向きなおらせて股を開かせた。四月一日は恥ずかしそうに顔を伏せながら、上目遣いでこっちを見てくる。ゆっくりとその太ももが開かれて、あの憎き四月一日雀に、目の前のクラスメイトに涙目で愛撫をせがむ、恥辱的な姿を晒させることができた。
そのご褒美に、顔を抱え込んで頬にフレンチキス。
彼女の鎖骨から手を這わせて、左胸、お腹、おへそ、腰を伝って、パンツの中から鼠径部を触る。これからやってくる快感を期待して、目の前の女の肩は小刻みに上下した。
中指を伸ばして、彼女が今、私を淫らに誘惑しているところへ触れようとする。息遣いはまた荒くなった。もはや……どっちが立てた音なのかもわからない。
そんな最高潮の興奮の中、私が彼女の恥部を犯そうとしたその瞬間__
「……て……起きて……起きて……!」
誰かに肩を揺すぶられて覚醒した。まあ、おあずけを食らうのはいつものことだからそこまで取り乱さない。
「教室閉めちゃうから起こしたけど、あー……もうちょっと寝たいですか?宇沙美さん」
目の前にいるのがさっき性的に関わった人物でなければの話だが。
「うっわあ!!四月一日!!」
「えっ?……はーい。」
四月一日は、いつもの空とぼけた目をして、こちらを伺っている。
「……さんが出てくる夢を見てたの。それでびっくりしちゃった。」
「へぇー、どんな夢?」
「……。」
言えるわけないでしょ。
「まあいいや。なにか宿題ですか?文化祭の事だったらごめんなさい。」
私と四月一日は文化祭準備の班が同じだ。私の机に広がるプリントを見て、何も言わずに整理するのを手伝いに隣に座った。テキパキと回収した紙の束を、順番とか気にしてない?と言いながら手渡され、私は短く感謝を述べた。
ちょうど、さっき見た夢と同じくらいの距離。落ちた文房具を拾うふりをして彼女の横にしゃがむと、蜂蜜系のリンスの甘い匂いが、鼻腔をくすぐった。
その香りが頭を通り抜ける頃……
「ねぇ、ちょっと付き合ってよ。」
私の頭の理性スイッチはオフになってしまったのだ。
「寝てたら髪が乱れちゃった。結び直してくれない?」
目の前で窓を閉めている少女は、きょとんとした目でこちらを見つめた。
「下校時刻までまだ時間あるし。ちょっとくらいいいでしょ。」
「ゴムは今つけてるやつでいいから、櫛は……」
「私のでいいですか?鞄にありました。ほら、あっち向いてて。」
……意外にも、帰ってきたのは快い返事だった。
四月一日に促されるまま、彼女に背を向ける。前後に椅子を2つ並べて座っているだけなのに、下手すれば息すらかかってしまいそうで、いやにドキドキした。
差し込む夕日は、きっと後ろであの白い肌に反射してきらきら輝いているんだろう。
「外しますよ。」
その声とともに、スルスルと私のツインテールが解かれた。四月一日の手が髪に触れる。
丁寧に髪を櫛で梳かして、時折柔らかい指先が首元に当たる。その度に声が出そうになって、必死に我慢する。そんなことは、四月一日には知る由もないんだけど。
放課後の誰もいない教室なら、この女と親しく話をしてもいいかな、と思った。
「話しても大丈夫?」
「大丈夫。」
「四月一日さんの私服って、前に会った時みたいなのばっかり?」
「え?……あはは、まさか。あれはちょっと弟の忘れ物を渡しに行っただけ。あんなにラフなのたまにしか着ませんよ。」
彼女が笑うと手元も乱れ、髪が緩く引っ張られる。その刺激に、病みつきになりそうだ。
あの四月一日雀が、今私の後ろで、私の命令で、私の髪を結んでるなんて、きっとクラスの誰も知らない。誰も知らない彼女が私に晒されるということは、なによりダメで、支配的で、背徳的で、扇情的な事だった。
「弟いるんだ。」
「弟、妹、お兄ちゃん。お兄ちゃんはもう家を出てるんですけどね。」
「へぇー、あんなとこに住んでるもんね。」
笑い混じりに話す彼女。頭のてっぺんから櫛の先端でなぞって、髪を2束にわけた。
「……。」
「ねぇ。」
「何?」
四月一日は、体よく自分から話をしなければあっちからも話しかけてこないが、呼びかけたら必ず何か返事をしてくれるところ好きだ。
「……なんで敬語続けてるの。」
「敬語で馴染んじゃったから。」
「……ふーん。」
あいつはこの質問には言い淀むだろうと思ったら、殊の外即答された。
2つのうち1つの髪の束をゆっくり上げて、櫛でなぞったあと結ぶ。
反対側も同様にして、丁寧な指遣いで普段通りのツインテールが形成されてきた。
「あとちょっと?」
「ちょっと。」
櫛で梳かして、形を整える。手のひらでツインテールを持って、上から下まで櫛を通した。四月一日の微弱な体温が、こっちに伝わってくる。
これが夢みたいになったら……好き勝手できるようになったら……と、願うも虚しく、終わりましたよという彼女の声で、夢のような時間は幕を下ろした。
延長。
「ありがとう。お礼にあなたの髪も結ばせてよ。」
四月一日は、今度は快い返事といえるかわからないが、しかたない、容認だ、というふうに櫛を置いて私に背中を向けた。
……私の言われるがままになっている彼女のことなら、私はどこまでも盲愛できると思う。
櫛を通すと、髪の匂いが辺りに舞った。甘い、甘い、蜂蜜の匂い。それと、柔軟剤のラベンダーの匂いと、少しだけ汗の匂いがする。もっと彼女に近づきたい。一緒になりたい。今無防備に晒されている首元に触れて、セーラー服に手をかけて脱がしてしまいたい。キスをしたい。ここにいる彼女と、戻れないくらいのことがしたい。もっと、もっと、もっと__!
♪♪♪
……その時、下校時刻を示す音楽がなった。帰宅を催促されて、急いで髪を束ねる。
「…………っあ……」
焦りに任せて強く髪を引っ張ると、四月一日の口から、少し声が漏れた気がした。変な声だすな、とからかいながら、頭の中では夢の中で喘ぐ四月一日の姿と、それを必死に重ねていた。顔がよく見えるように1つに結ぶ。
最後に彼女が背を向けているのをいいことに、束ねた髪にキス。絶対に見えてない。絶対にわからない、この女には。
私の唇に触れた髪を、何も知らずに揺らして帰る彼女の後姿をみると、なぜだか私も帰宅を急いた。なんてったって、今日は楽しみなことが、ひとつできたのだ。
……わざと四月一日の櫛を持って帰ってきて、それを口実に、家に帰ってから彼女と連絡先を交換するのである。
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