第2話 気になるあの子



 いつ思い返してみても、どっちが先だったかわからない。


 これは、「卵が先か、鶏が先か」が、「水掛け論」「いたちごっこ」などと解釈されるように。


 夏休みのあの日と、四月一日をめちゃくちゃに抱く夢を見るようになったこと。どっちが先かなどは考えても不毛である。






 それについては考えないにせよ、あの日__いつもは通らない道を通って帰ったあの日のことは、それのせいで現在進行形で鮮明に思い出す羽目になる。


*****


 その日は塾の夏期講習の帰りで、酷く疲れていた。コンビニでアイスを買ってから帰ろうと思い、いつもの帰路を逸れて山道を通っていた。コンビニに辿り着いたはいいものの、その後、スマホのマップを使えば帰れるだろうと過信して、最終的に変なところまで迷い込んでしまったのだ。


 寂れた田舎の、汚れた不動産屋の前にある押しボタン式の信号を待っている時、ふと、自転車が後ろを通りかかった。その時は気にもかけなかったが、同じように信号を待っていたその自転車から、聞き覚えのある声が発されたのである。


「宇沙美さん……?」


 そこにいたのは、四月一日雀だった。


「なんでこんなド田舎に。用事?」





 私は驚いた。ただ四月一日雀が通りかかっただけ、という事実を越して驚いた。



 その理由は、学校での四月一日が一体どんな人間かという所にある。



 学年トップレベルに頭脳明晰で、全国規模のコンクールで賞を取るほどに音楽・美術の才能もある四月一日は、クラス内でも異質な存在だった。

 周りがスクールカーストに腐心し、神経質に友達グループをつくるなか、そんな評価丸ごと踏み倒して、いつも1人で行動しているような人なのだ。それでも成り立つ程、彼女自身の能力も優れていたために自明、一介の中学生にはとても手に負えなかった。

 結果、なんでもできて奇妙な彼女を解析しようという人間はクラスには現れず、「四月一日 雀」という存在は我が学年の謎に放り込まれることとなる。


 それで吹っ切れてしまったのか、最近では本人から変人的な行動を取るようになった。夏なのに長袖セーラー服の上から長袖のニットを着てきたり、体育の授業を頻繁に欠席したり、通学路で釣ったザリガニをバケツで飼育したり、といった行動は、彼女を「学年のおもしろいやつ」にはしたものの、「誰かの友達」にはしなかった。













 しかし、しかしだ。あろう事か今目の前にいる四月一日雀は、ショートパンツにタンクトップ、運動靴を履いて自転車に乗り、いつも横で低く結んでいる髪を高くポニーテールに束ね、どう見てもそこの100円自販機で買ったであろうソーダに口をつけて、信号を待っている。



 学校と、地元でのそのギャップは……なにか彼女のイケないところを覗き見しているような、劣情すら抱かせた。


「あ……もしかして道に迷ってます?こんな所だし。案内くらいはしますよ。」


 惚けていたところだが、もしこのチャンスを逃すといよいよ帰れなくなりそうなので、彼女に案内を頼むことにした。




 学校でするように、愛想よく話せたかな。話せたと思いたい。口はつらつらと、当たり障りのない感謝や世間話を述べる。が、頭はそれどころじゃなかった。




 その時、私には、隣で自転車を押す彼女が輝いて見えていた。夏の閑静で薄汚れた田舎の中で、彼女のシルエットだけが浮き出ている。もしかして、夏の間はいつもこんな格好をしているのだろうか。かといって、この完璧超人女相手に「肌を出すと綺麗だよ」とか「髪を結んだ方がかわいいよ」とか、月並みなことを助言するのも腹立たしい。私は絶対に、いつも通りの振る舞いをするよう心がけた。



 結局、他の生徒に彼女のこんな姿を見せたくなくて、無理を言って市街地よりかなり前の道で別れてもらった。


*****


 あの日以来、日常生活でも彼女に特別な感情を抱いてしまって困っている。

 彼女が話しているとつい耳をそばだててしまうし、授業中は目で追ってしまう。文化祭の準備の班も図って同じにしてもらった。


 だが、これは好意でもなんでもないのだ。単なる興味である。ちょうど……私が都会に憧れるのと同じような。


 私の家は、秘境とまでは行かないがそこそこの地方にある。

小さい頃から過疎と言うだけで制限が多く、田舎に住んでいることは、なんだか檻に捕らわれて、広い世の中を知らないみたいで、コンプレックスだった。


 幼稚園の頃は自分を大都市の資本家の娘だと偽っていた。あまり褒められたことではないが、嘘をつくのが好きな子どもで、しょっちゅう自分が都市部に住む妄想を、現実のように話して

未知子みちこちゃんはお話作るのが好きねえ」

 と先生に言われ、自分は物書きの才があるとふんぞり返っていた時期もあった。


 つまりは広い世界に憧れながら、自分の価値観はしっかり狭い世界に根を張っているのだが、だからこそ子どもながらに、大人になったら絶対ここを出ていこうと考えていた節もあった。




 そんな私だから、田舎で異様な四月一日に対して、強い興味を持った……のだと思う。



 この数日間、四月一日雀をみていて分かったことがある。この女は想像しているよりもずっとひどい。


 まず、周りに興味がなさすぎる。それなりに他のクラスメイトと話はしているものの、勉強をしていたり、考え事をしていたりする時、割と本当に周りを見ていない、気にしていない。


 そしてクラスのことや学年、行事のことも何一つ覚えていない。

 文化祭の日時を尋ねても

「あー……それは……えー……」

 数学の課題の提出日を聞いても

「……えー……聞いてませんでした……」

 挙句、教室への経路も

「えー……朝、人が入っていく方について行ってるんでよくわからないですー。」


 ひどい。適当すぎるぞこの女は。






 そうだ、たとえば前に、今朝の夢と同様、私がプールで倒れた時に四月一日に介抱をしてもらったことがあるのだが、


これは実際は……


_____


「起きてすぐで悪いけど、見学シート明日提出だって。あ、でも補習にはならないらしいですよ。」


「……ああ、ありがとう。」


「あと同じクラスの人が荷物置きに来てました。三限授業なのでもう帰って大丈夫ですよー。」




「あのさ、さっきから気になってたことがあるんだけど……」


「はい、なんですか。」



「なんで敬語なの。」


「えっとー……違うクラスの人ですよね?」


 ……。


「同じクラスだよ!!」


_____


 この有様だ。


 こんなひどい女だったなんて知りもしなかった。だから私は、怒りを込めて毎晩夢の中でこの女を抱き散らかすのだ。


 夢の中では私を欲しがってくるのに、現実では名前すらも怪しいなんて、なんなんだあの女は。






 いや私がなんなんだ。夢の中で抱くってなんだ……本当に。私自身では、そんなに四月一日という人間に性的な興味はない……と思っている。そういうのって本当に好きな人とすることでしょ。私はあんなやつ好きじゃない。この悪夢が終わるなら、早く終わって欲しい。


 そう左脳では唱えながらも、右脳はあの夏の日の、四月一日のタンクトップの袖の線、やちょっと覗けば中まで見えてしまいそうなショートパンツ、汗が伝っていく胸元や眩しくて力なく虚ろになった瞳を一つ一つ再生していくのだ。


 今日の四月一日は可愛かったな。あんなにキスして欲しがって……胸を抱えて必死そうによがって……。

 なんて考えつつ、今日も会いに行くのが対人興味皆無のモンスターだと思うと、喜怒哀楽を全部ミックスしたみたいな、不思議な気持ちになってしまうわ。

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