8月8日
電車に乗り込むと異常なほどに騒がしくて、失敗した、と思ったけどあからさまに出る勇気もなくて私は音の暴力に晒されながら座席に身体を押し込んだ。電車の揺れとは別に両隣から伝わる振動で気が狂いそうだ。耐えていると、「ごめんなさいね」申し訳なさそうな声がした。顔を上げると小さな黒い瞳と目が合う。
「いえ……まあ本能ですしね」私は右隣の蝉に返した。鳴き声のせいで怒鳴らないと声が届かない。電車の中は蝉でぎゅうぎゅう詰めだった。
「観光ですか」それにしては網棚に乗せられた荷物が多い気がする。蝉はやや気まずそうに身じろぎをした。
「いえ、引っ越しを……」「はぁ、またこんな時期に」もう夏も折り返しているというのに、珍しい。ええ、まあ、と曖昧な返事。何か言いづらいことでもあるのかもしれない。
「アナタはどちらにお住まいで?」突然聞かれたのでざっくりと地名を告げると、蝉はジジッ! と小さな鳴き声を発した。
「そうですか、暑い日が続きますし、お気をつけて」では乗り換えなので、と蝉たちは一斉に電車を降りた。嘘みたいに沈黙が電車内に満ちて、私はその中でぼんやりと浮かんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます