二週間が過ぎ、段々とその効果が現実味を帯びてきた。喜んでいいことなのかわからないが、俺はこのブレスレットを付けてから、身の回りの不運を回避できている気がしたのだ。


 例えば、そう。


 今まで、行く道全て赤信号だった光景は、三回に二回は青く灯るようになった。普段なら売り切れている新発売のアイスを三日に二回は、買うことができるし、そして、そのアイス棒三本に二回は当たりが出る。先週は職場の先輩から、正社員として働くことを勧められた。チーフに推薦しとくから、と。


 その中でも、とりわけ目に見える形で効果を発揮したのは、じゃんけんだった。以前は、三分の一で勝てるにもかかわらず俺はめっぽうじゃんけんに弱かった。小学五年生のあの日以降、俺は勝てたためしがなかった。ギネスブックに載るくらいのレベルで。当然呪われているのだから、じゃんけんに勝てる筈がないと割り切ってしまえば、そう大した事でもないのだろうが、俺にはじゃんけんに強い恨みがあった。

 そう、ニワトリ小屋の当番の順番を決めたのは、他でもない、じゃんけんだった。じゃんけんは平等ってか? 不平等という点で平等だろと俺はじゃんけんに対して歪んだ認識を持っている数少ない人間の一人だった 。そんなじゃんけんでも、勝てるようになったのだ。


 確実に、好転している。


 何年かぶりに、恵まれていることを実感した。と同時に、何かいけないことをしているような罪悪感を抱きながらも、俺が幸福を享受することに関して、誰かに文句を言われる筋合いはないのだ、と自分に言い聞かせる。これは、当然の権利だと。今まで、俺は散々、のだ。運を。


 このブレスレットがあれば、どんな不幸も三分の一。三回中、一回は悪いことが起こるかもしれない。しかし、ほんのささやかな二回の幸せは、嫌なこと一回分をチャラにしてしまえるくらいに、人を救うことを、俺は知った。



 ✤ ✤ ✤



 このところ猛暑日が続き、昼間は外に出ることが少なくなり、俺は日が沈み始めた夕方ごろを狙って買い物へ出向くようになった。夕闇が空をのみこんで、赤い雲がたなびいていく様子を眺めていると、遠巻きになにやら河原沿いで人が多く集まっているのが目に入った。土手の方にはビニールシートが四方に敷かれ、祭りが始まるようだ。道路は歩行者天国として開放され、屋台が奥まで立ち並んでいる。ヨーヨー釣り、射的、綿菓子、かき氷。そういえば例年、この時期にあったなあと思いながら、雑踏を通り抜けていると、ふと『金魚すくい』に目が留まった。運試しにやってみるか、と店先に近づき、小銭を渡す。1回80円、網2本。


 結果、いとも容易く金魚はすくえた。

 するり、と俺に導かれるようにして、金魚は網の中で跳ねた。


 周りの子供たちの網が破れる中、俺は大人気ないことをしているような背徳感を感じながらも、景気づいたように、続けて二回目も成功した。三度目の正直なんて言葉があるが、三度目まで待たなくとも、運は俺に味方することもある。腕にかけたブレスレットにそっと触れ、俺はそう確信した。家に帰り、前にメダカを飼っていた時の水槽に金魚を入れてやることにした。



 ✤ ✤ ✤



 翌日。窓から射し込む気の早い朝日にふれて、目を覚ました。サッカー観戦後、テレビをつけっぱなしにして寝ていたようだ。だらしないノイズを垂れ流しながら、画面が明滅している。チャンネルを変えようと、リモコンに手を伸ばす。


「午後4時ごろ、朝吹市似山区の集合住宅から消防に通報があり、──救急隊員が駆けつけたところ、天然石雑貨を営業する20代の女性が意識不明の重体で見つかりました。現場には──」


 キッチンカウンターに置かれた小型水槽の中で、二匹の金魚は優雅に泳いでいる。


 運ってのはくじ引きのようなもの。当たりとハズレの数がはじめから決まってるんだよね。だからさ。過去の結果が、未来をつくる。人生もそう。


 憂いを帯びた目で彼女は言った。今思えば、苦しそうだった。そして、それを噛み締めるような優しい響きを湛えた声だった。



 ✤ ✤ ✤


 

 三分の一の不幸。金魚を掬った。そこで、掬い損ねた一回の不幸。

 ほんのささやかな二回の幸せは、嫌なこと一回分をチャラにしてしまえるくらいに、人を救う。しかし、ほんのささやかな二回の幸せは、それを得る筈だった誰かの幸せに巣食う影をつくることを、俺は知った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏が燻る 押田桧凪 @proof

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ