2話 謎の遺跡

何かが始まる前の先生の話というのは、なぜこうも長いのか。

式典然り、避難訓練然り、長期休暇然り。しかも避難訓練なんて、避難を想定して動いているのなら、朗々と自分の昔話なんて語っている場合ではないだろう。

夏休みというビッグイベント前だというのに、長々とどこかで聞いたような注意事項を語る先生に、仁沙始め他の生徒もうんざりしたような顔をしていた。

ちなみにこのクラスに限って言えば、先生自身も長い話はあまり好きではなかった。ただ職員会議でこれを話して欲しいとプリントを配られたのだ。話すしかない。

今年からゲーム依存症に関しての注意事項も追加されているので更にちょっと長い。「夏休み中にゲームにハマり過ぎて、実生活に支障をきたさないようにする」というものだ。若干1名今でも水着ガチャの発表をまだかまだかとそわそわして待っている者がいるが、まあこんなんでも成績1位で生徒会長もしているし、友達だってちゃんと作っているみたいなので、気にしなくても大丈夫だろう。

そんなことよりもこのクラスの場合だと、旅行先で怪我をすることの方が心配だ。何せ危険なところでも『行くなと言われたら行きたくなるよね!』と勇んで向かう生徒とそれに仕方なくついて行く生徒が先生の知っている限りでも3人いる。

もう中学2年生になるが、まだまだ小学生向けの注意をしていた方がいいのではないか。


「……というわけで、充分気をつけるように。以上」


本当に気をつけてもらいたいものだ。まあ、気をつけろと言ったところで気をつけるような人間がこのクラスにいるとも思えないが。

その証拠に、HRが終わって教室を出た瞬間、解放されたとばかりに生徒達が沸いていた。


「あー、やっと夏休み!それにしても、ゲーム依存症ってまんま松山のことっぽいよね。もう手遅れな気もするけど」

「あれはゲームのせいで引きこもりになったり勉強できなくなったりする人に向けた内容だろ。俺は確かに夏休み中は外出する予定がないから基本家にこもってるけど、盆は田舎のじいちゃん家に行くし、宿題だって最初の1週間で終えるぞ。ま、まあ八郎太が誘ってくれるなら遊びに行かないことも……」

「仁沙、松山を見習えよ。やることやってから楽しむ。これが正しい在り方だ」

「え、やったー。八郎太に褒められたー」

「遊びに行く云々に関しては見事にスルーされてるけど、そこはいいんだ……」


恐らく仁沙の見立てでは、『八郎太と遊びたい』ということが1番伝えたかったことだと思うのだが。とりあえずいい反応をすれば何でもいいのだろうか。

なお、今回松山からの遠回しなアプローチを絶賛無視した八郎太だが、別に松山と仲が悪いわけではない。普通に誘われたら普通に遊びに行っているし、部活だって同じだ。恐らく今年の修学旅行の部屋割りも同じメンバーになるだろう。

まあ、松山からの愛の方がかなり重いというのは間違いなさそうだが。


「俺的には、ゲーム依存症よりSNS依存症の方がやばい気がするんだけどなー。チャットの返事が1分以内でないとキレるやつとか」

「メンヘラじゃない。そんな人身近にいるの?」

「俺の従兄弟の彼女がそうらしくてな……。毎日朝4時ぐらいに電話もかかってくるそうで」

「それSNS依存症がやばいんじゃなくて、メンヘラがやばいんだと思うんだけど……」


毎日朝4時に電話って、何を話すことがあるのだろう。やっぱり夜中にぐるぐると自己嫌悪したことを吐き出さないと気が済まないのだろうか。もしくは自己嫌悪した内容を否定して欲しくて電話するのだろうか。

いずれにせよ、彼氏よりも充分な睡眠の方が頼りになると松山も仁沙も思っていた。仁沙に至っては、22時〜7時の間にかかってきた電話を取れたことがないレベルで熟睡している。


「真のSNS依存症は甲賀みたいなことを言うのよ!」

「失礼な!俺はROM専だぞ。ほとんどアウトプットなしに流れてくる投稿を見て満足してるタイプ」

「兄貴はSNS依存症ってより、ねらーって感じだよな……」

「いやねらーは八郎太の方だろ。俺掲示板より普通のSNSの方が良く見るし」


甲賀はとにかく楽しそうな画像、面白いと思った呟き、興味深いニュース記事、可愛い動物の動画、気になってたゲームの新作情報など、興味を少しでも持ったものに関して拡散したりハートマークを飛ばしたりするタイプだ。ちなみにリアルの人間にも拡散する。

八郎太の方は、好きなゲームについての情報やホラーな創作話、都市伝説系の話や料理系掲示板を良く見ている。最近のお気に入りは某創作財団の設定を読み漁ることだ。

両方興味本位で離婚だったり家庭が不仲だったりした人の記事を読んで、まだまだ自分達の知らない世の中の闇を垣間見て吐き気をもよおしたこともある。今でも結婚記念日には必ず旅行に行ってる自分達の両親は少数派かもしれないが、自分達が結婚する時はこういった形を目指そうと心に誓っていた。


「皆結構スマホに依存してるのねえ。あたしを見習って現実にも目を向けなさいよ」

「おまえは単純に字をあんまり読まないだけだろ」

「失礼ね!黒板ぐらいはたまに読んでるわよ!」

「たまにじゃ困るし、教科書も読もうな……。そんなだからテスト前に焦って詰め込まなきゃならないはめになるんだよ……」


別にスマホを使いこなしてSNSや他のアプリを駆使して欲しいとは思わないが、せめて自分がテスト範囲を暗記させなくても済むぐらいには文字を読めるようになって欲しいと八郎太は思っていた。

ちなみに仁沙は別に文字を覚えていないわけではない。確かに読み方書き方が怪しい漢字も存在するが、教科書の文章は大体読める。単純に文字を読むのが苦痛な人種なだけだ。


「文章を読むと頭痛がするタイプの仁沙でも、この内容だと思わず目が追っちまうんじゃねえか?」

「むう、何よ。狩人語?」


甲賀が先程読んでいた記事を開いた画面を向けてきたので、目を向ける。解説すると狩人語というのは、アニメに出てきた『狩人』という職業が用いる暗号のようなもので、なぜか仁沙は全部暗記している。

目に飛び込んできたのは日本語だった。しかもまとめニュースだ。新聞や経済サイトに比べて簡単で分かりやすくまとめられてはいるものの、仁沙の1番嫌いなタイプだ。


「あーこれはダメね。パス」

「こんなひらがなの多いニュースでアレルギー起こしてんじゃねえよ。いいからちょっと中身を咀嚼してみろって。朗読してもいいから」

「アナフィラキシーショックで倒れたら化けて出てやる……。えーっと?」


内容は仁沙達の住んでいる区から少し離れた場所から謎の遺跡が見つかったというものだった。

誰かが掘り当てたわけでも造り出したわけでもなく、一夜にして突如現れたものだったので、ミステリーサークルやら宇宙人やらと同じ類とみなされている。

ただ、そういったオカルト的な面で見ないと、何の前触れもなく年季の入った遺跡が出てきたことについて説明がつかない。

この遺跡は現在政府が調査を行い、危険がないことが確認できたら一般公開されるらしい。文化遺産への登録も進められるんだとか何とか。

といった内容の記事があり、1番下にはSNSの反応がずらりと並んでいた。中この謎の遺跡が現れた地域の人間も書き込みをしており、遺跡が現れる前日と当日とのビフォーアフター写真を載せてもいた。


「遺跡!?今の時代に突然!?」

「なー、面白いだろ。一夜にして突然ってのがすげえよな。まあ町おこしのためにプレハブでも建てたんじゃねえかって説もあるけど」

「さすがにプレハブを文化遺産にしようって話題にはならないでしょ。これ、一般公開を待たずに今すぐ見に行きたいんだけど」

「いや、公開されてないのに見に行けないだろ。さすがに夏休み中には公開されるだろうし、ちょっとぐらい待てよ」


八郎太としては、ゆっくり遺跡を見に行けるように、と理由をつけて、夏休み前半に仁沙に夏休みの宿題をさせられたら最高だと思っていた。現実にはそこまでうまくいくとも思っていないが。


「だってぐずぐず待ってたら、お宝も冒険も全部取り上げられて面白くなくなっちゃうじゃない!大体、危険がないことを確認するっていうのが余計なことなのよ!こっちはスリルとロマンを感じに行ってるのに!」

「いや、遺跡にスリルとロマンを感じる人間とか他にいねえし」

「だよなー!!俺も何なら、話題になる前に見つけて色々調べたかったんだけど……。世の中ままならないよなあ……」

「兄貴もか」


身近に童心ばかりの人間しかいないことに八郎太は頭を抱える。もう中学2年生なのだ。もう少し大人になって落ち着いて欲しいというのが八郎太の願いだ。

ただ、多少の子供っぽさは確かに否めないが、世の中の中学2年生というのは大体これぐらい虚構に憧れを抱いているということを八郎太は知らなかった。何なら、いくつになっても現実ではありえないことを好む大人の多いこと。

八郎太と甲賀の親だって、突然路上で危険なカーチェイスが始まってもおかしくないと考えていたり、空から美少女が降ってきてもおかしくないと考えている等、多少夢見がちなところがあるのだが、それに関しては自分達の親が特別なのだと考えていた。さすがにこの類を考える人間は少ないが、同じぐらいに現実離れした考えの人間はたくさんいる。


「今年の夏休みの自由研究課題は、遺跡の調査で決まりね」

「一般公開が夏休み過ぎてからだったらどうするんだよ」

「途中まで書いて保留にするわよ。『本調査は遺跡を探索できるようになってから開始する』っていい感じに書いたらスルーしてくれるでしょ」

「それありなのか……?」

「去年にんじんの栽培日記を書いて、『収穫期は11月以降だからまだ途中経過しか記載できておりません』で押し通した八郎太に言われたくないわよ」

「……もう少し早くると思ってたんだよ」


にんじんは大体種まきから収穫まで100日~120日ほどかかるらしく、7月に種まきを始めたのでは到底夏休み終わりまでに収穫できるはずもなかった。

この教訓を生かし、今年はちゃんと春に種をまいて準備をしている。虫がついたり雨が降り過ぎたりして何度かピンチを迎えたが、ちゃんと対策をして無事夏を迎えたのでもう大丈夫だと安心している。


「ちなみに途中までは何て書くんだよ」

「まず遺跡とは何ぞやってとこから書くわね。この前歴史の授業に出てきたアルコールスクワットとか例に出すといいんじゃない?」

「……アンコールワットな。アルコールスクワットって何だよ。アルコール飲んでスクワットすることか?」

「アルコールがおもむろにスクワットを始めることかもしれないわね。まあアンコールワトソンでもアルコールワットでも何でもいいわよ。とにかく遺跡ってなあに?っていうのをつらつらと書くのよ。で、そこにどんな謎が秘められてるのかとかを書くのね」

「ふーん。まあ教科書に載るぐらいのでっかい遺跡だし、何かしら秘密っぽいのは出てきそうだな。王様の呪いとか」

「で、その後はあそこの遺跡にある秘密について調べて、つらつらと書くわけね。どうして何の前触れもなく登場したのか!?とか」

「悪くなさそう。自由研究って感じするな」


少なくとも八郎太が去年手伝った不格好な粘土の貯金箱作りよりは面白そうだ。

そもそも何で夏休みの自由研究で貯金箱作りがありなのかが分からない。一体何を研究しているというのだ。粘土の触り心地とか粘土によるモノ作りの難しさでも研究できているのか。それならまだ洗濯のりとホウ砂で作るスライムの方が、材料の性質を利用してモノを作っている分研究している感はある。


「この夏は熱くなりそうね」

「普通の宿題の方もちゃんとやってくれよな」

「……その体力が残っているかどうか謎だわ」

「このクソ暑い中山でも海でも暴れまわる体力があるんだから、問題ないだろ!」

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