1話 その存在は夢か幻か
「本当に見たんだって!」
「もはや1限目が終わる時間に遅れて来たかと思えば、いきなり訳の分からん話を……」
「そもそも、
草木も眠る丑三つ時。自分より大きな猛獣に襲われないようにする、という防衛本能など無視して自分達の存在を誇張する虫の声が響く中。
まるでその人の周りだけ別世界のようだった、などと語る仁沙に、幼馴染2人が呆れた顔を向けていた。
何なら1人は興味なさげにペン回しをしながらキャンパスノートと向き合っている。演劇部の次の公演で使うストーリーを考えているのだ。
なお、現在スランプ中で何も思いついておらず、ノートにはでかでかとエジプト壁画調の女の絵が描かれている。ちなみにこれは仁沙の顔だ。
先日仁沙は、真夜中に道路の真ん中で歌う謎の幽霊を見かけた。その幽霊が近付いてきて、自分のことを助けてくれるか尋ねてきたところで記憶が途切れている。
その後気付けばベッドに横向きで転がっていた。朝のHRの時間に差し掛かっていたが、母親は公立中学などよっぽどのことがない限り中退にはならないだろうということで放置して仕事に出かけていた。
仁沙自身も時計を見た段階で全てを諦め、机に置かれたコンビニの菓子パンをゆっくり咀嚼して学校に来たところだ。なお、最近は菓子パン片手にHRに滑り込むことが多かったので、久しぶりにゆっくりと朝食を摂れた気がする。
仁沙が1限目にすらいないことに、教師や他の生徒は愚か、幼馴染2人すら体調不良と思わず、遅刻と信じて疑わなかった。何時ぐらいに学校に来るのかと賭けが行われていたぐらいだ。お昼休みに賭けた生徒が圧倒的に多かったため、雀の涙のお小遣い達が大穴の1限目終わりに賭けた生徒に吸い上げられていた。
「っつーか、家の前で酔っ払いの集団が大声で歌ってても気付かなかったやつが、そんな変な幽霊が出た時に1人だけ起きてるのっておかしいだろ」
数ヶ月ほど前に、酔っ払って気持ちがアゲアゲになっていたのか、5人ほどの中年男性の集団が家の前をゆっくりと歩きながら大声で流行りの歌を歌ったり聞くに耐えない猥談を語っていて、あまりの騒がしさに何事かと窓を開けてしまったぐらいだったのだが、真隣の家の仁沙は「知らない。ずっと寝てた」と答えたぐらいだ。
そんな仁沙が、自分達すら寝ていたような状況で1人だけ目を覚ましている、なんてことがあるはずないと思っていた。
「あたしだけ目を覚ますように幽霊に仕組まれてたって可能性だってあるでしょ」
「伝説の勇者的な感じで選ばれたってか?んな馬鹿な」
「じゃあ
「二度寝した時に見た夢」
「夢がない!つまんない‼︎」
「夢の話なのに夢がないってのも変なフレーズだよな」
まあ、仁沙だってもう中学生だ。サンタさんが親だって知ってしまう年だ。本当の本気で幽霊が自分に助けを求めてきたと信じ切っているわけではない。
ただ、そうであれば面白いと考えていただけだ。
「それより
「何これ?新しいソシャゲ?」
「この前BBAゲームズからリリースされた、『合法ロリショタ戦記』ってゲームだぞ。年齢がババアなのに見た目がめちゃくちゃ可愛いから、色んな層から人気があるんだよなー。今回俺の推しのマユリたんがURで出るんだけど、絶対物欲センサーが働いてるだろうから回してくれ!」
「何かあんたの好きなやつ出ると面白くないから、このしわしわのおじいちゃん出ることを祈っとくわ」
仁沙のガチャ運はなかなかいい。自身でやってるソシャゲでも大体思い通りのキャラを出せるタイプだ。天が味方してると言われたことが何度もある。
今回もガチャをお願いした
「いや仁沙に頼むからだろ。俺に任せてくれればちゃんと引いてやったのに」
「思い通りのキャラ引けないやつにも頼めねえよ……」
仁沙の幼馴染の1人、
「あーあ、何か面白いこと起きないかなー」
「面白いことを求めてるって⁉︎じゃあバスケやるか⁉︎」
「そこで持ち出されるのが図々しいわね。バスケ」
「何だよ、バスケやらねえの?不戦敗か?まあ俺はいいけどな!」
「やらないとか言ってないでしょ!受けて立つわよ!」
休み時間はあと3分しかないにも関わらず、バスケットボール片手に数人の男子とグラウンドに駆け出す。
そんな仁沙の様子を見て、八郎太と甲賀は「また授業に間に合わないのでは?」と眉をひそめていたが、2分半後にビクトリーポーズをしながら帰ってきた幼馴染の姿を見てそんな心配は杞憂だったと悟った。
**********
夕方のHRが終わり、生徒達が帰路につく。その中に仁沙と八郎太、甲賀の姿もあった。
家が隣同士というのもあってか、この3人は未だに頻繁に一緒に下校する。特に八郎太と甲賀は家族なので、玄関前までも一緒だ。
「仁沙は期末テスト、何点だったんだ?」
「ふっふーん。これを見て驚きなさい。何と31点よ!赤点に片足は突っ込みつつあるけど、絶妙に回避していくこのスタイル!」
「何かここまでいくと、先生が仁沙を留年させたくなくて点数上げて調整してんじゃねえかって思うよな」
甲賀が答案を取り上げて、自分の答案と見比べて本当に31点あるのかどうかを確認し始める。
ちなみに甲賀はクラス平均点の62点を叩き出していた。甲賀の中では割といい点数に入る。
「なあ八郎太ー。ここって丸ついてるけどほんとに合ってんのー?」
「……合ってる。っつーか大問3、全部征夷大将軍書くってどんだけ征夷大将軍好きなんだよ」
なお、八郎太はこの中では誰よりも頭が良く、95点を叩き出していたのでその大問3も全て正解していた。ちなみにこれでもクラス1位ではなく、今回のクラス1位はなけなしの石がなくなったことで真っ白になっていた松山だ。
丸が合っているかどうか、丸の数、そしてそれぞれの点数を照らし合わせていくとちゃんと31点だった。先生による嵩上げは行われていないようだ。
「逆に狙ってやってるんじゃねえかって思うよな。こんだけギリギリだと」
「ふっふーん、純度100%の偶然の産物よ。これは幸運の女神に愛されてると考えていいわね」
「テスト勉強付き合ってやってる身としては、もっと点数が取れる方向の幸運を降らして欲しいけどな」
大きなテスト前になると「勉強が分からない」と拝み倒し泣きつき脅してくる仁沙に、毎度毎度仕方なく付き合ってる八郎太としては、せめて平均点ぐらいはいって欲しいと考えている。
ただ、中学2年にもなるのに未だ小学生の勉強が一部分からないと宣う仁沙を何とか赤点回避させているので、むしろ頑張っている方なのではないかとも考え直した。
八郎太は高校大学になってバイトが解禁されたら、この経験を生かして家庭教師か塾講師のバイトをしようと心に決めていた。仁沙より頭の悪い生徒もなかなかいないだろうし、今よりは楽な仕事になるだろう。
「そんなことより夏休みよ夏休み!今年はどこ行く⁉︎」
「遊ぶのもいいけど、宿題ちょっとずつ進めろよ。最終日に手伝わされるのは去年で最後にしてくれ……」
夏休みの宿題なるものが出始めてから中学1年生の春休みまでずっと、仁沙は最終日まで宿題を放置するというポリシーを貫いていた。最終日になったら八郎太に泣きついていることから、宿題をやらなければならないという意識は一応持っていることは分かるのだが、何回口酸っぱく言っても夏休み最終日まで手をつけない。
なお、甲賀もなぜか最終日に宿題を10分の1ほど残してるタイプだ。そして最終日の昼、仁沙の宿題が終わるか終わらないかの瀬戸際で修羅場になっている真っ最中に終わったぞとドヤ顔を向けてくる。そして現実逃避したい仁沙と遊ぼうとし出すもんだから、八郎太の方が殺意を抱いてしまっているぐらいだ。
「大丈夫大丈夫!毎年何だかんだで終わってるから!」
「オ!レ!が!終わらせてるんだろうが‼︎計算過程とか全部写して‼︎」
「今年もよろしくお願いします」
「今オレ、今年こそはちゃんとやれって言ったばっかだよな⁇」
「あたしが自力で夏休みの宿題とか解けると思ってるの?あたしができるのって歴代の総理大臣の似顔絵を描くことぐらいよ」
「それはそれで一種の才能を感じるが……。はー、ちゃんとちょっとずつ自力で解こうとするなら教えてやるよ。夏休みとか冬休みに勉強させときゃ、中間期末でヒーヒー言うことも少なくなるだろうしな」
「えー、お前ら夏休みに勉強なんかすんの?夏休みだぞ?何でもできるこの時間に?勉強なんかしちゃう⁇」
「学生の本分は勉強‼︎っつーか兄貴、ほどほどにやってるっちゃやってるくせに、そんなこと言って煽んなよ。これでほんとにやらなくなる馬鹿がいるんだから」
こんな時にこそ常日頃から口説いている女生徒と遊びに行けばいいのに、なぜか勉強させようとしている仁沙と遊び出すのは本当に勘弁して欲しい。
「でもやりたいことたくさんあるのよねー。宿題なんてやる時間があるのか怪しいわ。虫捕りでしょ?川遊びでしょ?すいか割りでしょ?すいか割るってなったら川だけじゃなくて海でも遊びたいわね」
「チョイスが小学生男子と変わらなくて笑う。俺はやっぱ真っ白なビーチの下、照りつける太陽で焼けた小麦色の美女と甘ーい一夏を過ごしてえなー。普段同世代とか歳下の女の子とばっか遊んでるから、たまには歳上のお姉様に弄ばれるのも悪かねえだろ」
「学校の女の子達に、変態クソ親父と変わんねえ今の兄貴の顔を見せてやりたいもんだぜ……」
金髪碧眼で白人寄りのジャパニーズピープルな甲賀の顔面は現代では美形と映るらしく、同じクラスに限らず別のクラスの女の子からも人気がある。
特定の女の子と付き合っているのかいないのか謎だが、今まで女の子付き合いにおいて修羅場になったことはない。何をして遊んでいるのかも分からないが、定期的な色んな女の子と放課後や休日に遊び回っている。
弟である八郎太は、そんな甲賀とは全く違い、黒髪黒目のアジア系の顔立ちだ。何なら女の子寄りの顔なので、同じ黒髪黒目の仁沙との方が兄妹なのではないかと言われた時もあった。仁沙の母に聞いても仁沙しか産んだことがないという話なので、生き別れの兄妹説も全くなかった。
遺伝子が違うのではないかレベルで似てないからか、そんなモテモテの甲賀の弟でも八郎太の方は全くモテない。正確には親友を自称する松山にはモテているが、松山にモテても仕方ない。しかも「親友」だからカウントはされないだろう。
「夏のビーチに限らず、この夏運命的な出会いをすると思うんだよな。俺の直感なんだけど」
「甲賀の直感かー。じゃあ当たらないわね」
「何でだよ!」
「だって兄貴、毎年そんなこと言ってるけど、特に運命的な出会いなんてしたことなかったぞ」
幼稚園年中の頃から夏休みは大体3人ずっと一緒に過ごしているが、運命的な出会いなど一度もしたことがない。
最初の頃は甲賀の謎に自信に満ち溢れた言葉にドキドキワクワクしたものだが、さすがに9年目ともなると仁沙も八郎太も軽く流している。
「運命的な出会いのハードルが高かっただけで、これまでも運命的な出会い自体はしてたかもしれないだろ!新しい出会い自体は何度かあったんだし!」
「あたしは人生を変えるような大きな出会いがしたいのよ!目の前に突然研究中のウイルスに侵されたゾンビが現れるとか!」
「それはさすがにやめて欲しいかなー……。困ってるおじいさんを助けて、億単位の財産をもらうとかあるといいよな」
「普通に困ってる人を助けるだけでお金もらえるとか、甘ったれたこと言ってるんじゃないわよ八郎太。やっぱり巨万の富を築くには、命を賭けた大冒険をしないと!」
「オレは金のある平穏な生活がしたいんだよ……」
仁沙はスリル満点な冒険や戦い、八郎太はお金持ちになること、甲賀は麗しの美女との切なく熱い恋と理想とするものは違ったが、誰もがこの夏ルーティンのように変わりない日常に、スパイスが加えられることを望んでいた。
まあそうは言っても、中学2年生ともなると本気で何か不思議なことが起こるとは思っていなかったが。
だからまさか、本当に夏休みの間にこの退屈な日常が終わるなんて、誰も知らなかった。
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