第20話 ダークファンタジーの主人公の闇が深い

しばらく続いた攻防の後、魔王は攻撃をやめた。

勇者の体は魔王の攻撃にやられたふりをするために壁や床に何度もぶつかり、すでにボロボロな状態であった。


「勇者よ・・・お主は何故そこまでしてこの世界のために戦うのだ・・・?そんなにここには守りたいものがあるのか?この世界はお主が命を掛けてでも守りたいと思える価値があるのか?」


魔王の言葉に、勇者はヨロヨロと立ち上がり、聖剣を地に刺し、体を支えた。

その額からは血が流れ出ており、ポタポタと床に滴っている。


(何のために・・・この世界を救う・・・だと・・・?そんなの・・・)


「俺がこの世界を救おうとする理由・・・それはもちろん、この世界の事がす・・・」


「好きだから」と言おうとした勇者だったが、どうしてもそれが言葉となって出てこず、そのまま固まった。

長い沈黙の後、もう一度勇者は試みた。


「俺は・・・この世界を・・・ここに住む人達を・・・あ・・・あ・・・ああ」


「愛している」と言おうとしたが、やはりそれ以上の言葉は出てこなかった。

勇者として相応しい言葉を並べようとしても、どうしても体が拒絶をしてしまう・・・

つまり、嘘や建前を述べられるほどの精神的な余裕が今の勇者にはなかった。


(つまり・・・この世界も、この世界の人々も、本当は好きじゃないのね・・・)


案内人はそんな勇者の様子を見ながら疑問に思った。果たして彼はいつからこの世界の事を好きでなくなったのか・・・ジャンル変更によりおかしくなってしまってからなのか?それとももっと前からだったのか・・・


「どうした?迷っておるのか?勇者も名ばかりだな」


その言葉に勇者はピクッと反応する。


「ああ・・・俺がこの世界を守る理由・・・それは俺が勇者だからだよ・・・」


そう言うと、顔を上げて遠くを見ながら語り始めた。


「お前も勇者を名乗ってたんなら分かるよな・・・?勇者ってのは、人々のため、世界のために戦わないといけないんだ。「勇者様なら倒してくれる」「勇者様は負けない」なんて期待されて・・・もちあげられて・・・」


勇者はフッと寂しそうな笑みを浮かべた。


「そりゃさ、最初は嬉しかったさ・・・自分は特別な存在なんだって・・・みんなに好かれてるんだって・・・嬉しかった・・・まんざらでもなかったさ・・・」


浮かべていた笑みは次第に崩れ始め、無表情となった。


「でもさ・・・その期待に沿えなかった時にはすっげえ叩かれるんだ・・・「期待してたのに・・・」とか「勇者にはガッカリした・・・」ってな・・・感謝の言葉よりも、そういう言葉の方が心に残るんだ・・・そのダメージもな。勝手に期待して・・・なのに期待を裏切ったらガッカリして・・・それで俺がどれだけ傷付いてるのかも知りもしないでさ・・・」


そしてその表情は怒りへと変わり、勇者は聖剣を逆手で持つと、憎しみを込めて何度も地面に突き刺しながら叫んだ。


「うっせえんだよ!!じゃあ勝手に期待すんじゃねえよ!!重てえんだよ!!!期待も憧れとか希望とかもう何もかも重すぎんだよ!!!」


ガッガッと聖剣で何度も地面を抉り始める勇者の行動に、さすがの魔王も口を噤んだまま見守るしかなかった。


「でもさ・・・」


勇者は聖剣を突き刺すのをやめると、その手を離した。

カランッと音を立てて聖剣は地に伏せた。


「嫌われたくない・・・嫌われたくないんだよ!!!みんなに嫌われたくない!!そのためには世界を救えと言われたら救うしかないんだよ!!何処で誰が見てるか分からないんだよ!!有名人だからな!!常に期待に応え続けるしかないんだよ!!勇者に拒否権も人権もないんだよ!!勇者になったからには、やるしかないんだよ!!やらなかったら「勇者使えねえw」とか「勇者カスが」とか言われるんだよ!!!そんなん耐えられないんだよ!!!!」


(・・・勇者の心の闇が深い・・・)


顔を覆いながら泣きながら叫ぶ勇者を見ながら、案内人は思いを巡らせた。


ジャンル変更前・・・つまり、ダークファンタジーの世界で、勇者自身も常に勝ち続ける事が出来た訳では無い。多くの仲間を失ってきた、時には無様にも戦場から逃げる事で生き延びてきた・・・綺麗事で全てが上手くいくわけでは無かった。それでも命をかけて戦う勇者だったが、時には守ろうとしている人々から、心無い言葉を投げかけられる事も少なくはなかった。


(これだいぶ前から拗らせてるわね・・・)


拗らせている原因の一つに、案内人が与えた過酷な試練も含まれていることは考えないことにした。


魔王は「ふむ」と納得すると、言葉を発したを


「・・・そうか、思ったのとは少し違ったが、よく分かった」


その言葉を聞いた勇者は疲れた様子で魔王を見据え、懇願した。


「魔王・・・お前の力はこんなもんじゃないんだろ・・・?俺はこの世界に疲れてしまったんだ・・・もう・・・いっその事・・・楽にしてくれないか?」


(え、勇者がそれを言っちゃうの・・・?)


予想外の勇者の言葉に案内人も困惑した。

その言葉が果たして本音なのか、この戦いを終わらせるためだけなのか・・・


「そうか・・・良いだろう・・・冥土の土産にくれてやろう・・・我の最終秘奥義を!!!」


魔王は両手を頭上に掲げ、それを見上げるように見つめた。


「この世界の全ての闇の力をここに集結する・・・」


そう宣言すると、魔王はしばらく無言で手を挙げ続けた。

ゴゴゴゴゴッと地が揺れ出し、全世界の人間や魔物達の内面に潜むあらゆる闇が魔王の元へ結集し、禍々しく渦巻いている・・・というのは、魔王から見た景色である。

約1分程、魔王が見上げたままニヤニヤ笑うだけの無駄な時間が過ぎていった・・・


「おお・・・凄まじい・・・凄まじい量の闇のパワーが!!!」


(嘘つけ)


目を輝かせながら歓喜するアオに、案内人は思わず声が出そうになったのを唇を噛んで耐えた。


「我が最終秘奥義・・・くらうがいい!!デビルインフィニティブカオスバアアアアアン!!!!!」


シーン・・・・・・・・・


(くっ・・・やはり何も出ないのかあああああ!!)


一瞬の沈黙の後、勇者は諦めたように肩を落としたが、やけくそ気味にすぐに次の行動へ備えた。


「うおおおおおおおおおおお!!!!」


怒号と共に勇者は足元へ魔力を込め、自らの足元に突風を吹かせた。勇者の体は吹き飛ばされ、高く舞い上がり、天井にぶつかった後、地面へと叩きつけられた。

勇者はそのまま力尽きたように、パタリと動かなくなった。


(・・・終わった・・・か・・・)


勇者は地面に倒れたまま、目を瞑った。


(やりきった・・・これでさすがにあの魔王も満足しただろう・・・)


勇者はソッと目線を魔王に向けたその時、ふたつの人影がこちらを見ている事に気付いた。


「ゆ・・・ゆう・・・しゃ・・・?」

「え・・・今の・・・自分で・・・?え?え?」


人影の正体は、先程まで寝ていたはずのニコとヤンであった。

勇者達の後ろに控えていた2人だったが、最後の攻撃で勇者が吹き飛んだ拍子に2人の頭上を飛び越えていったようだ。

2人は信じられないものでも見るかのように、青ざめた様子で勇者を見ていた。


「・・・終わった・・・」


勇者の瞳はついに闇に堕ち、勇者の顔から表情が消えた。

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