第18話 厨二病、神の子になる

「魔王を倒してはいけません」

「え・・・?魔王を倒せって女神様が・・・」

「それは以前の魔王の事です。この世界にもうあの魔王は存在しません」

「し、しかし新たな魔王がいるんですが・・・」


案内人は一瞬躊躇したが、とにかくゴリ押ししてでも事が上手く運ぶように話を押し進める。


「勇者よ・・・先程の魔王と名乗る男なのですが・・・実は彼はこの世界の神の子なのですよ」

「・・・はい?」


厨二病の男の経歴は勇者から魔王となり、ついには神の子にまでなってしまった。


「今は人間の姿を借りているだけで、実際の年齢は10・・・いや、6歳・・・くらいの子供なのですよ。ああ見えて。」


案内人は勇者に発言の隙を与えないよう、真剣な表情で見つめながら話を続けた。


「で、彼は魔王推しなのですよ。推しって分かります?魔王が1番大好きってことですよ。世の中の子供達がみんな正義の味方が好きとは限りません。中には悪役を愛し、応援している子供達だっているのですよ」

「はぁ・・・」


勇者は案内人から次々と流れ出る言葉を口をポカンと開けながら見つめている。


「彼は、自分が憧れる魔王になって、勇者と戦ってみたいと親であるこの世界の神に頼み、魔王としてこの世界に降臨したのです」


案内人の口からはもう嘘しか出てきていない。

さらにガッカリする様に肩を落として言葉を吐き出す。


「それなのにあなたときたら・・・子供相手になんですかあの態度は。やられたふりもしないで無視して、あげくに口塞いで壁に拘束するなんて・・・大人気ないとは思わないのですか?今頃恐怖できっと泣いてますよ?」

「いや・・・そんな事で泣くような男には見えなかったが・・・」


勇者から見た魔王はひたすら上から目線であり、自分が有利である事を信じて疑ってない様に見えた。

追い詰められ命の危機が迫ろうとも、泣きもしないどころか、勇者を仲間に引き込もうと話し始める、図太い神経の持ち主にしか見えなかった。

案内人は勇者の言葉を無視して大きくため息をついた。


「勇者・・・魔王城へ入る前の私の言葉ですが・・・あなた先程の解釈間違えていましたよ・・・?」

「・・・え?」


『あなたはこの魔王城で、衝撃的な事実に直面します。そして貴方は選択を迫られます。それは貴方にとって辛く苦しい選択になるでしょう。しかし勇者よ。いつなんどきも、自らを犠牲にしてまでも弱き者を助けてきた貴方なら・・・正しい道を選ぶことが出来るでしょう。』


女神は魔王城へ挑もうとする勇者にそう語りかけていた。


「えっと・・・たとえ魔王が悪いヤツでなくても、勇者として魔王を倒し、世界の人々を救えという事ではなかったのですか?」

「違いますね」


勇者の答えを案内人は速攻で切り捨てた。


「魔王は神の子ですが、力も無い、ただの子供です。見た目は大人、頭脳は子供と言っても良いでしょう。そんな子供が魔王を名乗って勇者の前に立ちはだかっている・・・さあ、あなたは戦うの?戦わないの?選択してみなさい」

「え・・・えっと・・・戦わない・・・?」

「違う!!!」


勇者の答えを、案内人は吠えるように切り捨てると、勇者はビクッと体を震わせた。


「あなた、子供と戦いごっこをしたことはある?」

「あ、ありますけど」

「戦いごっこをしたがっている子供を無視してどっか行くつもり・・・?」

「え・・・えっと・・・え・・・」


勇者はグイグイと迫ってくる案内人にしどろもどろになりながら口を開いた。


「え・・・まさか・・・あの男と戦え・・・え、戦いごっこをやれと・・・?」

「正解よ」


勇者はガーンとショックを受け、よろめきながら後ろへ数歩下がり、片膝を付いた。


(幼い子供ならまだしも・・・あの男と・・・戦いごっこを繰り広げろと・・・?)


勇者はもう一度女神の言葉を思い出し、再びその解釈を試みた。


「つまり・・・自分を犠牲にしてでも弱き者を助けるって・・・まさかあの男と戦って俺が犠牲になれということですか・・・?」

「まあ、そういうことになるわ・・・もちろん、あなたも本当に死ぬ必要はないわ。やられたふりをするだけ・・・やられたふりして撤退する・・・これが無難ね」

(なにが無難なんだ・・・?)


他人事の様に話す案内人を勇者は不満そうにしばらく見つめた後、先程の魔王との戦いの記憶を最初から呼び起こしていく。


「あの・・・ちょっと聞いてもいいですか?」

「いいわよ」


勇者はどこか納得いかないような表情で案内人を見据えた。


「ただの子供で何の力もないから、俺のプレッシャーが効かなかったのは分かるんですが・・・俺の剣撃をことごとく避けたのは何故ですか?」


勇者の質問に、案内人は「ああ・・・」と呟き、一瞬間を置いてから説明を始めた。


「あれはこの世界の神の御加護です。物理攻撃は全て躱すことが出来ます・・・が、魔法攻撃は死んじゃうので使ってはいけません」


(・・・なんで物理攻撃だけ・・・?)


勇者が言葉に出さなかった疑問も案内人は読み取る事が出来たが、そこは知らないふりをした。

勇者はまだ納得いかないように、次の質問を投げかける。


「あの男が言ってた邪神龍とやらは、存在するのですか?」

「しません。全部妄想です」


再び勇者は頭上に大石が降ってきたような衝撃を受け、一瞬ふらついた。


「やはり・・・そうなのか・・・」


勇者は自分が少しでも邪神龍を本気にした事に対して激しい羞恥心に襲われた。だが、今はそれ以上にこれから自分がやらねばならない事の確認をしなければならなかった。

頭に浮かぶのは、何かを叫びながら手を突き付けてくる魔王の姿である。


「つまり・・・何も出てこない魔法にもやられたふりをしなければならない・・・と?」

「そうよ。言っておくけど、中途半端は許されないわよ?やるなら本気でやんなさい」

「・・・本気で・・・?」


案内人を見つめる勇者の瞳からは光が消え、フルフルと震えている。


「そこそこ良い年齢の男と俺が本気で・・・戦いごっこをしろと・・・?そしてそれにやられたふりをしろと・・・?」


勇者としては、叫びながら出もしない魔法を放っている素振りをする魔王の姿は、10年前の自分の姿と重なって見えるため、正直もう関わりたくない。

しかし、本気でと言われた以上はあの出もしない魔法を受ける演技をするだけでなく自分自身も叫びながら魔法を放つ演技をしなければいけないという事だ。

勇者は自分が魔王と戦う姿を想像して戦慄していた。


「この世界の神は、我が子とあなたの戦いをずっと見ています。あの魔王を泣かせたり、消化不慮のままで終わらせたりして、神の機嫌を損ねるような事になれば、この世界は消滅させられてしまいます」

「そんな・・・理由で・・・?」


信じられないというような勇者の言葉に、案内人は力強く頷いた。


「神とはいつ何時も不条理な者なのです。しかし、あの魔王が満足するような戦いを繰り広げる事が出来れば、この世界を救うことが出来るのです。」


つまり、案内人が考えたシナリオは、今まさに宙ぶらりんになっている勇者と魔王の戦いをなんとか綺麗に収めるために、もう一度勇者と魔王を本気で戦わせ、死人が出ないように決着を付ける事であった。

それが果たして本当に面白いのかは案内人にもよく分からないが、とりあえずなんの展開もオチも無しに勇者が帰るよりはマシだと結論づけた。


勇者は案内人の言葉を聞き、しばらくそのまま固まっていたが、やがて覚悟を決めたように案内人を見た。


「嫌です」


勇者はキッパリと断った。

そんな勇者の姿に、案内人は心底残念そうな顔をしてため息をついた後、口を開いた。


「あなたが少しだけ我慢する事で、誰も死ぬことなく世界が救われるのよ?」

「俺が死にます・・・(精神的に)」


半泣きになりながら声を絞り出した勇者を、案内人は軽蔑するような目線で射抜いた。


「勇者・・・私の言葉を聞いたあなたは、心の中で言ってたじゃない・・・たとえこの命尽きようとも、俺は後悔は致しませんって・・・」

「うぐ・・・」


そこで勇者は初めて案内人に心の中を読まれている事実に気付いた。

そんな勇者に近づき、耳元で囁くように案内人は口を開いた。


「大丈夫・・・あなたの仲間は酔い潰れているし、あの魔王の配下も魔王しか見ていない・・・誰もあなたの醜態を見ることはないわ・・・」


案内人は目を見開き、近距離で勇者を覗いている。

勇者は動けず、フルフルと首を振り続けた。

その額には次々と冷や汗が滲んできている。


「ねえ、あなたの我儘で世界を滅ぼすの?」


その言葉に、勇者の頭の中で何かがプツッと何かが切れる音がした。


「分かったよ!!やればいいんだろ!!!?やれば!!!世界を救うために(精神的に)死んでやるよ!!!!」


吹っ切れた様な勇者の姿に、案内人は満足したように笑みを浮かべ、女神としての最後の言葉を贈った。


「勇者よ・・・貴方がこの世界を救うのです・・・」


そして勇者はやけくそ気味に技の解除に取り掛かり、魔王の精神世界はぐにゃりと歪み出した。


今度こそ、勇者と魔王(厨二病)の本当の戦いが始まろうとしていた。


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