第17話 魔王の精神の中で勇者は叫ぶ

そこは一点の曇りもない澄み切った青空に、広大な草原がどこまでも無限に広がっていた。

サアッと爽やかな風が吹くと、お花があちこちで芽吹き始め、あっという間に一面が色とりどりの花畑になった。

勇者はその光景をしばらく見つめた後、ゆっくりと歩きだした。


そして立ち止まるとゴロンと寝転がり、大の字になり目を瞑った。


(あー・・・いい夢見れそう)


そして勇者は深い眠りに


「いや、待って。ねえ待って」


深い眠りに落ちようとしていた勇者だったが、女性の声に起こされ、うるさそうに目を開けた。勇者の視界の先には案内人が立っており、上から見下す様に勇者を見下ろしていた。


「ああ、女神様・・・ここは良い所ですね・・・」


にっこりと微笑む勇者に案内人は「いや・・・一応魔王の精神の中だからね?」と呟くが、勇者は気にも止めていない。


「なんかもう・・・どうでも良くなってきますよね・・・」


勇者の視線はどこか遥か遠くの空を見つめており、毒気が抜けたような笑みを浮かべている。


「この人・・・魔王のくせしてこんなに純粋で綺麗な心の持ち主なんですね・・・」


勇者はそう言うと「もう俺ここに住もうかな・・・」とボソッと呟いた。


勇者はむくりと起き上がり、再びふらふらと歩き始めた。

その後ろ姿を見ながら、案内人は勇者に語りかけた。


「あなたは勇者でしょう?世界を救う使命を忘れたのですか?あなたまでおかしくなってしまったら、一体誰がこの世界を救うのですか?」


案内人の問いかけに対して、勇者はふてくされたように鼻で笑った。


「ふっ・・・こんな世界・・・救う価値あるんですかねぇ?」


案内人に向かって目を見開き問いかける姿は、とても正常な精神状態の男とは思えない。


「しっかりなさい勇者・・・あなたは強靭な精神の持ち主でしょう?こんなことで心が折れるような人間ではないはずです」

「強靭な精神・・・ああ・・・そんなこともありましたね・・・」


勇者は魔王を倒す技を習得するべく、女神に与えられた過酷な試練をこなしてきた。


膨大な魔力を生み出す力を得るために、魔法を三日三晩放ち続けた。体内の魔力を常に枯渇させることにより、自分自身の魔力を供給するスピードと自身の中に取り込める魔力量を底上げした。


魔王が殺してきた人間達の怨念を呼び起こす力を得るために、墓場の真ん中で1ヶ月間泊まり続け、金縛りにあったり、霊に身体を乗っ取られそうになりながら、霊感と霊に対する耐性を手に入れた。


魔王の精神に入り込んだ際に、魔王の精神に取り込まれない様、女神が作った擬似的な魔王の精神の中に入り、体を引き裂かれ、心臓を貫かれ、何度も自分の死を経験しながらも、自我を保ち続け、強靭な精神を手に入れた。


勇者は息を吐き捨てる様に笑うと、諦めるように呟いた。


「でも結局・・・何一つ役に立たなかったですよね・・・あの試練って一体なんだったんですか・・・?」


勇者は腰の聖剣を引き抜き、その刃をじっと見据える。

その刃には勇者と呼ばれる自分の姿が映し出されている。


失った仲間達、死に物狂いで習得した技、血のにじむような特訓・・・そして魔王城での仲間達の醜態・・・無意味に叫ぶ魔王の姿・・・それらが走馬灯のように勇者の頭を駆け巡った。


「勇者・・・か・・・」


それをしばらく見つめた後、勇者の体はふるふると震え出し、聖剣を握りしめている手に力が籠っていく。


「勇者だからって・・・どんな扱いしてもいい訳じゃないんだぜ・・・?」


穏やかだった表情は次第に怒りを滲ませ、険しくなっていく。


「もう・・・もう耐えられないんだよおおおおおおおお!!!」


突然の勇者の渾身の叫びに、案内人は思わず仰け反った。


「勇者とか今どきはやんねえんだよおおおおぉぉぉ!!!」


どんな試練に耐えようとも・・・仲間を失おうとも・・どれ程の困難を前にしても決して折れることの無かった勇者の心が、ここにきてついに折れてしまった。


「しっかりなさい勇者・・・貴方はこの世界の法則の干渉を受けないと言ったでしょう」

「だから辛いんだよおおお!!!!」


なだめる案内人だったが、勇者は涙を浮かべながら叫んだ。


「なんで俺も一緒におかしくしてくれなかったんだよおおお!!」


このギャグコメ世界で全部の住人をおかしくしてしまったら、それこそ無法地帯だ。

制御不能なこの世界の暴走を止める唯一の存在・・・それがこの世界の法則に干渉されない主人公なのである。


(大丈夫。あなたはちゃんと面白いわ。多分)


案内人は言葉にはせずに、勇者を慰めるように、その肩にそっと触れた。


「なんなんだよこの世界は!!なんで俺ばっかりこんな目に・・・うう・・・うううう」


勇者の目からは涙がポロポロと零れ始めている


(やっぱりあなたも泣き出すのね・・・)


案内人は若干引き気味でその様子を見ている。


「そうだ・・・こんなもん貰わなければ良かったんだ・・・」


勇者はそう言うと、勇者の証でもある聖剣を逆手に両手で持ち、その刃を地面に向けた。


「こんなん適当なとこにぶっ刺してやらあああ!!」


勇者は聖剣を地面に突き刺すと、その手を離した。それを見届けた案内人は真顔で勇者のことをしばらく見つめ、口を開いた。


「それであなたの気が済むのなら構いません」

「構わないのかよ!通りがかりの人が抜いちゃって新たな勇者が誕生しちゃうだろうが!」

「別に構いません」

「構わないのかよ!!勇者がどこの誰か分からないおじいちゃんとかになってもいいのかよ!!?」

「それは構います」

「いや構うんかい!!何なんだよこれ!!何言わせんだよ!!何ちょっと笑ってんだよ!!!」

「いや・・・天丼になったなと思って・・・」

「また天丼かよ!!クソどおでもいいわああああああああ!!」


もはや自分が何を言ってるのかも分からない勇者にとって、相手が神様だろうがどうでもよくなっている。


「なんなんだよ!!一体俺に何をさせようとしてんだよ!!俺に何を望んでんだよ!!!?」


(面白い事・・・って、それを言っては恐らくダメだね・・・こういうタイプはウケを狙い出すとただのつまんない男になりそうだし・・・)


案内人はこの先どういう方針に持っていくかを考えながら勇者を見つめた。


「どんな辛い試練にも耐えてきた・・・それが、それが・・・すべてこんな茶番劇のためだけなのかよ!!!」


(いや、それは私も予想外だったというか・・・結果オーライだったというか・・・)


勇者の言うことはもっともであったが、案内人もまさかこんな事態になるとは当時は思ってもいなかった。


本来の魔王の強さはまさにチート級であった。無尽蔵の魔力に加え、相手から放たれた魔法の魔力すら奪い自分のものにしてしまう。そして自分自身にかけている強力なバリア。それを貫通して傷を付けることが出来たとしても、自動回復によりすぐに傷が修復されてしまう。

創造神が作り出した最強の魔王は、たとえ勇者であっても普通に立ち向かって倒せるような相手ではなくなっていた。案内人はそんな魔王を勇者に倒させるために、確実にダメージが与えられる技を勇者に伝授した。3つもあれば倒せると思っていた訳だが、その3つとも今の魔王には全く効かないのであった。


勇者はいじけたように三角座りをすると、再び遠くを見つめた。

案内人はそんな勇者に優しく話しかける。


「勇者・・・気持ちは分かりますが・・・貴方にはやるべき事が残っているはずです。もう少しだけ・・・もう少しだけ、頑張ってみませんか?」

「俺はもう十分頑張りました・・・」


案内人の言葉には、勇者は遠くを見たまま言葉を返した。


「もう少しだけ・・・」

「もう無理です。これ以上は頑張れません」


案内人はさすがにイラッとして、口調をキツくした。


「もっと頑張りなさい」

「頑張れません」

「頑張れっつーの」

「もう無理だっつってんだろおおおおがあああああ!!」


立ち上がり案内人を睨みつけながら叫ぶ勇者の姿には、勇者としてのプライドは1つも見受けられない。

案内人はチッと舌を鳴らす。

それを勇者は聞き逃さず、グッと唇を噛み締めて案内人から目を逸らし俯くと口を開いた。


「俺だって・・・俺だって本当は分かってんだよ・・・俺が・・・やらなきゃいけないことくらい・・・」


勇者はガクリとその場に膝を付き、両手を握りしめてそのまま地面に叩きつけた。


「分かってんだよ!!!でも少しぐらい反抗したっていいじゃないかよおおおおおお!!」


バンバンと地を叩きながら叫ぶ勇者を見ながら案内人はもう何も言うまいと誓った。


「倒せばいいんでしょうが!!魔王を!!!」


そう言うと、勇者は地面に突き刺した聖剣を乱暴に抜き取った。


「さっさと倒して勇者なんかやめてやるよ!!!」


勇者が技の解除をしようとした時、突然ガシッと強い力で腕を掴まれ、技の解除は中断させられた。

その手の主はもちろん案内人である。


「いや、駄目だから。魔王倒したら・・・駄目よ・・・?」

「え・・・なんで・・・?」


そう言いながら殺気を放っている案内人の顔を見て、勇者は再び震えだし泣きそうになっていた。


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