第16話 勇者の選択
口を塞がれ壁に押し当てられた魔王は、キッと勇者を睨みつけ、口を封じている勇者の手を何とかしようともがいているが、勇者の手はビクともしない。
(もしかしたら、こいつが言っていた精神攻撃とやらがだいぶ効いているのかもしれない・・・)
勇者は黒歴史をぶり返された精神的ダメージを、魔王が放った邪神龍による精神攻撃によるものだと思っているのだが、もちろんそんな攻撃はされていない。
すでに勇者の精神状態は死にたくなるほどボロボロな状態だった。
(俺はもうすぐ死ぬのかもしれない・・・すでに若干死にたくなっている・・・だが・・・こいつも道連れだ!!)
勇者は魔王を倒すために習得した2つめの技を出すべく、魔王の胸元へ手をあて、詠唱を唱え始めた。
しかし、それも何の手応えも無く、技を発動するまでに至らず勇者は唖然とした。
勇者が今使った技は、対象者が今までに殺してきた人間達の怨念を呼び起こすものであった。死んだ人間達の怨念は、殺した者の魂に刻み込まれる。その怨念を呼び起こし、対象者の生命力を奪い、死に至らしめるという技であった。
殺した人間の数が多いほど奪い取る生命力も絶大になり、幾万の人々を殺戮してきた以前の魔王であれば、再起不能にさせるには十分だっただろう。
しかし、その怨念を呼び起こそうとした勇者だったが、この魔王の魂に刻まれた怨念などひとつも無かったのだ。
つまり、魔王は今までに人を殺したことがない事を意味している。
「お前・・・一体なんなんだ・・・?」
勇者は答えを聞くため、魔王を拘束したままその口元を覆っていた手を、少し下へずらした。
魔王は観念したかのように、諦めの笑みを浮かべた。
「ふっ・・・勇者よ・・・お主には気付かれてしまったか・・・我の本当の姿を・・・」
「・・・!!?」
魔王の言葉に、勇者はハッと目を見開き、続く言葉を待った。
「我が・・・昔は勇者であったことを・・・」
「・・・・・は?」
(え、何・・・?)
「私も以前は勇者として、困っている人々を救うために戦い、世界を守る使命を果たしてきた・・・」
(え・・・待って・・・ちょっと待って)
勇者は魔王の言葉に困惑し、話についていけてないが、魔王はどんどん話を進めていく。
「しかし、どんなに世界を救うために・・・人間たちの為に戦ったとしても、奴らは我に感謝しようともしない・・・それどころか、そんな我を見て奴らは嘲笑っていた・・・!こちらは真剣に戦っているというのに!!」
その言葉に、勇者はピクリと反応し、真剣な面持ちで魔王をジッと見つめた。
「お前には経験が無いか?信じていた者に裏切られたことは・・・?」
「・・・ある」
勇者は魔王の言葉を聞き、力強く肯定した。
今、まさに信頼していた仲間達は真剣に戦う勇者を前に居眠りしている。
これを裏切りと言わずしてなんと言えよう。
「ならばお主にも分かるであろう・・・愚かで忌々しい人間どもめ・・・あのふざけた連中は汚物みたいな存在でしかないのだ!!そんな奴らは守る価値も無い!!だから我は勇者としての使命を捨て、この身を闇に捧げることにした!!」
「・・・お前の気持ちはよく分かるぞ・・・」
勇者の頭をよぎるのは、やはり先程の仲間達の姿である。
浄化の魔法をお願いしたのに、初夏の魔法やら、消化の魔法やらと訳の分からない行動をし始め、あげくに魔王城のトイレを借りに突っ込んで行ったニコ。
そんなニコと一緒にふざけた様子で絡んだり、なぜか仲直りをするためにどさくさまぎれに接吻しようとしてきたヤン。
寝る泣く吐くしか脳がないカイ。
そんなふざけた奴ら汚物みたいな存在だ。
守る価値も無い。
勇者の瞳からはすでに光は消え、闇堕ち寸前であった。
仲間に裏切られ、女神から与えられた魔王を倒すための力は全く役に立たず、黒歴史まで掘り下げられて、勇者の心はもうボロボロであった。
(勇者としてこの世界のため、人々のために戦ってきた結果がこれか・・・なんか勇者として生きていくの疲れてきたな・・・)
もういっそのこと勇者など放棄して、仲間の事も捨ててしまおうか・・・
そんな事を考えながら俯いた時、腰に帯びている聖剣が目に入った。
そして魔王城へ入る前の女神の言葉が蘇った。
『あなたはこの魔王城で、衝撃的な事実に直面します。そして貴方は選択を迫られます。それは貴方にとって辛く苦しい選択になるでしょう。しかし勇者よ。いつなんどきも、自らを犠牲にしてまでも弱き者を助けてきた貴方なら・・・正しい道を選ぶことが出来るでしょう』
(そうか・・・衝撃的な事実とは、魔王の事だったのか・・・)
これまでこの世界の脅威となっていた魔王は居なくなった。しかし、変わりに異世界からやってきた男が魔王となった。
(選択とは、俺が今後も勇者の道を歩むのか、その道を外れるのかということ・・・正しい道とは・・・そんなの分かりきっている・・・)
勇者は目を瞑り、自分を信じてくれている存在へと感謝した。
(女神様・・・貴方が俺を信じて勇者として生きていく事を託してくださった。貴方の期待を裏切る訳にはいきません。勇者として魔王を倒してみせます)
そして脳裏に浮かんだのはこれまでの戦いで失った仲間達、魔物の襲来により命を落とした村の人々の姿だった。
勇者は己の使命を全うすることを決心し、凛とした顔つきになり、魔王を睨みつけた。
「だが、俺は・・・今まで死んでいった仲間達や村の人々の犠牲を無駄にする訳にはいかないんだ!!!」
勇者はそう叫ぶと、魔王を掴む手と反対の手に魔力を集め出す。
「お前は悪い奴じゃないのかもしれない・・・しかし、魔王である以上、今後誰かを殺す存在になる可能性があるならば・・・ここで倒させてもらう!!」
勇者の手のひらに集められた魔力は大きさの割には強大な魔力が凝縮され、神々しく光を放っている。
(本来の魔王ならば魔法攻撃は吸収されてしまう・・・だが、魔力を持たないこいつなら・・・魔法が効くはずだ・・・)
勇者は、せめて魔王が苦しむ事も無く即死出来る様に魔力の出力を上げた。
その手に集まった魔力の状態を確認しようと目線を向けた時、遠方でチカチカとカラフルな明かりが光っているのが見えた。
(なんだあれ・・・?)
その光が気になり、勇者はその光を放つ方へと目を向けた時・・・
(・・・・・・は?)
あまりの衝撃に、勇者の手のひらに集まっていた魔力の塊はプシュンッと情けない音を立てて消滅した。
勇者は信じられないものでも見たかのように硬直した。
「え・・・?め、めがみ・・・さま・・・?」
「あ・・・・・・」
勇者の目線の先には、先程魔王城の前で会話をした女神こと案内人の姿があった。
「なぜ・・・女神様が・・・ここに?」
勇者は困惑の表情を浮かべながら、ある可能性に気付き、ハッとする。
「まさか・・・最初から魔王側の者だった・・・?いや、ならば何故私に聖剣を授け、魔王を倒すための力を与えて下さったのだ・・・!?」
勇者は味方であるはずの女神が、何故か魔王サイドにいることにかなり動揺している。
(まさか・・・魔王を倒すための技が効かないのも・・・最初から分かっていたのか・・・!?)
女神の事を疑い始めた勇者に向けて、案内人は指を3本立て、何かを指示するようにその目をじっと見つめた。
(あれは・・・!!まさか・・・3つめの技を使えということか!?だが・・・リスクが大きすぎるぞ!)
勇者は迷った。魔王を倒すための3つ目の技は、相手の精神の中に自らの精神も入り込み、直接攻撃を仕掛ける技である。
成功すれば、相手の精神を破壊し廃人とさせる事が出来るが、逆に相手の精神の中に取り込まれる可能性もある。そして何よりも1番のリスクは、この技を使用した者、使用された者は技を解除しない限り、そのままの状態で動けなくなってしまうことだ。体を守ってくれる仲間がいない現状、使うのはリスクが高すぎる。
(どうする・・・?女神様を信じてもいいのか・・・?)
勇者はしばらく悩んだが、今までに女神の力により、幾度となく救われた事も事実であった。
意を決した様に再び魔王を睨みつけ、魔王の頭を掴むとこれから使う技に意識を集中させた。
(女神さま・・・信じております)
そして勇者の精神は魔王の精神の中へと入り込んだ。
そのまま勇者と魔王は時が止まったように動かなくなった。
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