第15話 勇者の黒歴史
「くっくっく・・・我の力を目の当たりにして現実逃避でもしておるのか・・・?間違いなく魔王はこの私である!!!!」
勇者はしばらく魔王の様子を伺った後、その視線をアオと案内人に向けた。
「本当か?」
アオは勇者の言葉にハッとし、意を決したように口を開いた。
「魔王ではす」
「魔王・・・デワス?そんな名前なのか?」
勇者の言葉にアオはショックを受けた様な表情をしているが、勇者はそれに気付いていない。
「ふっ・・・確かに我がこの世界の魔王になったのはつい先程の事である・・・我は異世界から来た魔王なのだ!!」
(異世界から来た魔王だと・・・?)
勇者は、数日前に魔王の気配が突然消えた事を思い出した。
(確かにここ数日、魔王はこの世界から消えていた・・・そして今日、魔王の気配は再び現れた・・・前の魔王が消え、異世界から新たな魔王がやってきた・・・?いったいなぜ・・・)
考え込む勇者に向けて、突然魔王が先手を打ってきた。
「勇者よ!!我の魔力を存分に味わうと良い!!!フレアーアロー!!」
そして左の手のひらを勇者に向ける。
・・・が、特に何も出る気配は無い。
「・・・・・・!!」
勇者は一瞬ビクッとするが、魔王の攻撃を防ぐ様子も見せず、呆然と見ている。
「エクスプロオオオオオジョン!!!!」
静寂な空間の中、ただ魔王の声がこだまするように響き渡っている。
(な・・・なんなんだ・・・)
勇者は困惑すると同時に、何故か胸騒ぎがして自分の胸元を押さえた。
「メテオバアアアストストライイイイク!!!!」
勇者の顔から表情は消え失せ、血の気が引いたように冷たい目で魔王を見つめている。
しかしその目は何かに怯えている様だ。
「や・・・やめろ・・・」
制止を促す声は勇者の口から漏れ出ていた。
勇者は目の前で叫び散らかす男の姿を見ながら、自分の中で眠らせていた何かが呼び起こされそうな感覚に陥り、必死にそれを抑え込んでいた。
しかし魔王は周囲の冷たい視線を気にもせず、叫ぶのをやめようとはしない。
もはや狂気の沙汰である。
「ダアアアクブレイクインパルスウウウ!!!」
その叫びを聞いた瞬間、勇者の記憶の奥深くに自ら眠らせていた
それは勇者が6歳の頃の出来事である。
4歳年上のヤンと一緒に、村の隣にある森へ冒険ごっこに出かけていた。
ヤンが用を足しに行った時、何かが動く気配を感じて勇者はその方向へと1人で走り出してしまった。
気付いた時には、今まで進んだことの無い奥の方にまでやってきていた。
そこで、勇者は初めて魔物という存在を目の当たりにする。
「うわっ・・・なんだこいつ!!?」
明らかに野生の動物とは違うその容姿を見た勇者は、思わず叫んでいた。
その瞬間、勇者に向かって魔物が飛びかかってきた。
「うわあああああああっ!!!」
勇者が身を庇うように身構え、目を瞑った。
(ヤン助けて!!)
そう願った瞬間だった。
「フレアーアロー!!」
「ギァオオオオオ!!!」
誰かの声と、叫び声が耳に響いた。
勇者が恐る恐る目を開けると、目の前まで迫っていた魔物が後ろへ弾き返され、苦しむようにもがいている。
その体には炎を帯びた矢の様なものが突き刺さり、その炎で魔物の体はすぐに焼き尽くされた。
「大丈夫だったか?」
そう声を掛けてきたのは、スーツ姿の清楚な顔立ちをした男だった。
命の危機を救ってくれた恩人の姿に、勇者は釘付けになった。
その後、駆け付けてきたヤンの姿を確認すると、その男は無言でその場を立ち去った。
ちなみにこの時、勇者を助けたのも異世界人である。この世界の創造神が他の世界の創造神にオススメされてこの男を召喚したのだが、その実態はループ5回目の強くてニューゲーム状態のチート男であった。
フレアーアローだけでひたすら無双していく彼が、危うく魔王城へ乗り込もうとしていた時、再び別の世界に飛ばされた。
この世界の創造神が、異世界人に魔王を倒されてしまいそうだと、例の先輩に相談したところ「おもしろそうなキャラ大歓迎」と引き取ってくれたのだ。
異世界人はいつも予測不能な事態を引き起こし、世界のパワーバランスをおかしくするわけだが、それが全知神達には結構ウケるらしい。
それはさておき、勇者はその男に憧れて魔法の特訓を始めた。
勇者の住んでいる所は辺境にある小さな村で、魔法を使える人物はいない。幼い頃に亡くなった勇者の父親は、魔導師として世界を旅していた経歴があり、その父が残した魔導書を読んで、独学で魔法の勉強をした。
なかなか上達せず、自分には魔法の才能が無いのかもしれないと何度も挫折しかけたが、あの日自分を助けてくれた人物の事を思い出しながら、練習に励んだ。
せめて、あの日あの人が使っていた魔法を習得するまではと・・・
それから3年後、勇者が9歳の時である。
「お前を見てたら、俺も魔法に興味が沸いた。魔導師になって、お前に魔法を教えてやるよ」
そう言って、ヤンは魔導師になるべく、首都にある魔術学校へ通うために村を出た。
ヤンが去った後も、勇者は1人魔法の特訓に励んでいた。
そして、あの男と同じ炎の矢を放つ魔法を習得した。
コツを掴んだ勇者は他の魔法も次々と習得し始めたが、その威力は魔物を倒せるような代物では無かった。
しかし魔法で火を起こしたり、氷を生み出したり、そよ風を吹かせたりと、勇者の魔法は村人達には重宝され、よく呼ばれては魔法を披露していた。
勇者が16歳の時、ヤンが立派な魔導師となって村へ帰ってきた。
勇者はヤンに魔法を見せてもらうため、いつも一緒に行っていた森へと向かった。
「まずはここ数年のお前の成長を見させてもらおうか」
ヤンに言われ、魔法を使っての狩りをする事になった。
獲物は村の作物に被害を及ぼす猪。
勇者は獲物を発見すると、魔力を手に集中させる。
「フレアーアロー!!」
そう叫ぶと、突きつけた手のひらから1本の炎の矢が放たれ、イノシシに突き刺さる。
しかしその矢は突き刺さった周囲を一瞬燃やしただけで消滅した。それに怒り狂ったイノシシが勇者目指して突進してきた。
勇者は再び魔力を手に込め、再度イノシシにそれを放った。
「ストーンブラストオオオ!!」
手のひらサイズの石が生成され、イノシシに向かって撃ち込まれた。
顔面に投石を受けたイノシシはよろめいたが、すぐに体勢を直すと再び突進してくる。
そこへ勇者はさらに追い打ちをかけるように、叫んだ。
「ライトニングボルトオオオオ!!!」
勇者から放たれた電撃を受けた猪は、ビリビリと感電しながら震えている。勇者は腰に帯びていたナイフを抜き、猪の首に突き刺した。
急所を突かれた猪はそのまま動かなくなり、絶命した。
勇者はふうっと息をつくと、見学していたヤンの方を見た。
ヤンはポカンと口を開けて呆けたまま動かない。
「・・・ヤン?」
勇者が声をかけると、ヤンはハッと我に返り、少し深刻そうな顔をした。
「うん・・・そうだな・・・色々とツッコミたい事が山ほどあるんだが・・・」
どこか言いづらそうにしているヤンに、察した勇者が先に口を開いた。
「ヤン・・・いいんだ。俺もなんとなく分かってるんだ・・・はっきり言ってくれ」
「そうか・・・分かった」
ヤンは勇者の言葉に頷くとスッと顔を上げ、真面目な顔で勇者に言った。
「いや、無駄が多くね?」
その言葉に、勇者は頭にグサッと何かが突き刺さった感覚に襲われた。
「最初の炎の矢とか、せっかく奇襲掛けたのに怒らせただけだし、その次の投石とか普通に投げた方がもっと早く投げれそうだし・・・使うなら、最後の電撃だけで良かったよな・・・?で、結局最後はナイフで刺すんかいっ!てツッコミ入れれば良かったのか?」
「最後ツッコミはよく分からんが、言いたいことは分かる」
首都ですっかりお笑いにハマってしまったヤンの言葉は、勇者にはよく分からなかったらしい。
「やはり俺に魔法の才能は無いんだろうな・・・」
勇者もそれは自覚していた。
そんな勇者に慌ててヤンは戸惑うように言った。
「いや・・・だけどお前・・・なんであんなに別の魔法を連続して出せたんだ?威力はともかく、俺にもあんな早く次の魔法を使えないぞ」
同じ魔法ならば、1度構築した魔法式を使い、続けて発動させるのは難しくない。
しかし、別の魔法を使うならば、最初から魔法式を構築し直す必要があった。
勇者は魔法を発動させるまでの時間が異様に早かったのだ。
「あと、お前の魔力なんだが・・・俺よりも全然強いぞ・・・?」
「は・・・?」
「魔力探知で相手の魔力量が分かるんだが、お前ほどの魔力量を所持してる奴は首都でもそんなにいないぞ」
そんなはずはない。と勇者は思った。
全力で放った炎の矢は軽い火傷を負わせただけ、投石は普通に投げた方が良いレベル。電撃も感電させて動けなくなるだけで、死に至るレベルではない。
「そんな馬鹿な!俺の魔法の威力見ただろ!?何回やってもあれ以上の威力は出ないんだ!!俺は加減なんかしてないぞ!!」
「あ、ああ・・・それなんだが・・・」
ヤンは再び深刻そうな顔をして、ものすごく言いづらそうに勇者に問いかけた。
「お前・・・なんで魔法を発動する時に何か叫んでんの?」
「・・・え?」
勇者はキョトンとした。
勇者の住んでいる村に魔法を使える人物はいない。
勇者が今まで見た事のある魔法は、勇者を助けてくれた異世界人だけだった。
「え、魔法ってそういうもんじゃないの?」
「違うな」
ヤンは即答した。
「確かに・・・昔お前が魔法の特訓してる時に、やたら叫んでたのは覚えてるんだが・・・それって、小さい子が戦いごっこでパンチやキックする時に、「パーンチ!」「キーック!」て叫ぶやつと一緒の事だと思ったんだわ・・・そういうのって、ある程度大きくなったら、だんだん言わなくなるよな?・・・つまり・・・さ・・・そういうことなんだよ・・・分かるか・・・?」
つまり、勇者が魔法を放つ時にわざわざ叫んでいる行為は、小さい子供が戦いごっこの時などに、「パーンチ!」「キーック!」と叫んで気分を盛り上げるのと同じレベルの行為なのだとヤンは言っている。
16歳の男が「炎のパーンチ!」「雷キーック!」と言ってるようなものだ。
勇者はヤンの言葉の意味を理解すると、じわりじわりと恥ずかしさが込み上げてくると、顔が一気に赤くなった。
「そ・・・そんなの・・・!誰も教えてくれなかったぞ!!」
「うん、まあうちの村で魔法使える人いないしな」
「で、でも使ってるのを見たことある人はいるだろ!?」
「うん、多分・・・言いずらかったんじゃないかな・・・?ほら、高齢化が進んでるからさ、みんなから見たらお前もまだまだガキなんだよ・・・うん」
(言われてみれば・・・俺が魔法を放つ時・・・みんな何だか不自然な笑みを浮かべていた様にも見える・・・)
もちろん、勇者の住む村の人達は分かっていた。
魔法を放つのにいちいち何かを叫ぶ必要は無いことを。
しかし勇者があまりにも良い顔で叫びながら魔法を放つものだから、誰も何も言えず、微笑ましくそれを見ていたのだ。
その事に気付いた勇者は、泣きそうになりながらしばらく恥ずかしすぎて悶々としていた。
「つまり、何が言いたいかと言うと・・・叫ぶと同時に、せっかく構築していた魔法式が乱れて魔力が分散してしまってるんだよな。それであの残念な威力になってるって事だ。多分何も言わずに集中して魔法を放てば、相当な威力のものが出てくるぞ」
そう言うヤンの声は勇者には届かなかった。
しばらく勇者はその場で両手で顔を覆いながら、恥ずかしさに悶え転げ回った後、ヤンに「記憶を消す魔法を使ってくれ!」と懇願したが、「そんなもん無い」と一蹴され、再びゴロゴロと転がりながら恥ずかしさと戦っていた。
その後、試しに何も言わずに放った魔法は、あまりの威力に森の3分の1を燃やしてしまう程の大惨事を引き起こした。
それからしばらく勇者は魔法を自ら封印した。
魔法に関する記憶と共に。
やがて勇者となり、魔法を再び使う時が来ても、この記憶だけは黒歴史として自分の中に封じ込めていた。
その黒歴史が今、目の前で未だに叫び散らかしている魔王の姿を見て、10年振りに蘇ってしまったのだ。
目の前の魔王の姿はかつての自分の姿である・・・
意気揚々と必殺技でも使うかのようにはしゃいでいる魔王の姿が、かつての自分の姿と重なり、勇者は恥ずかしさに悶え、叫びだしたい気持ちになった。
そんな勇者の心情など知らない魔王はさらに何かを叫ぼうと口を開いたその時、ものすごい勢いで勇者が魔王に近づき、その口を手で塞いだ。
そしてそのまま壁へ押し当てた。
「それ以上口を開いたら殺す・・・」
勇者は凄まじい形相で顔を近づけ、魔王を睨みつけながらそう呟いた。
「どっちが魔王やねん」
勇者から離れた先で、案内人がボソリとツッコミを入れていたのを聞いた者はいなかった。
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