第14話 勇者vs魔王②

包帯を解いた魔王の右手には、黒い痣の様な模様が広範囲にわたり描かれていた。


(なんだ?あの痣・・・?)


「くっくっく・・・久々にお前を解放してやるぞ。さあ・・・思う存分暴れるが良い!!」


魔王は左手で右手を支えるようにして、開いた右の手のひらを勇者に向けた。


(!!まさか・・・あの右手、何かの封印か!?)


「おおおおおおおおおお!!!!」


魔王の叫び声に反応するかのように、右手はフルフルと震えだした。


勇者は聖剣を鞘に納めると、両手を前に突き出し、魔力で防御壁を作り始めた。


(何が出てくるのか・・・どれほどの威力の攻撃が来るか分からないな・・・)


勇者は防御壁を重ねがけ、その耐久値を上げていく。


(ヤン達は大丈夫か・・・!?)


勇者は防御壁を作っている魔力を保持したまま、後ろにいる仲間を見た。

ヤンは先程と同じ様に立ったまま、一点を見つめていた・・・が、ヤンと同じ村で育ち、幼い頃から共に過ごしている勇者はその姿を見てある事に気付いた。


(あの野郎・・・立ったまま寝てやがる・・・)


ピシィッ


勇者はこの状況下で眠っているヤンの姿に怒りを覚え、それに反応するように複数作られていた防御壁のうちの1枚にヒビが入った。

後方にも防御壁を張ろうとしていた勇者だが、その思いも消し飛んだ。


「封印を解放する!いでよ・・・邪神龍じゃしんりゅう!!」


(邪神龍だと・・・!?召喚か・・・!!?)


勇者は目の前の防御壁の魔力出力を上げ、さらに精度を増した。


・・・・・・・・・


右手を突き出し、真剣な表情のまま動かない魔王。

そしてその右手からは何かが放たれる気配は無く、そのまましばらく沈黙が続いた。


(な・・・なんだ・・・?)


勇者は防御壁を保ったまま、何が起こったのか、これから何が起こるのか分からないまま固まっている。


・・・・・・・・・


「な・・・なにが起こっているんだ・・・」


沈黙の中で呟いたアオの言葉を、勇者は聞き逃さなかった。同じ疑問を持つ者として、その会話を盗み聞きすることに集中した。


「何も起こっていません」


(だ・・・だよな・・・?)


案内人の答えに勇者は内心ホッとしていた。


「魔王様の中では一体なにが起こっているんだ!!?」

「知りませんし知りたくもありません」


(え・・・俺は知りたいんだが・・・)


自分達の主であるはずの魔王の行動に明らかに困惑しているその様子に、勇者は少なからずも親近感が沸いていた。

魔王城に来てからおかしくなってしまった仲間達。

そして目の前には、魔王の配下すら困惑するような言動を繰り広げている魔王の姿。


(まさか・・・俺の仲間達が急におかしくなったように、この魔王もなにかおかしくなってしまったのか・・・?)


魔王は右手を勇者に突き出したまま、ニヤニヤと笑みを浮かべていたが、しばらくするとその表情を歪ませた。


「くっ!!これ以上は我の身が持たないな!!」


魔王は突き出していた右手をグッと握ると、床に落ちていた包帯を拾い上げ、慣れた手つきで右手を巻き付けた。


「・・・一体、なにをしたんだ?」


勇者はその様子を見て呆気にとられながらも、防御壁を解いた。


「くっくっくっく・・・勇者よ・・・お前には見えなかったか・・・?我の右手に封じられた邪神龍の姿が・・・」

「み、見えなかった・・・」


(・・・ていうか、誰にも見えていなかったようだが・・・)


「今の邪神龍の攻撃はただの攻撃ではない。貴様の精神に直接攻撃を仕掛けていたのだ。貴様は間もなく精神から病んでいき、絶望に顔を歪ませ、苦しみながら死に絶えるであろう・・・」

「なんだと!?」


魔王の言葉に、勇者は先程まで考えていた魔王がおかしくなった説を頭から完全に吹き飛ばした。


(くそっ!!何も見えないからといって完全に油断していた・・・まさかそんな攻撃をされていたなんて・・・!!)


勇者は焦りと油断していた自分への怒りから、拳を握りしめギリギリと歯を噛み締めた。


「今は何も感じはしないだろう。だが、確実にお前は死ぬだろう・・・いや、もうすでに死んでいると言っていても過言ではない!!!」


(つまり、俺は死の宣告を受けた状態って訳か・・・?精神を蝕んでゆく攻撃を受けたならば、ニコの聖魔法で食い止めることが出来るかもしれないが・・・)


勇者は後ろに控えているニコに目をやった。


ニコは両手を握りしめ、神に祈りを捧げる様にして勇者達の戦いの健闘を祈っている・・・様に見える。

しかし、勇者はその姿に違和感を感じ、確信した。


(・・・あいつ祈ってるふりして寝てんな・・・)


魔王城に来てからここに至るまでの仲間達の行動を見てきた勇者は、今更仲間のそんな姿を見ても、もう何の感情も沸き起こらなかった。

すでに彼は仲間に対して何も期待していないのだ。

魔王という最大にして最凶の敵を前にして、彼は1人孤独に戦わなければならなかった。


「くそっ・・・俺に残された時間は少ない、ということか・・・」


(女神様から授かった魔王を倒すための力・・・もう少し魔王の出方を見てから使いたかったが、悠長なことは言ってられなくなったな・・・)


「ならば一気にカタを付けるしかないな!!」


勇者が女神から与えられた魔王を倒すための技は3つある。

その1つを使うべく、勇者は詠唱を始めた。

その足元に魔法陣が浮き上がり、目映い光に照らされている。


勇者は両手を前に掲げ、両手のひらを魔王に向けた。

その先に光が集まり、魔王へと放たれた。

その光は魔王の体に直撃し、まるで体の中に入るように消えていった。


勇者の放った攻撃は、相手の体内の魔力を無理やり暴走させ、相手の魔力を制御不能にさせ、さらには体の内部からダメージを与えるという技だ。

まずは相手の体内に自分の魔力を侵入させ、そこに自分の魔力を送り込み制御する。

なので、今勇者が放った魔力の光に触れてもダメージはない。


当の本人も、自分の中に消えた光に首をかしげ、ペタペタと自分の体を触り、変化がないか確かめている。

しばらくして、フっと鼻で笑い、


「なんだ今の攻撃は!?我には全く通用していないぞ!!」


魔王は仰け反るようにふんぞり返ると、声高らかに勇者に告げた。


(そういう技なんだよ・・・上手い具合に体内に入ってくれた・・・後は奴の体内の魔力を・・・)


勇者は放った光に魔力を流し込み、魔王の体内にある魔力に干渉し始めようとした。・・・が・・・


(なんだ・・・?なんの手応えもないぞ・・・?)


魔力に干渉しようにも、その魔力の存在が感じられない。

勇者はハッとし、魔王の魔力感知を行った。


「な・・・!!」


魔王の体からは魔力を1ミリも感じることが出来なかった。


(この男、魔力を全く持っていない!!?)


本来ならば、魔力感知は相手の力量を見極める手段の1つであり、戦う前に行うものである。勇者程の者ならばわざわざ意識しなくても相手の魔力の程度を感知しているはずなのだが、今回に限ってそれが出来ていなかった。


「魔力が無いなんてすぐ分かったはずだ・・・なんで今まで気付かなかったんだ!?」


自分の不甲斐なさに腹が立つと同時に、腹がグゥと鳴った。


(・・・消化の魔法のせいかああああ!!)


どうやら、空腹のために集中力を削がれて魔力感知を適切に行えていなかったようだ。

勇者は魔王と出会う前には常備している非常食を食べようと思っていたのだが、1番最初に出会ったのが魔王だったため、完全に食事を摂るタイミングを見失っていた。


(くそっ!とりあえず落ち着いて状況を整理するんだ・・・)


勇者はとりあえず冷静さを取り戻すため、深呼吸をして頭の中を整理し始めた。


(無尽蔵の魔力の持ち主のハズの魔王が魔力を全く持っていない・・・?ならば・・・目の前にいるこの男は誰なんだ・・・?)


そして勇者は口を開いた。


「お前、本当に魔王か?」


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