第10話 魔王城前にて

勇者一行が転移した先は、魔王城のすぐ目の前であった。


勇者達は、すでに今日中にここまで到達していたのだが、結界を破壊したら後には戻れなくなる。

そうなる前に、この場に転移魔法のマーキングをして宿に戻り、体をしっかり休めてから魔王城へ攻め込む予定だった。

・・・が、魔王が戻ってきたのであれば、悠長なことは言ってられなくなった。


(ここまでくると魔王の気配がよく分かる。間違いない、魔王はこの城の中にいる!)


なぜ魔王が突然姿を消したのかは勇者には分からないが、そのおかげで魔王城に張られた結界は弱まっている。

勇者はその結界に触れ、魔力の操作に意識を集中する。


パキイイイインン・・・・・・!


音と共に結界が割れ、消えるように消滅した。


「よし、みんな、い・・・・・・は?」


後ろの仲間達に声を掛けようと振り返った勇者の目に入ってきたのは、地面に大の字になって寝ているカイ、その横には、酒瓶を口に突っ込まれているヤンとその酒瓶をヤンの口に笑いながら突っ込んでいるニコの姿だった。


「お・・・おいおい、大丈夫か?」


目の前のただの酔っぱらいと化している仲間達に、勇者は動揺を隠せずにいた。

今までも、飲んでる時に突然の魔物襲来で戦いになった時もあったが、こんな酷い泥酔状態は初めてである。


「どんだけ飲んだんだ一体・・・って、なんでニコが酔ってんだよ・・・?」


勇者はあの時、たしかに乾杯に付き合って欲しいとは言ったが、慎重なニコの事だから、上手く飲むふりをして事をこなせると思っていた。


「えへへぇ・・・ここ来る前にぃ、間違えて飲んじゃったみたいれすぅ。この人が酒なんてつぐからぁ。だからお仕置してるんれすぅ~」


ヘラヘラ笑いながらヤンの口に瓶を押し付けるニコの姿は、先程まで頑なに酒を拒んでいた女とは別人の様だ。

ヤンは酒を飲んでいると言うより、口に含みすぎた酒で溺れている。


勇者はその様子に呆れながらも、まずはやるべき事を判断した。


「とりあえずニコ、みんなに浄化の魔法を頼めるか?」

「はい!わっかりましたああ!」


ニコはビシッと敬礼ポーズをすると、両手を握り合わせ、目を瞑り、祈りをはじめた。

彼女の体は発光し、その場を眩く照らし、勇者は目を瞑った。


ミーン、ミーン、ミーン。


突然セミの鳴き声が周囲に響き渡りはじめ、先程まで真夜中だったはずが、勇者達の周り一体は青空が見え、太陽まで照らしている。そしてだんだんと気温が上がり始め、勇者達の額からはジワジワと汗が滲み出てくる。


「な、なにが起きたんだ」


勇者は想定外の事態に困惑している。

すると、酒に溺れて目を回していたヤンがムクりと起き上がった。


「あっちぃなー・・・ガキの頃を思い出すぜ。よくこうして蝉取りに行ってたな・・・て、初夏の魔法かよ!なんじゃそりゃ!」

「・・・は?」


勇者は突然生き生きと喋りだしたヤンを見て唖然としている。

ニコが使ったのは空間魔法の1つで、イメージした空間を現実に展開出来るという、聖職者の中でも使える者は数少ない高レベルな魔法である。

そんな高度な魔法をこの女は『浄化』と『初夏』をかけるためだけに使ったのである。


「じゃあこれならどう!?浄化の魔法!」


ニコの放った魔法を受けた勇者は、先程の食事で得た満腹感がだんだんと無くなり、やがてお腹がぐうと鳴った。


「ああ!!お腹めっちゃ空いてきた!!って消化の魔法かよ!なんじゃそりゃ!!」

「・・・・・・」


勇者は初夏の暑さで汗だくになり、更に空腹まで襲ってきた事により、若干苛立ちはじめている。


「まあまあ、これでも飲んで温まって・・・」


ニコは勇者とヤンに何かが入った湯のみを手渡した。


「ああ、ズズ・・・くぅー!体の内から暖まるぜぃ!って生姜の効能かよ!!なんじゃそりゃ!!」


ピシイッ・・・・・・


初夏の魔法で気温が上昇していたハズの空間は、瞬時にして氷点下にまで凍りつき、ピシピシと空気が軋む音をたてた。

勇者のプレッシャーにより、この空間は支配されたのだ。


「おい・・・」


勇者の聞いたことも無いようなドスの効いた低い声が響いた。

そして湯呑みを握りしめる手に震えるほどの力が加わり、やがて湯呑みは勇者の手によりそのまま砕け割られた。


「いい加減にしろよクソ共が・・・」

「あ・・・あの・・・勇者・・・?」


聞いた事の無い勇者の声を聞いた2人は、後退りながら勇者から距離をとっている。


そんな2人を見下しながら勇者はカッと目を見開き、口を開いた。


「何が初夏の魔法だあ!?じょうかとしょか、どうやったら聞き間違えるんだ!?その耳腐ってんのか?ああ!!?消化の魔法だ?魔王との決戦前に腹の中空っぽにしてんじゃねえわ!!あげくに生姜の効能だああ?こっちは初夏の陽気ですでに体はポカポカなんだわ!そんな時に生姜湯なんて出して体の内から暖めて・・・ってこれ以上体熱くしてどうするつもりだお前らはああああ!!!!お腹はペコペコ体はポカポカって何がしたいんだオラァァァァァァ!!!!」


今までにどんな事があっても決して仲間にキレたことがない勇者が、この日初めて仲間にキレた。


「いくら酒を飲んだからって、そんな状態で魔王城へ乗り込むつもりか!?ああ?俺言ったよな!?飲みすぎるなよって!!いくら明日の予定だったからってそんな飲みすぎる奴がいるかよ!!!舐めてんじゃねえぞコラァァァ!!!?」


見たことも無い様な恐ろしい形相でキレてる勇者の姿に、2人は正座し、プルプルと震えながら黙って聞いている。

すると、いびきをかいて寝ていたカイが突然フルフルと震え出し、起き上がった。


「うっうう・・・すまねえ・・・勇者。俺が・・・浄化の魔法をもっていれば・・・こんなことにはならなかったのによお・・・」


カイは自分自身への怒りから体が震え、両目から涙をポロポロと流しており、勇者は思わずギョッとした。


「いや、お前は戦士なんだから魔法が使えなくて当たり前だろ・・・」


ちょっと言いすぎたかな・・・と勇者が反省しているうちに、カイはのっそのっそと歩み寄りながら勇者に近づいてくる。


「うっうう・・・すまん・・・すまんよぉ・・・俺のせいだぁ」


カイは勇者の目の前までくると、勇者に抱き着く。


「お、おい!!?」


「勇者よおおおお!ほんとにごめんよおおおお!!うおおおおおおおおおおおおおろろろろろろろ」


ピシャピシャピシャッと勇者のマントに重い衝撃が走る。

カイの口から放たれたそれは、勇者のマントを容赦なく湿らせた。

そしてカイは勇者に抱きついたままの状態でいびきをかいて寝だした。


勇者は目の前で連続して起きた仲間達の奇怪な行動に、訳が分からず固まっていた。


(・・・なんだこれは・・・一体何が起きてるんだ・・・え、夢でも見てるのか・・・?)


勇者がこれは夢であると結論付けようとした時、頭に聞き覚えのある声が響いた。


『しっかりなさい、勇者』


「・・・・・・!!」


(この声は・・・女神様!?)


『勇者・・・私のいる場所が分かりますか?』


勇者は神経を集中させ、その声の主の気配を探る・・・そしてその気配は思いのほか近く、数十メートル先の場所であった。


(近い・・・!魔王城の近くは邪気が強くて女神様の体には有毒だったはず・・・)


女神は本来なら神々が住んでいるとされる神界に住んでおり、人間界に降りてくる事は殆ど無い。というのも、人間界には、人間や魔物が発する負のエネルギー・・・つまり、卑しい欲や邪念、怨念が漂っており、それらは神界に住む女神には毒のような物なのである。

特に、魔王城は負のエネルギーの宝庫となっているため、女神様は近づく事は出来ない、という事になっていた。


(なのにこんな近くまで来てるなんて・・・急がないと!!)


勇者は寄りかかっていたカイを乱暴に放り投げると、気配のする方へ行くため走り出そうとした。


『ちょっと待って』

「・・・!?」


勇者が地を蹴ろうとしたその時、突然ストップがかかり、思わず前へこけそうになる。


『その臭そうなマントを捨てるか燃やすかしてから、こちらへ来てください』


(・・・え・・・それどっちも処分しろって意味じゃないですか・・・?)


勇者が身に付けていたマントは、防御力がすこぶる高い上に、羽根のように軽く、現段階で購入出来る装備品の中でも最高ランクの装備である。

何よりも魔法耐性に優れており、これからの魔王戦に備えて最近新調したものであった。

その最高ランクの防御力が功を奏して、カイの口から放たれた物は勇者自信には届かなかった。


勇者はしばらく唇を噛み締めながら悩み、泣く泣くマントを手放し、地面に叩きつけた。そして自らの魔力で放った炎が、そのマントを焼き尽くすのを見届けると、女神の元へと駆け出した。

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