第9話 勇者一行

時は勇者が魔王城へ到着する少し前まで遡る・・・


魔王城に1番近い街の酒場は、熟練の旅人達で賑わっている。

勇者は最後になるであろう戦いを前に、仲間達とテーブルを囲んで一緒に飲んでいた。


(ついに、ここまで来たな・・・)


勇者はグラスに注がれている酒を見つめながら、感傷にひたっていた。


数日前に、突然魔王の気配が消えた。

それと同時に、魔王城に張られている厄介な結界の力が弱まった。

これを機にと、勇者達は魔王城を攻略するべく先を急いだのだ。


(魔王は本当に居なくなったのか・・・気配を消しているだけなのか・・・?魔王城に入ってみないと分からないが・・・明日は誰一人欠けることなく戦いを終えることが出来るのか・・・)


勇者の脳裏には、かつて共に過ごし、戦いの中で死別した仲間達の姿が浮かんでは消えていった。

しかし、そんな思いは周囲の笑い声によって途切れさせられた。


酒場の前にはステージが設置されており、その上では2人の男の掛け合いが繰り広げられている。


「いやー。実は私、異世界からやって来たんですよー」

「ええ!?異世界って、この世界ではない何処か!?」

「そうそう、こことは全然違う世界から来たんですよ」

「ほんとに?ねえねえ、異世界ってどんなとこ?」

「それがですね、時々食べ物が降ってきたかと思えば、体がどんどん溶けてきましてねー」

「うわー!すごいなー!って、それ胃の中や!『胃世界』やないか!なんじゃそりゃ!」


ドッ!!


酒場は客の笑い声で包まれた。

その様子を、勇者は不思議そうに見ている。


(異世界の話からなんで胃の中の話になるんだ?異世界は胃の中に存在するのか・・・?)


「あ、ごめんごめん。『胃世界』にも行ったことあるけど、異世界にも行ったことあるんですよー」

「へえー。ほんとに?どんなとこなの?」

「いやーほんとにいい所でしたよー」

「そうかそうか・・・いい所か・・・って、それ『いい世界』やないか!なんじゃそりゃ!」


ドッ!!

再び酒場は笑いの渦に巻き込まれた。


(・・・胃の中はいい世界なのか?それが何か面白いのか?)


勇者が不思議な顔をしていると、隣に座っていたマッチョ気味の中年男がニヤニヤと笑いながら絡んできた。


「おうおう、勇者はお笑い芸人見るの初めてか?」


勇者にそう問いかけたのは、勇者の仲間で戦士のカイである。


「ああ・・・初めて見たが・・・何が面白いんだ?」


この世界には、時々異世界から人がやって来る。

お笑い芸人とは、異世界の人が広めた職の一つである。

戦いばかりに明け暮れる旅人にとって、お笑い芸人が披露する笑いのネタは、数少ない娯楽の中でも特に人気を誇っていた。


勇者は再びステージの男達に目を向けた。

2人の男は、ネタの締めに入ろうとしていた。


「今日は異世界の事、色々お話聞けてよかったわー。ありがとなー」

「どういたしまして、じゃあ最後に僕の異世界のお友達紹介しますね!」

「あ、ほんまにー?うれしー」

「はい、ピロリ菌君って言う友達です!」

「ってやっぱり胃世界やないか!なんじゃそりゃ!どうも、ありがとうございました!」


ステージ上の2人がぺこりと頭を下げると、客席からは拍手と歓声が巻き起こり、ステージにはチップが投げ込まれている。


(ピロリ菌ってなんだ?)


勇者は仲間に聞いてみようと口を開いたが、先に勇者の向かいの席に座っている男が割って入ってきた。


「いやーおもしろかったなー!最後の天丼は痺れたぜ!!」


そう言ったのは、勇者の仲間で幼なじみの魔導師、ヤンである。椅子に片膝立てるようにして座りながら、グラスの酒をペース良く進めている。


「天丼の話なんて出てたか?あとピロリ菌てなんだ?」


勇者はヤンに疑問をぶつけた。


「勇者、天丼って言うのはお笑い用語の1つで、同じギャグや、やりとりを繰り返す事なんですよ。あとピロリ菌は胃の中に時々いる細菌の事らしいですよ」


そう言った女性は、ヤンの隣に座り微笑みを浮かべている仲間の聖職者、ニコである。


「それをなんで天丼って言うんだ?」

「私もさすがにそこまでは・・・」

「ぐあっははははははは!!面白ければいいじゃねえか!!


勇者はカイに背中を強く叩かれ、一瞬息が吸えなくなった。


(この馬鹿力が・・・てか、酒くさ・・・)


「カイ、飲みすぎるなよ?」

「ふっ・・・最後の酒になるかもしれないだろ?好きに飲ませろよ」


心配する勇者の言葉を一蹴すると、カイは手に持ったジョッキをくいっと飲み干し、もうひとつの酒の入ったジョッキに手をかけた。

「もうやめとけ」と声をかけようとした勇者に、ニコは手をそっと差し出し言葉を遮った。


「心配しなくても大丈夫ですよ」


そう言うと、ニコは勇者に優しく微笑んだ。


「浄化の魔法は、お酒のアルコールも分解できますから。明日起きて二日酔いになってるようなら、私がなんとかしますから、今日は目を瞑りませんか」

「さすがニコだな!んじゃ遠慮なく!!」


そう言うと、カイは再びジョッキの酒を飲み干し、今度は残っていた酒を瓶ごと飲み干した。


「はっはは!きったねえ飲み方してんなぁ!」


そういうヤンも、グラスの酒をペース良く飲み干している。


そんな仲間達の様子に呆れつつも、勇者は微笑ましそうに眺めていた。

そしてその口からぼそりと声が漏れた。


「俺が勇者になって、色んな出会いがあったけど、同じくらい別れもあった・・・」


勇者の仲間はここにいるメンバー以外にもいたが、今までの旅の途中、志半ばで亡くなった仲間も数人いた。


「俺が不甲斐ないばかりに・・・」


勇者は悔しそうに唇を噛み締めた。

仲間を失った悲しみを糧に、苦しい修行に身を投じ、再び仲間を失い、自分の未熟さを攻めては自分の体を痛めつけるように鍛えてきた。

そうやって、死闘を乗り越え力を付けていった結果、女神に勇者として認められ、聖剣を授かり、魔王を倒すために必要な技を伝授された。

そしてようやく死んだ仲間達の無念を晴らすための準備が整ったのだ。


「辛気臭いこと言ってないで、いっちょ明日の決戦前の決起会と行こうぜ!ニコもほら!」


ヤンはそう言うと、ジュースを飲んでいたニコの持っていたグラスを取り上げ、お酒の入ったグラスを持たせた。


「あ・・・あの・・・私はお酒は禁止されてるんですが・・・」

ニコは酒のグラスを持ってアワアワと慌てている。


「大丈夫!見た目は水と一緒だからバレないって!」

「そういう問題では・・・」

「明日もしかしたら死ぬかもしれないんだ。一口だけなら罰は当たらないだろ?」


ヤンは片目を瞑りながらニコに酒を飲むよう促すが、ニコはまだ納得していない。


「こんな美味い飲みもん知らないまま死ぬなんて勿体ないぜ?」

カイもその背中を押すようにニコに声をかける。


そんな様子を見て、勇者は笑ってしまった。


「やれやれ、決戦前にお前らは相変わらずだな・・・ニコ、すまないがちょっとだけ付き合ってくれるか?」

「・・・一口だけですよ・・・?」


勇者の一言で、ようやくニコは諦めが着いたようだ。

カイとヤンはそれを見て、「イェーイ」とハイタッチを決めている。


「じゃあ・・・」


勇者は立ち上がり、酒のグラスを手を持ち上げるようにして前方に差し出す。


「明日、俺達はついに魔王城へ足を踏み入れる。まだ誰も入った事の無い領域だ・・・。あれだけ大きな城だ、魔王の配下は何人いるかも分からない・・・。しかし、俺達も十分に力を付けてきたが・・・」


「おいおい、話が長いぜぇー?」


待ちきれなくなったヤンが野次を飛ばす。

勇者は一瞬ムッとするが、すぐニッと笑みを浮かべた。


「しかし、俺はお前らとなら、この戦いを勝ち抜けると信じている!たとえ魔王と戦う事になっても、俺達ならやれるはずだ!最後まで俺についてきてくれ!!」


「もちろんです」


ニコは優しく微笑むと立ち上がり、グラスを前にそえる。


「前は俺に任せろ!!」


カイも椅子を倒すように豪快に立ち上がり、グラスを前に突き刺す。


「へへっ!じゃあ援護射撃は任せな!!」


ヤンもそれに続いて立ち上がり、グラスを前に差し出す。


「「「「最高の仲間と共に!!!!」」」」


そう声を揃えると、4人は乾杯をした。

ニコ以外はグラスの酒を飲み干し、ニコは飲むふりをしてグラスを置いた。


そして再び4人は座り、追加の酒を注文して、束の間の休息を楽しんだ。しかし、それは長くは続かなかった・・・


「・・・・・・なっ!!!!」


勇者が何かに感づき、飛び跳ねる様に立ち上がった。


「んー?どしたぁー?」


すっかり出来上がっているヤンは、驚きもせずに半目のまま勇者に問い掛けた。


「ま・・・魔王の気配が・・・復活した!!!」

「な・・・なんですって・・・!?」


勇者の言葉にニコは驚愕の表情を浮かべた。

そして、落ち着くために目の前にあったグラスを一気に飲み干した。

カイは、机に突っ伏して豪快ないびきをかいている。


「いけない!魔王城の結界が強くなるかもしれない!今のうちに破壊しなければ!!!行くぞ!!」

「えー?いまからー?」


不満の声を漏らすヤンの声を無視して、テーブルの上に支払いに十分なお金を置くと、勇者は魔力を手に集中させ、足元にそれを叩きつけた。


勇者一行を囲うように転移魔法による魔法陣が浮き上がり勇者達を包むように光を放ち始めた。

その光が無くなる頃には勇者一行はその場から姿を消していた。

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