第8話 この世界の主人公

(こいつはもうダメだな・・・)


案内人は、アオに手渡された団扇を握りしめたまま、その手に生み出した炎で燃やすと、勝手に巻き付けられた『魔王様♡世界一』のハチマキをちぎり取り、同じように燃やし尽くした。


この男がだんだんと目の前の魔王を受け入れ始めている事は案内人も察していたが、ついにジャンル変更による順応を終え、完全に頭の中はギャグ思考になっている。


(ツッコミ役としてはもう使えないわね・・・)


案内人は目の前の男の存在を切り捨て、今後の展開を考えた。


(このまま勇者が闇堕ちする流れも悪くないけど・・・オチとしては面白くないわね・・・)


目の前には勇者に追い詰められながらも、勇者を闇堕ちさせようと言葉巧みに誘惑している魔王。

そしてその言葉に若干気持ちが揺れている勇者の姿。


しかし、その表情は次第に何かを決心したように凛とした顔つきになり、魔王を睨みつけた。


「だが、俺は・・・今まで死んでいった仲間達や村の人々の犠牲を無駄にする訳にはいかないんだ!!!」


勇者はそう叫ぶと、魔王を掴む手と反対の手に魔力を集め出す。


「お前は悪い奴じゃないのかもしれない・・・しかし、魔王である以上、今後誰かを殺す存在になる可能性があるならば・・・ここで倒させてもらう!!」


勇者の手のひらに集められた魔力は大きさの割には強大な魔力が凝縮され、神々しく光を放っている。


(あ・・・やばい。あれは死ぬわ)


さすがに案内人も焦った様子で2人の方へ駆け寄ろうと地面を蹴った瞬間、急にアオが道を塞ぐように飛び出してきたので、案内人は急ブレーキをかけた。

その拍子に、頭に被っていたフードがハラりと脱げた。


「はい!あなたもこれを持って!!」


そう言ってアオは案内人にペンライトを手渡した。


「これを振りながら応援して魔王様にパワーを送るんだ!!」

「・・・こ、これはミ〇クルライト・・・?なんであんたがそのネタ知ってるのよ」

「ほら!はやく!!スイッチ押して!しっかり振って!!声も出して!!」

「ああもう!!だからこの世界の住人は嫌いなのよ!!」


案内人はジャンルの影響を受けることは無い。

つまり、通常の感性と精神状態のままこの世界の住人達と相手をしなければならない。

それは強制的にツッコミ役をさせられてしまうのであった。


グイグイ迫ってくるアオに引き気味の案内人であったが、当初の目的を思い出す。


(しまった・・・!魔王は・・・?)


案内人が2人に目を向けると、先程と変わらず魔王は勇者に拘束されていたが、勇者の手からは魔力の塊が無くなっていた。

そして、勇者の目線は案内人に向けられ、その表情は信じられないものでも見たかのように硬直していた。


「え・・・?め、めがみ・・・さま・・・?」

「あ・・・・・・」


案内人に向けて発せられた勇者の言葉に、案内人は頭上のフードが脱げている事に気付いた。


「なぜ・・・女神様が・・・ここに?」


勇者は困惑の表情を浮かべながら、ある可能性に気付き、ハッとする。


「まさか・・・最初から魔王側の者だった・・・?いや、ならば何故私に聖剣を授け、魔王を倒すための力を与えて下さったのだ・・・!?」


自問自答を繰り返す勇者を見つめながら、案内人はどう対応すべきか悩んでいた。


この世界で女神と呼ばれる存在は、たしかに案内人が演じていた。


というのも、女神は勇者に魔王を倒せる力を与えるという役割があり、魔王以上に強力な力を持たせる必要があった。

つまり・・・女神というキャラクターを作り、自我を持たせてしまった場合、何かの拍子に女神の気が触れてしまったら、女神が魔王を倒してしまう・・・という事故が起こりかねない。と、この世界を作った創造神は思ったのである。

普通はそんな事起きないはずなのだが、世界作り初心者の創造神はかなり慎重になっていたのだ。


そして勇者は味方であるはずの女神が、何故か魔王サイドにいることにかなり動揺している。


その様子を見て、案内人は次の手を思い付いた。


(結局この世界は勇者になんとかしてもらうしかないのよね・・・)


案内人は勇者に向けて、指を3本立て、何かを指示するように勇者の目をじっと見つめた。


それを見た勇者は目を見開き、動揺の表情を浮かべ案内人を見つめていた。しかし、意を決した様に再び魔王を睨みつけ、魔王の頭を掴むとこれから使う技に意識を集中させた。


それは魔王に対する精神攻撃。

女神から魔王を倒すために与えられた技の中でもリスクが高く、最終手段として使う様にと言われたものだ。


案内人はその技が発動したのを見守ると、表情を和らげた。

勇者と魔王は技が発動した時の体勢で、2人だけ時が止まったように動かない。

勇者の仲間達も動く様子がない。

アオの応援だけがその空間を賑わしている。


(うまく魔王の精神に入り込めたようね・・・)


案内人も魔王と勇者に歩きながら近づいていく。


(世界のジャンルによる影響は誰も逃れられない・・・ただ1人を覗いてね・・・)


人々の思考は世界のジャンルに影響される。

しかし、その世界のだけはジャンルによる影響を受けない。

つまり、ギャグコメ世界の頭のネジがぶっ飛んだ人々の言動に流されることなく、平常心を保ち、自分の意思で行動する事が出来る唯一の人物なのである。


つまり、この世界を面白くさせるのも、面白くなくさせるのも主人公次第なのである。


(頑張りなさいよ。この世界の主人公は・・・勇者、あなたなのだから)


案内人は勇者に触れると、勇者が今発動させている技への干渉を始めた。


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