第7話 魔王vs勇者③

おお・・・さすが勇者!

そうだ、この男は魔王様ではない!


「くっくっく・・・我の力を目の当たりにして現実逃避でもしておるのか・・・?間違いなく魔王はこの私である!!!!」


勇者はしばらく魔王様の様子を伺うと、今度はこちらをじーっと見つめてきた。


「本当か?」


はっ!案内人が肯定する前に私が真実を言わねば!!


「魔王ではす」


「魔王ではない」と言おうとした私の口から否定と肯定の言葉が同時に出てきてちょっとおかしくなった。


ああ!!やはり私の口からは魔王様の存在を否定する言葉は出ないのか!!


「魔王・・・デワス?そんな名前なのか?」


誰だそれは。

なんか変な勘違いをさせてしまったようだ・・・


「ふっ・・・確かに我がこの世界の魔王になったのはつい先程の事である・・・我は異世界から来た魔王なのだ!!」


確かに異世界から来た人物だが・・・

魔王じゃないだろ!!


「確かに、彼は前の世界でも魔王でした・・・彼の妄想の中では・・・ですが・・・」


え、魔王だったの?

妄想で魔王だったの・・・?

だから最初からあんなにすんなり魔王様になりきってるの・・・?


「・・・まさか、魔王様と間違えてあの男を連れて帰ったって・・・あの男が自ら魔王と名乗っていたのを信じて連れて帰ったとか・・・?」


その瞬間、女からものすごい形相で睨まれたので、それ以上の追求はやめておいた。

なんで厨二病の男を間違えて連れて帰ったのか理由が分かった気がする・・・


「勇者よ!!我の魔力を存分に味わうと良い!!!フレアーアロー!!」


魔王は叫ぶと同時に左手のひらを勇者に向ける。


・・・もちろん、何も出ない。


勇者の方を見ると、剣を構えることも、防御壁を作ることも無く、魔王様の事を不思議そうに見ながら立ち尽くしている。


「エクスプロオオオオオジョン!!!!」


再び魔王様の叫び声が聞こえて、思わずビクッと体が弾む。


「ま、魔王様はさっきから何を叫んでいるのだ!?」

「魔法を使っているという設定です」

「これが魔法だと!?こんな大声で叫びながらか!?」


魔法を発動する時は、己の意識の中で魔力を操作しなければならないため、集中力を要する。

そんな中で発動時に叫んだりするようならば、せっかく練り上げた魔力が分散してしまう可能性があるのだが・・・

というか、魔王様のように謎の言葉を叫んで魔法を発動させる奴なんて今まで見た事ない。


魔王様がやってるのは・・・なんというか・・・子供同士の戦いごっこで必殺技を使ってるみたいな感じに見えるんだが・・・


「・・・それですね」

「・・・え?」

「彼がやってるのは戦いごっこですよ」

「は・・・?」

「メテオバアアアストストライイイイク!!!!」


だああああああ!!!うるさいな!!!!


つまり・・・魔王様が今やっているのは戦いごっこのようなもの・・・?

勇者相手に・・・?戦いごっこをしてる・・・だと・・・?


私は勇者の方を恐る恐る見てみた。

勇者の目は完全に冷めきっており、ただ目の前で叫び散らかしている男を無表情で見つめている。


・・・これは、完全に勇者も異変に気付いてるぞ。


「ダアアアクブレイクインパルスウウウ!!!」


そして私も、ただひたすら魔王の叫び声だけが響く空間で、グッと唇を噛み、なんだかみぞおちあたりがチクチク痛くなってくるのを感じながら、その場をひたすら耐えている。

正直、この場から居なくなれるなら死んでもいいとすら思えてきた・・・


「これは・・・想像以上に見るに耐えない光景ね・・・」


案内人はそう言うと、目線を上空へ向ける。そしてその瞳から輝きが消え失せ、一点を見つめている。

・・・これ現実逃避してるよね。


私も同じように、顔を上空に向けるとそっと目を閉じた。


ああ・・・いっそのことここで死んで異世界に転生とか出来ないだろうか・・・

出来れば厨二病のいない世界で・・・


そして脳裏に浮かぶのは懐かしの魔王様のお顔・・・


魔王様・・・そちらの世界はどうですか?

貴方の事だから、きっとそちらの世界でもその力を持って世界の驚異となり、魔王の座におられるのでしょう。


魔王様との出会いはもう500年も昔のことである。

まだ魔界に住んでいた私は、他の魔族達に比べて体内の魔力量が少なかった。

魔族の序列は体内の魔力量で決められる。

私の魔力量は最下の序列に部類され、他の魔族達からは蔑ろにされる存在であった。

それに比べて、魔王様は体内から魔力が溢れ出る程、膨大な量の魔力を宿していた。

魔王様自身の魔力の回復量は凄まじく、魔力を使用してもすぐに消費分の魔力を回復する・・・それは魔力切れを起こすことがない無尽蔵の魔力の持ち主なのであった。


「ねえ」


そんな魔王様には、後の魔王側近の座を狙い下心丸出しの魔族達が近付いてきたが、そんな輩に興味は無いようで、誰も近寄らせないオーラを常に纏っていた。


「ちょっと」


やがて魔王様は、世界でただ1人が認められるという魔王となった。


「その話長くなります?」


そんな魔王様と私は・・・


「それ今しないと駄目なの?」


さっきから女がいちいち口を挟んでくる・・・

・・・魔王様と私との出会いについて語ろうかと・・・


「コミュ障の魔王とぼっちのあなたが気が合ったって話でしょ・・・?」


・・・・・・まあ・・・要約すると・・・はい。


「それであなたのその髪の色を見た魔王はあなたに『アオ』と言う名前を与えた」


・・・え、なんで知ってるの!?


私の髪の色は正確には青よりももっと深く濃い色をしている。

しかし、魔王様が私に名を与えた時に、最初に日の光に当たった髪色が青かったから、と名をつけた理由を教えて下さった。


それは私と魔王様しか知り得ないことなのだが・・・というかずっと疑問だったんだが、この女誰だ?


「そんなことより、あれを見なさい」


女に言われて、視界に入れないようにしていた魔王様と勇者の戦いに再び目をやると、魔王様の口を勇者が手で塞ぐようにして、壁へ押し当てて身動きを封じている。


「なっ!!物理攻撃は避けられるんじゃなかったのか!?」

「物理ダメージなら避けますが、あれはダメージを受ける攻撃ではありません。身動きを封じるためのものだから、回避することはできません。」


なんと!!

魔王様がついに追い詰められてしまったのか!!


そんな明らかに不利な状況の中でも魔王様はキッと勇者を睨みつけ、口を封じている勇者の手を何とかしようともがいているが、勇者の手はビクともしない。

そして勇者は口を抑える手とは反対側の手を魔王様の胸元に当て、ブツブツと詠唱を始めるが、魔法が発動する気配はない。


何をしようたのかは分からないが、勇者は納得いかないような表情をして黙り込んでいる。何か思うところがあるのだろうか。


「お前・・・一体なんなんだ・・・?」


勇者は魔王の口元を覆っていた手を、少し下へずらし、喋れる様にはしたが、その手はまだ魔王様を逃がすまいと拘束している。


魔王様は観念したかのように、諦めの笑みを浮かべた。


「ふっ・・・勇者よ・・・お主には気付かれてしまったか・・・我の本当の姿を・・・」


「・・・!!?」


魔王様の言葉に、勇者はハッと目を見開き、続く言葉を待っている。


魔王様・・・ついに・・・ついに本当のことを言う気になったのですね・・・


「我が・・・昔は勇者であったことを・・・」


・・・・・・・・・・・・は?


「・・・・・は?」


・・・魔王様・・・?


「私も以前は勇者として、困っている人々を救うために戦い、世界を守る使命を果たしてきた・・・」


え・・・この人は一体何を言い始めたの・・・?


「彼は魔王を名乗る前は、自称勇者を名乗ってました」

「は・・・・・・?」


私はもはや空いた口が塞がらない状態である。

え、魔王の前は勇者・・・?どゆこと・・・?


「勇者から闇堕ちして魔王になった・・・という設定です」


・・・勇者が闇落ちしたら魔王になれるの・・・?

なんで・・・?どゆこと・・・?

ちょっとさっきから理解不能な情報量が多すぎて頭がパンク状態である。


・・・なんか・・・だんだん・・・考えることに疲れてきたな・・・


私は目を瞑り、今まで忠誠を誓い、己の全てを捧げてきた魔王様の姿を思い浮かべた。

しかし、その姿はもうハッキリと思い出す事は出来なくなってきた・・・


もう・・・もう認めよう・・・

目の前で勇者に拘束されている男こそが私の魔王様であると・・・


「え、このタイミングでなんで認めるの?」


女が何か言っているが、それももう気にしない

魔王様の言う事こそが事実・・・

魔王様が魔王と名乗れば魔王であり、勇者と名乗れば勇者なのだ。

魔王様でも勇者でももうどっちでも良い!!

魔王様こそが世界のルールなのである!!


そんな私を女がまるで可哀想な人を見る目で見つめているのももはや気にならない。


「しかし、どんなに世界を救うために・・・人間たちの為に戦ったとしても、奴らは我に感謝しようともしない・・・それどころか、そんな我を見て奴らは嘲笑っていた・・・!こちらは真剣に戦っているというのに!!」


魔王様・・・さぞお辛い過去があったのですね・・・

私は込み上げてきた涙を拭うため、魔力を操作して作ったハンカチを当てた。


「お前には経験が無いか?信じていた者に裏切られたことは・・・?」

「・・・ある」


勇者は魔王の言葉を真剣に聞き、力強く肯定している。


「ならばお主にも分かるであろう・・・愚かで忌々しい人間どもめ・・・あのふざけた連中は汚物みたいな存在でしかないのだ!!そんな奴らは守る価値も無い!!だから我は勇者としての使命を捨て、この身を闇に捧げることにした!!」


「・・・お前の気持ちはよく分かるぞ・・・」


・・・・・・え?

勇者が魔王様の言葉に揺らいでいる・・・!?


これは・・・もしかしたら・・・勇者をこちら側に引き込める・・・?

え、でも勇者は闇堕ちしたら魔王になるの?魔王2人になるの・・・?

・・・いや、もう1人でも2人でも良い!


「良くないでしょ」


女は無視だ!!

この好機に私もジッとしてる訳にはいかない!!


私は両手を広げ、魔力をその手に集中させる。

魔王様・・・私もやっと・・・お役に立てる方法を見つけました・・・!!!


そして私の手元に出現したそれを握り締めると、隣の女にそれを差し出し叫んだ。


「あなたもこれを!!!」


その女の両手にそれを握らせると、再び魔力を両手に集中させ、同じ物を作り出し、私もそれをしっかりと握ると、魔王様に向けてそれを振りながら大きく息を吸い込み、心の底から叫んだ。


「魔王様ああああ!!!!頑張ってください~~!!

フレー!!フレー!!!魔王様~~~~!!!!」


私は『魔王様♡』『魔王様♡LOVE』と書かれた団扇を一生懸命振りながら、力の限り魔王様の応援をし始めた。

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