第3話 新しい魔王様は厨二病

「それはこの世界で言う魔王様とか勇者とかそう言った凄まじい力を持った人種のことを言うのか?」

「・・・残念ですが、彼には何の力もありません」

「は・・・?」


え、あの男なんの力も持ってないのか・・・?

じゃあ、一体なんなんだ?『ちゅうにびょう』とは・・・?


「彼は自分に特別な力があると思い込んでいる、ただの勘違い男なのです」

「なっ・・・!?」


・・・つまりなんの力も無いのに、自分に特別な力があると思い込んでるだけ・・・だと!?


「ならば魔王様と間違えて全く何の力も持たない役立たずの男を連れて帰ってしまったのか!?」

「そういうことになります」


だからなんでそうなるのだ!?


「じゃ、じゃあ魔王様は!?」

「向こうの世界にいます」

「もう一度連れ戻しには行けないのか!?」

「残念ながら、それは出来ません。そう何度もあちらの世界には干渉できないのです」

「な・・・んだと・・・」


私はあまりの衝撃にクラクラと後ろへよろめいた。

なんという事だ・・・・・・


「さっきから何の話をしているのだ?」


部屋に戻っていたはずの魔王様もどきが、いつの間にか近くまでやってきていた。


「き・・・きさ・・・」


「貴様のせいで魔王様は・・・」と文句を言ってやろうと口を開いたが、それ以上の言葉は吐き出さすことが出来ず、ギリギリと歯が軋む音に変わる。

そんな様子を見た女が私にこっそりと話しかけてきた。


「彼はもうこの世界に魔王と認識されております。魔王の側近である貴方が彼の存在を蔑ろにすることは出来ません。」

「は・・・?どうゆうことだ・・・?」

「この世界の神は、魔王と間違えて連れて帰ったこの少年を、この世界の魔王にすることにしたのです」

「え・・・?」


たしかに、魔王様の気配はこの男から発せられている。

そして、この世界では魔王は1人しか存在してはならない・・・

魔王が消滅しない限りは新しい魔王は誕生しない。

つまり・・・私の魔王様は本当にこの世界からいなくなり、もう戻っては来ない・・・ということか・・・


「なんて・・・ことだ・・・」


私はガクリと膝を落とし、両手を床に叩きつけ、絶望に身を落とした。


「うっううう・・・」


魔王様を失った悲しみと、目の前の男を新たな魔王としてこれから仕えていかなければならない悔しさから、堪えきれなくなった涙が溢れ出し、地面を濡らした。

そんな私の様子を見ながら、新たな魔王は何故か笑い出した。


「くっくっく・・・お主の絶望的な表情・・・良いではないか。もっと見せてくれ!!我はそういう顔を欲しているのだ!!」

「魔王、彼は貴方の仲間です。仲間を絶望させてどうするんですか」


魔王様の発言に対し、女は冷たく言い放った。


「おお、そういえばお主も我の仲間であったな」

「うわ・・・やめてください。違います」


女は魔王から離れると、本気で嫌がりながら拒絶した。


え・・・違うの?仲間じゃないの?

ていうか、この女はいったい何者なんだ・・・?


俺は女の方を見上げる様にして見ると、ちょうど目が合ったのだが、あからさまに目をそらされてしまった。


「くっくっく。ここは良い・・・我の中に眠っていた力が暴れだしそうだ・・・ああ、右手の封印がうずく、うずくぞおおおお!!」


魔王は包帯で巻かれた右手を抑えながら、何かに耐える様にして震えていた。


「な・・・何が始まったんだ!?あの右手に何か大きな力が封じられているというのか!?」

「ありません。彼の妄想です」

「妄想!?」


つまり、この男のあのただならぬ様子は・・・実際は何も起こっていない・・・?


は・・・・・・?


「ちなみに彼は幻覚、幻聴の症状があるので、他の人に聞こえない声が聞こえたり、見えない物が見えたりするのです。つまり、自分の都合の良いように色々見えてしまう訳で・・・自分が特別な力を持っていると本気で思っています。」

「え、何それ怖っ・・・病気なのか!?」

「それが厨二病なのですよ」


ちゅうにびょうって病気の事だったのか・・・


「まあ、普通は彼くらいの年齢になったら、自然と治ってそれまでのおかしな言動は黒歴史として封じられる物なんですが・・・。彼の場合、この幻覚、幻聴のおかげでかなりこじらせてますね・・・ほんとこの設定作った人の悪意を感じるわ・・・」


女は何やらぼそぼそと言い始めたが、何を言ってるのかはよく分からない。


「くっ!!落ち着け!!俺の右手えええぇぇぇ!!!」


当人は急に叫んだかと思うと、表情を苦痛に歪めながら右手をもう片方の手で抑え膝をついている。


たしかに、お前は一度落ち着いた方がいいと思う。


しかし・・・なんだこれは・・・?

・・・私はいったい何を見せられているのだろうか・・・

これがすべて・・・この男の妄想と言うのか・・・?


ゾワヮッ


急に悪寒が走り、全身に鳥肌が立つ。

ようやく私は理解したのだ。

今の、この状況の深刻さを・・・


間もなく勇者一行がここに到着するだろう。

そしてその勇者達を、この厨二病魔王と私が2人で対峙しなければならない・・・

この何の力を持たない妄想男と・・・一緒に・・・だと・・・?


よし、逃げよう。


「いけません」


逃げようと振り返った私の目の前に女の顔が現れ、動きを制止させられる。

この女・・・私の思っている事まで分かるのか!?


「残念ながら・・・聞きたくないことまで聞こえてきます」


そう言うと、女は嫌そうな顔をしながらフッと鼻で笑った。


・・・いや、私の方が心の声聞かれるとかめちゃくちゃ恥ずかしすぎて嫌なんだが・・・


「この世界は、もう今までの世界ではありません」


たしかに、この世界を支配していたと言っても過言ではない、世界最強の魔王様が居なくなってしまったからには、この世界も今まで通りという訳にはいかないだろう。


「思い出しなさい、あなた昨日までそんなに気持ち悪く無かったでしょう?」


そう・・・私だって昨日まではこん・・・

・・・え?

・・・なんで急にそんなこと言うの?


「この世界がギャグコメにジャンル変更してから、この世界に住む人々の思考は次第にギャグコメ思考へと順応していってます。あなたの場合、魔王への歪んだ愛の部分が既におかしい方向に進んでいるようですが・・・」


・・・んん?

ギャグコメってなに・・・?

この女、急に何を言い出したんだ・・・?


・・・たしかに魔王様への忠誠心は今までも持っていた訳だが今日は魔王様への愛が溢れて止まらない・・・こう・・・ダダ漏れているというか・・・堪らな


「これまでの世界では、あらゆる戦いの中で多くの死者を出し、血で血を洗うような生臭い戦闘を多く繰り広げてきました・・・ダークファンタジーという世界では、そういう展開を期待されていたからです・・・」


私の魔王様への愛を表現してる途中で割り込まれてしまったが・・・

しかも、またよく分からん言葉が出てきたし、言ってることがよく分からなくなってきた・・・


「しかし、これからは違います・・・これからこの世界で求められる事は・・・笑いです」


「・・・・・・は?」


「笑いを生み出せない様な展開になったら、この世界は消滅してしまいます」


「・・・・・・え?」


「この世界は間もなく、勇者vs魔王という重要なイベントが始まります。ここであなた方が勇者と会いもせずに逃げてしまったら・・・それで本気で逃げ切ってしまったら、そんなの笑えません。面白いはずがありません。そんな展開になったらこの世界は消滅します」


なんで面白くしなければいけないのか、全く分からないし、なんでそれによって世界が消滅するのかも分からない・・・

もはや何が分からないのかも分からないんだが・・・


「じゃぁ、一体どうすればいいんだ!?」

「まず、勇者と魔王の戦いを成立させなければいけません・・・」


・・・え、成立するの・・・?パワーバランス大丈夫?


「ここで重要なのは、この戦いの中で、誰も死なせてはいけない事です」

「なっ・・・!!戦いの中で誰かが死ぬかもしれないのは当たり前の事だろ!?」

「いけません。この世界で殺しは御法度です。死人が出てしまっては、笑えなくなってしまいます」


だから何で笑えないといけないんだ!?


そんなこと言われても、死亡する可能性が1番高いのは魔王様と私なのだが・・・


女は俯き、しばらく考える素振りを見せたあと、顔を上げて私に告げた。


「誰も死ぬ事がなく、なおかつ勇者と魔王を戦わせて、どんな戦いでもいいので、面白い感じに成立させたら、最後にオチを付けること。それがこの世界を消滅させないための唯一の方法です」


いや・・・めちゃくちゃ難しいこと言ってないか・・・

あとオチってなんだ・・・?


「そうですね・・・その話の流れをひっくり返すような、良い落とし所を見つけることです」


良い落とし所・・・?

いや、余計に訳が分からないが・・・


「まあ、難しいことは言いません、とりあえず面白くしてください」


え、待って待って。

だからなんで面白くしないといけないんだ!?

面白くしろと言われて面白くするのが1番難しいんじゃないか!?

さすがの私もこの理不尽な状況にだんだんと腹が立ってきた。


「面白いとか面白くないとか、そんなん知るか!たとえ勇者達と立ち向かってもこっちは簡単に消滅させられるわ!ならいっそのこと世界ごと消滅しろ!私は逃げる!!あとお前は誰だ!!?」


そう叫んだ私を女は生ゴミを見るような目で見つめているが、そんなの関係ない。


「やっと敵に遭遇したか」


突然背後から男の声がして、体がヒュンッと跳ねた。

もはや振り返らなくても誰が来たかは分かっている・・・


奴が・・・勇者が・・・来てしまった・・・ぁぁぁ


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