第4話

「知らない天井だ…」


多分男の子なら誰でもやってみたいシチュエーションの一つ。

その一つを達成した僕は……随分低い天井だなぁ。そして暗い。

辺りを見回す。だんだん思考がクリアになって来た所で気になる事が…。


なぜ?なぜ僕はマリさんの部屋にいるの?

そんでもってなんで二段ベッドに寝てるの?

確か昨日はソファーで寝た気がするんだけど…。


とりあえず現状の確認がしたいのでふわりとした感触のラグに足をつき、ベッドから起き上がった。

その際、自分の服が変わっている事に気が付いた。


これは…パジャマ??

クリーム色で全体に小さい花柄をコピペした感じのパジャマだ。

素材は柔らかく、生地の端には丁寧に赤いラインの加工がされており全体的にいいパジャマのようだった。

僕の寝間着はいつも適当なTシャツとジャージなのでパジャマを着る事自体もう何年もなかった気がする。


いや、それより僕はなんでパジャマ着てるの?誰の?

ある程度想像が付く。この部屋にある服なんて来客用かマリさんのだけだ。妖精が着れる物じゃないし。

そして出来れば前者であって欲しい。後者なら罪悪感でマリさんに目を向けられない。

まだ初対面ですらない男が自分の服来てたとかドン引き所か嫌悪感MAXだろうし。この子の姿なら…うん無理そう!

美少女から向けられる嫌悪の目なんてドMでも無い限り一瞬でこの世から消え去りたい気持ちになるよ。

これは来客用…来客用…クンクン…うん、フローラル!ウチで使ってるのと違うけど柔軟剤のいい香りがする。

きっとこれは来客用だな、安心だ!……いや何やってるの自分!?この行為自体普通にアウトだろ!



「……レン?何してるに??

 汗はかいていないようだけど気になるならシャワーでも浴びてくると良いに」



見 ら れ て た



いやいや、まだ大丈夫。まだ誤魔化せるはず!

頭を働かせるんだ、寝起きでも何とかなる!自分を信じろ!



「い、いや!…あ、そうそう、昨日ソファーで寝てた筈なのにここに居るから何かなーと思って!

 もしかしてここまで魔法で運んでくれた??来客用のパジャマまで用意してくれるなんてホントありがとう!」


「……やーっぱり昨日の事覚えてないんだにー。

 マナ使い切ったから魔法は使えないに。半分寝てるっぽいレンを着替えさせてベッドに入ってもらったに。

 それに来客用のパジャマなんて無いからそれはマリが泊まる時に着てるやつだに。大丈夫、レンも似合ってるにー」



よし!死のう!

この変態行為がマリさん本人に伝われば嫌悪MAXなんて余裕で超えて殺意MAXになるだろう。

窓から飛び降りればこの魔法少女姿でも流石に助からないと思う。さあ行こう!すぐ行こう!


……あれ??

なんかこの窓おかしくない?昨日は気付かなかったけど、なんで街を一望出来るんだ??

エントランスのドアから入ったこの隠れ家は1階のはず。



「あ、説明してなかったに。その魔道器具は上空から御香原市を観察出来るように設定しているに。

 操作する事で詳細なエリアまで見る事が出来るし、この窓の無い隠れ家の明り取りにもなるお気に入りの器具だに」


「……すごいなぁ。パソコンの画面で見てるのと違って本当にそこに居るみたいだね」



そう、本当に目の前にあると錯覚してしまう程にリアルだった。太陽の光を体に浴びると仄かに温かい。

現代でも天井に付けるタイプの疑似窓は既に発明済みだったはず。青空の青を本物そっくりに再現しているそうな。

見た事無いから比較は出来ないけど、それでも太陽の暖かさまで再現されてないんじゃないかな?

そもそも目の前にある現実の風景そのまま再現なんて100年経っても出来なさそう。

男の子はこういう技術に弱いんだよねぇ。ワクワクしてしまうもの。

ファンタジー…どっちかっていうとSF寄りなのかな、まぁもうどちらでもいいか…。



「そうだ!忘れる前に伝えとかないとに!」


「ん??」



急に真剣な顔をするへちゃ。

ブサ可愛いイ…ネコのような生き物が真剣な眼差しでこちら見る。



「……鷹田蓮斗(タカダレント)、魔法少女レンとして妖精界との契約は無事完了したに!

 本当はここで色々妖精界についてとか女王について説明する必要があるけどどうするにー?」


「うん、今はこの変身が解除出来たら契約解除する予定だから知らない方がいいよね。

 女王って存在を新たに知ってしまった訳だけど」


「そ、そうだにー。まぁ今レンが知ってる情報位なら、契約解除後に言いふらした所で精神病院行きになるだけだに。

 だけど情報が増えれば自然と内容に現実味を帯び、気付いてしまう人も出る可能性があるから知らないほうがいいに。

 そうなる前に記憶の削除を行うけどに…」



1ヶ月間の記憶が丸々消えるのはご勘弁願いたい。

精神病院にも入りたくないのでこの記憶は墓場まで持参しよう。


そういえば今までもあの世界で魔獣や魔法少女に出会った人も居るんだろうなぁ。今なら分かる。

ちょっと見るだけなら夢として割り切れる…かなぁ。まぁ破壊された所も元の世界では戻ってるし夢だと思うか。

それか僕と一緒で心の中に閉まって墓場まで持ってくのかな。精神病院行きたくないもんね。

警察とかに言っても取り合ってくれる筈ないからねぇ。



「というわけで!改めて、本日限定の魔法少女レン!よろしくお願いだに!

 ただ、ミー個人としては出来れば今日以降も続けて欲しいから何とか説得してみせるに!」


「絶対今日中に契約解除に持っていってやる…!

 ま、まぁ魔法具もない名ばかり魔法少女(中身男)だけどよろしくね!へちゃ!」


「その…へちゃって何だに!!

 ……まさかミーのあだ名かに!?ミーはミュルミューラ様だに!!」


「え?へちゃむくれのへちゃ。いい名前だと思うけど」


「方言なのか分からないけど絶対良い意味じゃないに!!今すぐ取り下げるに!!」


「……えぇ?ぬいぐるみっぽくて可愛いのに……へちゃ…」


「ミュル!!」


「…‥くそぅ、わかったよ。それじゃミュル、改めて(今日一日)よろしくね!」


「こちらこそ(これからもずっと)よろしくだにー、レン!」



二人は固い握手を交わす。

朝日に柔らかく照らされた二人。ブサカワなネコの様な妖精と他人のパジャマを来た美少女。

一見すると微笑ましいワンシーンに見えるが、顔は互いに口が三日月のようにつり上がっていた。


(何とかしてこの魔法少女を引き止めなくてはだに!

 ちょっと卑怯だけどマリに会わせて罪悪感を煽るに!既に手は打ってるに!)


(へち…ミュルは『説得』って言ってた…何かしら罠を仕掛けてきそうだ。

 それでも僕は鋼の意思で乗り越えてみせる!魔法少女の契約なんかに絶対負けないんだからっ!

 ……あ、これ負けフラグだ!今の無し!)






朝の時間はいつの間にか過ぎており、

急いでパジャマから赤髪魔法少女の服に着替えた僕はパジャマを念入りに洗濯していた。

とりあえずミュル(へちゃ)には「ソファーに寝ておいた事にして!」とお願いして、

今朝の愚行がバレる可能性を少しでも減らす為に、パジャマやシーツ、枕カバーなどを洗濯機に放り込んだのだ。

キッチンの奥のトビラ。あの先はトイレかと思ったけど脱衣所兼洗濯機置き場があった。

もちろんトイレとシャワールームもあるけど。ここでの生活は困らなさそうだ。


クルクル回る泡。それをのんびり眺めつつ、

これが証拠ロンダリングかぁなどと思っているとミュル(へちゃ)から声が掛かった。



「さっきマリから連絡があったにー!お昼過ぎに一回こっちに来るそうだに」


「え!?マリさん来るの!?というかもう復活してるの!?魔法少女の回復力怖くない…??」



今はもう11時過ぎ、このままだと証拠が!隠滅が!!

この洗濯機、乾燥機付きだからそれが終わり次第元に戻して1時間位かな?

お昼過ぎがもし13時位なら間に合いそうだ。…ホッ。



「これが妖精界が誇る魔法具の力だに!!それにマリは硬化魔法が使えるから外傷はそれほどでも無かったに。

 それでも魔獣に倒された所をレン助けられ命を救われた、だからぜひ一言だけでもお礼をしたいそうだに!」


「……そ、そっか…」



なんか命を救ったって聞くと凄いカッコイイな…!……実際の所はただの偶然だけど。

なんにせよそこまで言われたら会わないとだよなぁ。今日一日で辞める予定なんだし。


……正直言うとめっちゃ会いたくない。

だってミュル(へちゃ)が凄い怪しい顔してるんだよ…。これ罠だよ。

持ち上げていい気にさせる、もしくは罪悪感を煽って契約維持に持ってくつもりだろう。


そう、僕は未だに葛藤している。

怖い思いも死にたくも無い僕は、変身が解除出来たら直ぐに契約も解除しようと考えている。

だけど僕は知ってしまった。人知れずこの街を守る少女がいる事を。

知らなければそのままに出来たけど、知ってしまった以上契約を解除する行為に罪悪感が付いてくる。


幾ら自分が可愛い僕でもそこまで薄情じゃない。

今の時代『男ならなんちゃら、女だからなんちゃら』等の性差別が無くなる良い方向に向かっているが、

それでも男の僕が見て見ぬ振りをして全て彼女らに任せっきりで逃げてしまうのは本当に良いのか!?ってなる。

ましてや僕にも同等かもしくはもう少し強い力がある事が分かっているから余計に罪悪感増すし。


もし、このまま彼女に会ったら。

もし、協力を求められたら。

もし、泣きながら懇願されたら。



………余裕で契約続行だよ!!ちくしょう!!!

「お嬢ちゃん、俺にぃ…まぁかせときなぁ…」とかニヒルに決めちゃうね!ドン引きされるからしないけど!!

3番目まではやらないと思いたいけど、ミュル(へちゃ)がコッソリ仕込みそうなんだよなぁ。



だから会いたくない。

このまま会わなければまだギリギリ契約解除まで行ける気がする。

そこまで終われば僕は一般人。わざわざ関わりに来ることは無いでしょ。

変身前後のどちらにしても一般人に会いに行くのはリスクあるし。



「……何考えてるかなんとなくしか分からないけど、今日会わないにしてもマリはお礼を言いに行くに。

 マリは優しい子だけど非常に肝が据わってるし頑固な所があるからにー」



ダメだった。負け戦がほぼ確定している。いい魔法少女になるよぉ彼女は…僕が保証する。

いや、まだだ!まだ負けたくない!どうやら本気の鋼の意思を見せるしかなさそうだ…!

まだ、まだ終わらんよ!!






12時を過ぎる頃には一通り洗濯が終わり、元の場所に戻す証拠隠滅が完了した。

パジャマはミュル(へちゃ)にお願いしてチェストに戻してもらった。

その際、寸分の狂いも無いようにと追加でお願いしたが前回もミュル(へちゃ)が洗ってるらしく適当で大丈夫との事。

あのチェストにはまだ聖なるお宝が眠っていると思うが、

徳の少ない僕が触れたら聖なる光で消し炭になるからそのままにしとこう。


その間もこの後の負け戦をどうするか真剣に悩んでた。

とりあえず彼女に一言も喋らせず『今回は気にしないでいいよ!頑張ってね!僕忙しいからじゃあね!』って、

即会話を打ち切り魔法検査システムのある部屋にでも逃げる方向で考えている。卑怯?それ褒め言葉ね。


今の僕の状態はお腹を下した人みたいなもので、彼女という刺激があるだけで「手伝います!」が漏れ出しそうだし、

出来る限り最小限の接触で逃げる方法が一番なんだろうなぁ。話が汚い?うん、こう言うの皆好きでしょ?


他にはトイレに居座ったり…いやさっきの思考に引っ張られてるし、それはなんかこの赤髪魔法少女に悪い気がする。

いまいちこの赤髪魔法少女が自分だと思えないんだよね。なんか別の人に憑依してる感じ。

とりあえず汗をかくような事も食事もしてないのでシャワーやトイレには行ってない。

着替えた時も意識して見ないようにササッとしてたから覚えてない。チラッと下着が見えた時は焦ったけど。

まさかこれもマリさんの?とか慌ててミュル(へちゃ)に確認したら「いや、それはキミのだに」と返さた。

僕のじゃない。赤髪魔法少女のだ。いや赤髪魔法少女が自分なら僕のか?なんだ?変態か??


無駄な事しか考えられないカオス思考の海から浮かび上がり顔を出したその時、

玄関なのか管理用トビラなのか分からないそれが開かれた。



「……お、邪魔します…」


「お、マリおかえりだにー!」



事務机に座ってiP○dをペチペチしていたミュル(ふちゃ)がその声に手を上げる。

玄関近くのソファーに座っていた僕はその声に振り向いた。そこには僕と同じ学校の制服を来た少女。

……マリさんってウチの学校の子だったのか。これは厳しい戦になりそうだ。


その少女は俯き加減でコッソリ入ってきたため顔は見えないが何となく知っている気がする。

薄茶の長い髪、か細く白い肌。

……なんか凄く嫌な予感がする。


そして顔をあげ、こちらを見据える少女。

少し幼いが整った目鼻立ち、吸い込まれそうな大きなタレ目。

……あぁ。





―――僕の憧れ、多仲陽葵(タナカヒマリ)その人だった。





勝敗は戦わずして決着がついた。

やっぱり魔法少女(の契約)には勝てなかったよ…。

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