第3話

時刻は19時半を少し過ぎた位。

結局へちゃと一緒に30分ほど歩き、市街地の駅前にある繁華街まで来てしまった。

地方都市の御香原市も駅前の繁華街は程よく賑わってる。この時間まで出歩かないのでちょっと新鮮な感じ。


……だけどこのコスプレみたいな格好で来たくはなかったなぁ。めっちゃ見られてるし…。

赤髪魔法少女さん、ほら、モテモテみたいですよ?明らかに好意の目じゃなくて奇怪な物を見る目だけど。

流石に三角帽子をかぶる勇気は無かった僕は手に持ち、前を歩くへちゃを忌々しげに睨み付けながら付いて行く。


羞恥心で死ぬ!マナが尽きる前に死ぬ!…と焦っていた所、へちゃが振り返りこちらを向いた。

その顔は先程見せたのと同様のドヤ顔だった。

ホントへちゃむくれてるイヌだなぁ……あ、ネコ型妖精だっけ?



「ジャジャーン!ここが我が隠れ家だに!」



へ~ここが隠れ家なのか。………ここが!?

そこには割と最近、駅前再開発で出来た高級そうなマンションがあった。

地方都市でも駅前となるとそこそこお値段は高いはず。なんや知らんけど。

僕が呆気に取られていると、ドヤドヤしながらへちゃが喋る。過去最高にウザい。



「僕の活動が実を結び、ついこの前ここに越して来たんだに!

 長い下積み時代も終わりを告げここにミュル様の新時代が今始まるに!

 ささ、レントも早く中へ入るに!!」


「わ、わかった、入る!入るよ!」



急かすへちゃに連れられながらエントランスの方へ歩みを進める……

……と思いきやエントランス脇にあるドアに手を掛けて入ろうとしてる。なんで??


エントランス脇にあるドア。

『関係者以外立ち位置禁止』とか『火気厳禁』とか書いてある事から、何かの管理用としてあるトビラと思われる。

中は何となく想像出来る。暗い中水道やガスの管が這っている無機質なコンクリートで囲まれた部屋だ。

へちゃはふわふわ浮かびながら器用にドアノブを回し全身を使いトビラを開ける。



くっそぉおお!!!騙されたぁぁああ!!!

ドヤ顔のへちゃにイライラしながら内心もの凄く期待してたのに!!ホント期待してたのに!!!

高級マンションの最上階。街を一望出来るリビングで夜景を見つつワイングラスを片手に一言。

「……夜も眠らない街、東京か…フッ」とか言いながらガウンを着込んでカッコ付ける成功者の感じ!

あの感じのを期待しちゃってたんだよ!!ここ東京じゃないけど!!


僕は心底、ホント心底ガッカリしながら、

先に入ったへちゃに続いて管理用のドアの奥、暗闇に吸い込まれるように入って行く。









「……スイッチはここだったはずだに」



暗闇の中、へちゃの声が壁沿いから聞こえる。そして少し時間を置いて何かカチッと音が鳴った。

明かりが付く。明かりに目が慣れる頃には部屋の全貌が確認出来た。


先程予想した無機質なコンクリート空間とは全く異なる空間が広がっていた。

かなり広い。普通の部屋というより事務所のような部屋だった。


入ってすぐ見えるのは左壁沿いの職員室にもある金属製の本棚やロッカー。奥には事務机が2つ。

その手前には応接用のソファーが真ん中のローテーブルを囲むように手前と奥にそれぞれ置かれている。

右の方を確認すると手前に壁をくり抜く形で奥まったスペースがあり、

簡易的なキッチンがある。給湯室って言うのかな?


そのスペースの奥にトビラがあるが何となくトイレっぽい気がする。

そして、スペースの隣には2つトビラがあるのが見える。

開いていないので中は分からないけど住居スペースか何かがありそう。


これは最近引っ越ししたから?所々にダンボ―ルが山積みになっている。

側面には『妖精運輸』と書いてあった。そいえばさっき妖精界がって言ってたけどこんな仕事もしてるのね。

へちゃはどこかと左右を再度確認すると、奥のソファーに座っておりこっちを見ている。やっぱりドヤ顔だった。



「どう、驚いたかにー?この素晴らしい隠れ家!!レントもワクワクしないかに?」


「……確かに驚いたよ。あのドアの奥にこんな空間があったなんて…」


「そうかにそうかに!驚いて貰えてホント良かったに!」


「でも…」


「……でも??」


「夢が無い!!!!」


「君たち妖精でしょ!?夢が無さすぎるよ!!もうちょっとファンタジー感出そ??

 例えば、中世風の城にある客間みたいなペルシャ風絨毯にゴシック様式の装飾が施された家具で纏まった部屋とか!

 魔法少女っぽい感じなら魔女の住む年代物の木材で出来た可愛らしくもシンプルな西洋風の部屋とか!

 教会にありそうなステンドグラスとか!なんか、おっ!ファンタジー遂に来たっ!って思えるやつ!!」


「それに比べて何ここは!例えば、せっかくのファンタジー要素たっぷりの本!魔導書なのかな?

 その辺に山積みになってるだけでも良い感じなのに、ここでは職員室によくある金属製の本棚に綺麗に並べられてる!

 ファンタジー感を一瞬で消し飛ばしちゃってるじゃん!!色とりどりの顧客リストにしか見えないよもう!!」


「え、え!?も、もちろん妖精界にはレントが思い浮かべる家具とかあるに!

 だ、だけどこっちの方が入手しやすく手入れが楽だから良いんだにー!

 オフィス家具通販様々だに!!」


「実用性重視過ぎる!!もっと花に囲まれた部屋とか魔法少女に似合う空間にしようよぉおお!!!」


「…れ、レントもうちょっと静かにするに!ご近所さんに迷惑掛かるに!」


「そこは防音障壁とか魔法使おうよ!!近所付き合いに悩みながら生活する隠れ家とかイヤだよ!」


「も、もちろん防音・消音効果のある魔導器具で囲んではいるけど限度はあるに…」


「そしてその奥の事務机の近くにある棚!そうそこ!

 テレビがあるのは仕方ないにしても隣に飾ってある日本刀は何!?

 一瞬ヤの付く人が集まる事務所かと思ったよ!!

 ………ホントこの空間はどこ目指してるんだよ!!」


「い、いや、それはミーの趣味だに…。日本刀カッコイイに…」


「趣味なのね…いや確かにカッコイイけど…」



ホント疲れた…。確かに色々な意味で驚いた。

この空間に魔法少女が集うのを想像するけど異様な空間にしかならない。

今の僕やマリさんのような格好の子ばかりならアイドル事務所に見えなくも無い?

…流石にアイドルも常時こんな格好してる訳無いか。



「そ、それよりレントもこっち来てソファーに座るに!

 お茶でも飲みながらさっさと申請作業済ませるにー!」


「……そうだね。もうさっさと済ませて早く寝たい…はぁ…」



へちゃの座るソファーの対面に僕は腰掛けた。

うわ、なにこれめっちゃフカフカしてる。僕のベッドよりフカフカしてるんじゃないの?


その後、へちゃの持って来たお茶を飲みつつ、

僕の個人情報が妖精界に掌握されてしまう魔法少女の契約申請作業が始まった。

目の前に居るへちゃがキーボード付きiP○dを取り出し作業を始めるが、

それを見つめる僕はきっと死んだような目をしていただろう。

魔法少女から始まったファンタジー要素への期待が音を立てて崩れ去った気がした。


ペチペチと入力しているへちゃを眺めながらお茶を啜る。

そういえば…と魔法少女と食事について歩きへちゃから教えて貰ったこと思い出した。

今僕はお茶を飲んでいるが、魔法少女はマナを糧に生きているので食事は取る必要が無いそうだ。

確かにお腹を空かせながら戦う魔法少女とか可哀想だよね。それもなんか可愛いけど。

味覚とかはあるので食べる事は可能だが、特にマナに還元されたりはしない。

もしかしたら!と思っていた僕は若干落胆した。少しでも回復出来れば良かったのに。


死んだ様な目、更に再度思い出して落胆した僕にへちゃが話しかけた。



「…だ、大丈夫かに?調子悪いかに??

 それはそうと魔法少女としての登録名は『レン』にして良いに?」


「!!だ、大丈夫だよ。名前も特に問題ないけど……登録名ってそのままレントじゃダメなの??」


「本名の名字または名前を使用するのは辞めて欲しいに。

 いくら魔法少女になって姿形が変わっても名前でバレる恐れがあるに」


「へーそうなんだ。僕はともかく他の人は短い名前や略称でもバレそうな気がするけどなぁ…」


「変身時は多少の認識阻害効果が発動されるから少し変えるだけでいいんだに!

 ただ、姓名を呼ばれ反応してしまうと効果が減るからバレる可能性が高くなるに。

 そして、もしバレた時は……気付いた人の記憶を魔法で消すしか無いに」


「あれ?記憶を消す便利な魔法は無いって言ってなかったっけ?」


「一部の記憶は消せないけど、ここ1ヶ月の全記憶っていう大きい範囲なら可能だにー。

 それでも良いならレントも契約解除後に掛ける事は可能だけどやるに?」


「うぅ……1ヶ月の記憶が消えるのは正直厳しい…結構です…」


「そう、みんな厳しいと思うに。だからこそ絶対にバレないようにして欲しいに!

 あくまでこれは緊急対応用の魔法!今の所なんとか使用せずに済んでるけど用心に越した事はないにー」


「うん、そうだね。消される人にも迷惑掛かるし絶対バレないように気をつけるよ…」



僕は変身前と後て性別まで変わるからそもそもバレなさそうだけど油断は禁物。何処でボロ出すか分からない。

それと、この部屋のドアにも同じ阻害効果のある魔道器具が設置されているとの事。

出入りで住民に怪しまれると困るし助かる。

こんな所に学生やらコスプレ少女が出入りしてるのを見られたら警察すっ飛んで来そうだしね。


暫くもくもくとiP○dをペチペチしてるへちゃだったが、

どうやら取り敢えず申請作業の方は無事終わったようだ。

これ、受け取る方もパソコンとか使ってるんだろうか…。随分と近代化進んでるんだなぁ妖精界。



「…よし!入力終わったに!それじゃ魔力検査システムの方に行くに!

 キミの持つマナ識別子を魔法具作成チームに転送して固有の魔法具制作して貰うにー!」


「…りょうかーい」



へちゃに連れられて奥の部屋に移動する。給湯室のすぐ隣の部屋だ。

開いたドアの向こうには、魔法陣が描かれた丸い台座があった。

その台座は半透明の水晶の円柱の下の部分をぶった斬ってそのまま台として使用したような形だった。

そして台座の側面には謎の文字が刻まれており、魔法陣とその文字は仄かに紫の光を放っていた。

ちょっとファンタジー感が出てる事に喜びたいがファンタジー寄りなのはそこまでだった。


台座の周りには厚めの鉄板を数枚並べた様な特殊な機械があり、

その機械には大小様々なケーブルが繋がれていた。

ファンタジーとSFのごった煮。温度差で風邪引きそう。



「…レント?ボーッとしてどうしたに?早くその魔力検査システムの台に乗るに!」



そういえば魔力検査"システム"って言ってたもんね…。元々期待しちゃいけなかったんた。

生返事しつつ魔力検査システムの台に立つと紫の光が少し強くなった。セーブポイントみたいだ。


そこから先は特に何も無かった。へちゃがシステム脇にあるパソコンっぽいのをカチャカチャ弄ってるのみ。

こっちは何をしてるのか分からないので暇だ。

暇なのでその場でゆっくり回転してみたらへちゃに怒られた。動いてはいけないらしい。



「……ふぅ、一通りデータが取れたにー!楽にしていいに!」



30分位掛かったが漸く全部終わったみたいだ。立ち続けてたからちょっと膝が痛い。

この体でもこの辺は流石に特に普通の人間と変わらないのかな。



「お疲れ様ー。で何か見た感じ分かった事とかある?」


「…うーん。専門家じゃ無いから分からない事多いけど、

 特に変な所は無いように見えるに。普通の魔法少女のマナと変わらないにー…。

 取り敢えず魔法具制作チーム以外の専門家にも送ってみるからそっちに期待だに。

 ただ、普通の魔法少女と同じなら固有の魔法具で解除出来る可能性は高いから期待して良さそうだにー」



それは吉報だ!

一旦契約して魔法具さえ頂ければ後は変身解除と魔法少女解約で元の生活に戻れる!

その可能性が一気に高まった事に安堵した。死にたくないし。



「ミーはこのマナ識別子と申請書類を上の方に回したりするので時間掛かるから、

 レントは隣の部屋のベッド使って少し横になると良いにー」


「…うん、そうさせてもらうね。ありがとう、へちゃ」



まだ21時前だか疲れがかなり溜まっていたようだ。凄く眠い。

へちゃにお礼をいい、ベッドルームに向かう為この場を後にした。



「………へちゃ?何かの方言かにー?」



ファンタジーとSFの間から脱出し、隣のベッドルームに移動した僕。

またガッカリポイントが潜んでいるかと身構えたが、この部屋は普通の部屋だった。

入って右の壁際には二段ベッドと白木で出来た机。机の上にある棚には観葉植物がある。

正面の壁には同じく白木のチェストと本棚。こっちの本はこの世界の本が並んでた。

チェストの上には有名キャラクターのぬいぐるみが3体。

彩度を落としてちょっとパステルカラー調になってるやつだ。

そして真ん中には白いラグと楕円形のテーブルが鎮座している。


このセンス……これって青髪魔法少女マリさんのチョイスじゃな??

結構使用するのかその時に私物を持ち込んでるみたいだ。

よく見たら机上に化粧品の類も置いてある。きっとマリさんが何かあった時に使用してる部屋だ。


……これは俗に言う『女子の部屋に入った』ってやつでは??

うわぁぁあ!なんか急にドキドキしてきた。そして罪悪感も押し寄せて来る。

チェストの中身が気になって来たが気のせいだと思いたい。その一線は超えたくない。

へちゃさん!寝れない!僕はここでは寝れないよ!!

今の僕の姿は魔法少女つまり女子だけど中身はしっかりと男の子だからね!!



……ソファーで寝ようそうしよう。










時刻は23時前。

申請と報告が終わり無事契約を完了したへちゃは、

魔法具を届けにマリの家を往復した所でソファーで寝てるレントを発見した。



「………ん?なんでレンはソファーで寝てるにー?」



へちゃの声でぼんやり目が覚める。まだ頭はボーッとしてる。

頭が回らずここが何処だか分からなくなってた僕は目を擦りながら呟いた。



「……おはよう」


「まだ夜だにー。寝るのはいいんだけどそのままソファーで寝ると風邪引くに。

 それにその格好で寝ると寝辛いだろうし、パジャマに着替えた方が良いと思うに。

 ほら、奥の部屋行って行って!手伝うから早く布団に入るにー」



僕はへちゃに促されるままに奥の部屋に入った。

へちゃはチェスト方で何かしてるっぽいけど頭の回ってない僕はよく分かってなかった。



「ほら、マリのパジャマだけど同じ位の体格のレンなら着れる筈だに!」


「……ありがと母さん」


「誰が母さんだに!ほら早く着替えるに!」

 

「あーもう、その服は後ろにチャックがあるに!ほら下ろしたからこれで脱げるに!

 んん?ボタンが逆で留めづらい?寝ぼけ過ぎだに!それ位は頭動かすに!

 よし、なんとか着替えは完了したみたいだに!ほらベッドへ行くにー!」


「……うん」



まだ頭は回らない。今ならずっと寝てられそうだ。

程良い倦怠感でボーッとしたままベッドに向かう。



「そっちはミーのベッドだに!レンは下!

 よしよし、大丈夫みたいだに。お疲れ様、ゆっくり寝るに!」


「頭回ってなさそうだし契約完了の連絡は明日の朝伝えるに…」


「……おやすみ母さん」


「だから誰が母さんだに!……おやすみレン」



ここは良い香りがする。なんだろう。

よく分からないけど眠い。おやすみなさい。






地獄の起床まであと……

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