19 開発部暗躍計画
――此処は中心街から程近い軍用精密魔法機械最大手バーラー社本社ビル内の1室。
そこには製品開発部部長クロード・バドールと製品開発部次長カンナ・カヤダがいた。
豪奢と形容する他ない真っ白な革張りの椅子に腰掛けているクロードのデスクへ近づき、紅茶を淹れた幾何学模様の派手なティーカップを渡しながらカンナが尋ねた。
「部長、怪我の具合はいかがでしょうか」
「ありがとうカンナ嬢……ああ、とても良い香りだ。やはりロイヤルメイソンは最高だね」
紅茶の香りを堪能しているクロードが、顔の前に持っているティーカップ越しにこちらを見つめるカンナと目が合い、思い出したように答えた。
「これはすまない。具合は良好だよ」
「……左様ですか」
「最近のレディーは恐ろしいね。まさかいきなり殴り飛ばされるとは思ってもみなかったよ。これも主の与えた試練なのだろうか?」
「単に興奮した部長が彼等の
「おお、これは手厳しいねカンナ嬢。エメオフィアント」
手厳しいと言いつつも、まるで気にする様子も見せず紅茶を嗜むクロードにカンナは続けて質問した。
「ミリオーフ氏の件はどう致しますか?」
「……私としては不本意だが、こちらから今すぐ動く必要は無い。と、上から念を押されてしまったよ」
「何故でしょうか」
「どうやら魔公が動いているらしくてね。様子を伺いながら行動しなくてはならなくなったのさ、暇な奴らだよまったく。エメオフィアント」
「では今後は開発を継続しつつ様子を見る。ということでよろしいでしょうか?」
クロードはティーカップをデスクの上に置くと、少しばかり語気を強めて答えた。
「……実際は様子見なんてしないさカンナ嬢、
「上層部に盾突くおつもりですか?」
「いやいや、手ずからそんな目立つようなことはしないさ」
「ではどうするのですか?」
「まあそう焦るなカンナ嬢……まずは少しばかり意趣返しといこうじゃないか……フフ……エメオフィアント」
怪しげな笑みを浮かべたクロードの声が、2人きりの室内に小さく響いて消えた。
◆◆◆◆◆
――此処は
その多くの職員が行き交う中にティエラとエドワードが、
「――徐々に研究員を減らしてるけど、カインやグスタフあたりが怪しまないかしら」
「どうだろうな、俺にはわからない。あいつらとはあまり話しもしないからな」
「エド、あなたってそもそも誰と仲いいの?」
「特別に誰というのはいないな。強いて言えばマシューとベルハルトか……それとクロムがよく話しかけてくるぐらいだな」
「ふ〜ん、そうなのね……」
ティエラは今まで研究員同士の仲など気にしたこともなかったが、新たな目的の為には各人の交友関係を1度把握するべきだと感じていた。
現在、所長含め6人
それはあくまでティエラの個人的な意見ではあるが、恐らく誰に聞いても同様の答えを導き出すだろう。
そうなると残りの4人でなんとかしなければならないのは明白だった。
「そういえば今度行くプライベートビーチは来れそう?」
「すまない。その日は娘の買い物に付き合わなくてはならなくてな」
「あら、いつかまでとは違ってうまくやれてるのね」
「そうでもない。頼られるのは金がかかる時ばかりだ」
「それでもいいじゃない。年頃の女の子が父親と出掛けてくれるなんて、それだけでもなかなかないことよ」
「……そういうものか」
「そうよ。普通はお金だけちょうだいって感じが多いんじゃないかしら」
「そうか……礼を言う」
「なんでお礼? まあいいわ。じゃあエドは来れないか〜」
「ああ、それで代わりと言ってはなんだが、ベルハルトの説得に関しては俺に任せてくれないか?」
エドワードからの予期せぬ申し出にティエラは驚いたが、それと同時に
「えっと、それはすごく助かるんだけど……本当に任せて大丈夫?」
「ああ、ベルハルトとは……まあ色々あってな。ベルハルトが乗ればマシューも大丈夫だろう」
「え、マシューも? う〜ん……まあ、そこまで言うならわかったわ。任せるわね」
「ああ、任せてくれ」
ティエラは改めて自分が他人に頓着しない性格なのを自覚したが、それは言い換えればあまりにも人に興味が無いことを表しているとも言えた。
「私って本当に……なんていうか……はぁ……でも、これからよこれから」
「急にどうかしたか?」
「いいえ、なんでもないわ。ちょっと自分に思うところがあってね。まあ気にしないで」
「……お前は頑張っている。少なくとも最近はそう見える」
「はいはい、またそうやって……て、えっ! どうしたのよエド! あなたが私を褒めるなんて、なんか悪い物でも食べた!?」
「……いや、やはりいつも通りかも知れん」
「うそうそ! もう1回言って、録音するから! ね? お願い!」
エドワードは安易にティエラを褒めることはもうしないと心に誓った。
――2人がそんなことを話しながら中央棟から出ると、丁度有名な食品会社のロゴが入った配送車両が、ゆっくりと通り過ぎた。
恐らくIMROの食堂に卸す食材を運んでいるのだろう。此処では誰も気に止めない見慣れた光景の1つだ。
エドワードは助手席の男と一瞬目が合った気がしたが、偶然と切り捨て歩き続けた。
「…………そういえば、ここ数日ノアが誰かに見られている気がすると言っていたな」
「ちょっと、はぐらかさないでよ」
「……それは、なんというか言葉の使い方が間違っていると思うが」
「もういいわよ……で、誰かに見られてるって誰によ」
「それはわからない。だが、あのノアが言っているのだから気を付けて然るべきだろう。バーラーや魔公も絡んでいるんだ」
「……まあ、そうね。あのクロードって奴があのまま引き下がるとも思えないし。こっちも研究員集めに気を取られてたら足元を救われかねないのも確かか……はぁ〜」
プライベートビーチで楽しむことに若干、否、大いに思考を引っ張られていたティエラは、道場での一件を思い出し深い溜息を吐いた。
「あの男がどう思ったかは知らないが、普通ならまずノアが狙われるだろう。なんにせよ警戒は怠らない方がいい」
「ええ、あまりにもあの時があっけなさ過ぎてちょっと気が抜けていたわ。あんなのでも
ティエラは大企業のイメージと符号しないクロードという男に、僅かとはいえ油断していたことに気を引き締め直した。
実際の現状は、誰がいつ何処で何を仕掛けてくるかはわからないのだ。もちろん向こうにとって最悪のケースと言えるのはIMROと直接事を構えることなのは間違いないだろう。
だが、仮にそうなったとしても向こうがこちらを恐れることは無いのだ。
何故ならば、誰に言うまでもなくバーラー社とは世界でも五指に入る大企業なのだから……。
――エドワードはティエラのブーツから聞こえてくる足音が、普段よりも強くなっていると感じた。
◆◆◆◆◆
――とある高層マンションの1室。そこのバルコニーからは丁度IMROの全体が一望でき、よく見れば車両の出入りや人の流れぐらいはなんとか判別できる距離だ。
そのバルコニーの手摺に肘を置き、IMRO中央棟辺りを観察している2人の男女がいた。
「――今の連絡は依頼主か、ジェーン」
「ええ、そうよジョン」
「標的は……間違いないな?」
「間違いないわ」
「手筈は」
「1人潜らせたわ」
「……明日の夜だ」
「そうね。そうしましょう」
「方法は」
「フフフ……いつも通りよ」
「……俺は飲む」
「じゃあ私も……フレンチコネクションでいい?」
「ああ、頼む」
「は〜い」
女が部屋に入ると男は懐に手を伸ばしシガーケースを取り出した。そこから【Count】という銘柄の葉巻を1本手に取ると、慣れた手付きで葉巻のヘッドをカットした。
男は葉巻を咥えると、【Delaware】と刻印の入った現代では骨董品とも言えるライターでゆっくりと火を点け、独特の香りがする煙を燻らせながら呟いた。
「……死の主よ、罪人に口づけを……オメアフィエルゼ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます