20 安全非保障計画

 ――此処は第3試験棟管理室フェアヴァルタールーム、そこにはIMRO所長との押しかけ対談以降、日々続けられているフェイク業務を終えたティエラとノアの2人がいた。

 

 ティエラは室内中央奥にある自分のデスクに突っ伏しながら、彼女から見て左下の自分の席で帰り支度をしているノアに尋ねた。


「ねぇノア、絶対怪しいわよね」

「何が怪しいカ」

「仕事よ仕事、何故か誰も言ってこないけど……」

「う〜ん……元々行き詰まってたのは事実だからネ。研究員も少し減ったから、どちらかと言えば怪しいよりもこの研究が打ち切られる方をみんな考えてると思うヨ」

「ああ、そっか……なるほどねぇ……でも、それはそれでなんかしゃくね」

「まあまあ、そう思ってくれた方がこっちに都合が良いのは確かヨ」

「それはそうだけどさぁ……」

「納得できたカ? さ、じゃあ今日は旦那が出張から戻ってくるから私はもう帰るヨ。お先ネ〜」


 ティエラは席を立ったノアの背を見て、今朝のエドワードとの会話が脳裏を過ぎり、彼女に伝えるべきことがあるのを思い出した。


「あ、待ってノア」

「ん、まだ何かあるのカ?」


 引き留めたことに少々機嫌を損ねた気はしたが、身の安全に関わる大切な事案の為、構わずに続けた。


「ごめんね帰りがけに、今朝エドから聞いたんだけど、誰かに見られてる気がするって本当?」 

「ああ、それネ。本当ヨ」

「それって例えばどんな時?」

「そうネ……外にいる時は常に何とも言えない変な視線を感じるヨ」

「……そう。やっぱり認識が甘かったのね」


 そもそも魔導師ザーヴェラー、ましてやランカーでもあるティエラ達は面と向かって喧嘩を売られることなどまず以て無いのだ。

 例えそうなったとしても、ただで負けることは考え辛い上に、街にはいたる所・・・に監視システムもある。

 とはいえ世の中には表にも裏にも、まだまだ数多の手練がいることもまた厳然たる事実なのだ。


「バーラーの奴らカ?」

「恐らくね。エドは普通に考えてノアが真っ先に狙われるだろうって言ってたわ」

「……それはそうネ。私ならすぐにやり返すヨ」

「それとこれはノアだけに限らず、みんなが気を付けなきゃいけなきことなんだけど、家族や友人も狙われるものとして考えておかないといけないと思うわ」

「……私達はともかく、ただの一般人に手出しなんてできるのカ?」

「無いって考えたいのだとしたら、それは希望的観測にしか過ぎないわね」


 2人は少しの間黙ってしまった。自分だけが狙われる分にはまだ講じる術もあるのだが、家族や友人もとなると話は大きく変わってくる。

 いくらほとんどの人間が魔法を行使でき、身体改造、強化をしてる人間も今や数多く存在するとはいえ、ランカークラスが相手では流石に手も足も出ないだろう。

 ティエラ達が相手にしているのは、そんな人間をその莫大な富と権力で容易に差し向けられる力を持っているのだ。


「……とは言ってもできることなんてほとんどないヨ。家族と四六時中一緒にいる訳にもいかないしネ」

「そうなのよね……かと言って所長に頼んで護衛を付けたりなんかしたら、傍目から見て明らかにおかしいもの」

「……頭が痛くなってきたヨ」

「本当にごめんね。厄介な状況になって」

「乗ったのはこっちなんだから気にしないヨ。それに厄介な状況になったことに関しては私が原因の1つとも言えるからネ」 

「まあ、それはさすがに否定できないわね」

「うるさいヨ」


 軽く冗談を交えたところで解決策を見出せはしない。この問題は様々な事柄が複合し過ぎているのだ。

 だが、ここでノアから当然とも意外とも言える案が飛び出した。


「正直どう転ぶかわからないけど、私に1つ考えがあるヨ」

「え、本当に? それってどんな……?」

「この際だからいっそのこと・・・・・・魔公にバーラーのあることないことタレ込んじゃえばいいヨ」

「え……ええ? 魔公に? でも……そっか、そうね。悪くないかもしれないわ」


 数年前にトップが代替りして以降あまりいい噂は聞かないものの、魔公は曲がりなりにも市民を守る警察組織である。

 IMROとて魔公から全く目を付けられていない訳では無いが、黒い噂の絶えないバーラーと比べたら信用度は違うはずだ。


「まあミリオーフさんだったカ? 一応あの人にも聞いた方がいいと思うけどネ。向こうも今頃対策練ってるんだよネ?」

「…………そうね。ノア、引き留めた上に案までくれてありがとう。師匠に提案してみるわ」


 ティエラがこの案に思い至らなかった。否、実際に頭の片隅で考えはしなかった訳では無いのだが、何年か前にミリオーフから僅かに聞いたある理由・・・・から自然とその考えを排除してしまっていたようだ。


「力になれて良かったヨ。それじゃ、今度こそ帰るヨ」

「あ、待って!」

「……いい加減帰らないと旦那が先に帰ってきちゃうヨ」

「ごめん、すぐ終わるわ。1つだけお願いがあるの」

「ハイハイ、なにヨ」

「これ、持っておいて」


 ティエラは自分の腕に着けていたバングルを外してノアに手渡した。


「……? 私、誕生日じゃないヨ」

「どこでもいいから身に着けておいて、お願い」

「……よくわからないけど貰っておくヨ。それじゃ、お先ネ〜」

「うん、また明日」


 ティエラは速足で自動扉に向かうノアを見送ると、更にもう1つ、今や生活のルーティンにもなっている事を忘れていたのを思い出した。


「あ、メインホールにネーヴェを待たせてたの忘れてたわ。電源切って、これとこれ入れて……よし、忘れ物無し! 私も早く行かないと」


 ティエラは帰り支度を急いで済ませると、ノアを追い越す程の勢いで管理室フェアヴァルタールームを後にした。



✡✡✡✡✡✡



 『――我々が奪われてはならない物とは何か、であるか……吾輩が確信を以て答えよう。それは光だ。何故ならば人類は根源的に暗闇を怖れているからだ』


 某国軍事機関誌【払暁】、海軍大将ゴードン・ゴイル・ゴドリングへのインタビュー記事より抜粋

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る