15 師匠同門説得計画
――現在ティエラ、ノア、ネーヴェの3人はIMROから北へ車で1時間半程の距離にある
かつては豊かな自然に恵まれていたらしいが、周囲は殺風景な無人の荒野で、道場以外には数台の車が停められてはいるものの、建物はこれといって他に無く、遠目から見るとポツンと一軒だけ残った廃屋にも映る。
今となってはかなり珍しい木造部分を残した外観は、まるで時代に取り残されたかのような独特の趣きがあり、都会の喧騒からやって来た3人には何処か6世紀前ぐらいの歴史を題材とした映画のセットのようにも感じさせた。
3人はティエラが運転してきた車から降りると、この建物の中で最も年季を感じさせる【
「そこまで経ってないのに少し懐かしく感じるわね、2年? そのぐらい振りだったかしら」
「私は初めてきたヨ」
「解析します。ネーヴェは周囲に食事ができる場所がないことに動揺しています」
「解析ってそっちカ」
「ネーヴェ、ちゃんと帰りにどっか寄って食べさせてあげるから頑張って」
「要請を受諾します。ネーヴェは全力を尽くします」
「良い子ね。それにしても……久々でちょっと緊張するわ」
ティエラはこれから待ち受けるであろうことに対して少しばかり
「さ、いくわよ」
中からは恐らく数人程度と思われる気合がこもった掛け声が聞こえてくる。
一定のリズムで聞こえるその声にティエラは更に緊張を高め、ノアは少しばかり高揚した。
ネーヴェはそれに対して特になんの感情も無さそうにいつもの無表情のまま追随した。
「ハッ! ヤッ! セイ!」
「腰をもっと落とさんか!」
「「はい!」」
「違う! 膝を意識するな!」
「「はい!」」
膝を意識せずに腰を落とせとは難しい、とティエラは懐かしみながらもノアとネーヴェの2人を連れて建物に入った。
するとまず“土足厳禁“と達筆で書かれたこれまた古い、もはや黄ばんで所々破れかけている
「2人とも靴を脱いでそこの下駄箱へ……あ、名札の無いところに入れてね」
「わかったヨ」
「困惑します。ネーヴェは靴を脱ぐ理由が不明です」
「ネーヴェお願い、道場ではそれが決まりなの」
「……了承します。ネーヴェは理由が不明ですがティエラの指示に従います」
下駄箱に靴を入れると、3人は木の板張りの床の上にあがった。
道場の中は天井が高く、30人ぐらいが動き回れそうな程の広さで、床や壁は綺麗に磨かれ普段から清掃が行き届いているようだ。
そこでは8人の揃いの道着を着た門下生と思しき男女数名が等間隔に並び、その前で仁王立ちをした男性の指導の元、重心を低くした体勢を保ちながら正拳突きを左右交互にひたすら繰り返していた。
ティエラ達に背を向けて仁王立ちをしているその男性は、白髪まじりの短く刈られた頭髪、道着の上からでも鍛え込まれているとわかる隆起した肩周り、背丈はそこまで大きくないものの背中を見ただけでもその男性が只者では無いことを想起させた。
門下生の中にはよく見知った顔が2つ混じっておりティエラは一瞬その2つと目が合ったのだが、ひとまずそれを流して指導をする男性への挨拶を優先した。
「あ、あの師匠! その……お久しぶりです」
「何しにきた……後ろの2人は?」
ティエラ達に背を向けているにも関わらず何故か人数を把握しているその男性に、相変わらずだと思いつつティエラは質問に答えた。
「はい、私の同僚と……少々成り行きで預かっていると言いますか……そうですね……なんとお伝えすればいいのか……」
「ふむ、まあいい……どういう腹積もりか知らんが
「あ、ハハハハ……ですよね……ごめん、ノアとネーヴェも師匠に挨拶してもらえる?」
ティエラの後ろに控えていたノアが一歩前に出て軽く自己紹介をした。
「初めましてネ、私はノア・リーン・チャンと申しますヨ、ティエラと同じ職場で働いてますネ」
「ありがとう。ネーヴェ、あなたもお願い」
観察していたのか道場内をキョロキョロと見回していたネーヴェもティエラの願いに応じた。
「了承します。ネーヴェはネーヴェと言います」
「うむ。では3人とも道着に着替えてきなさい」
「えっと……どういうことですカ?」
「ノアさんと言ったか、君もなかなかできるようだ。お嬢さんの方は武の心得は無さそうだがせっかくだ。ここで学んでいくといい、なに、遠慮はするな、新しい道着がある。それを着て構わん」
「ハァ……もしかしたらとは思ってたけど、言っておくべきだったわね。ごめんなさい」
「了承します。ネーヴェは道着? というのを着てみたいです。道着……検索……」
「……道着のことなんか聞いてないですヨ……もうこうなったら仕方ないネ、とりあえず着替えるヨ」
3人は門下生の視線を強烈に浴びながら奥の更衣室へと足を運んだ。
「余所見をするな馬鹿者共! 稽古に集中しろ!」
「「はい!!」」
――着替えを終えた3人が戻ると、門下生達は壁際に寄って水分を補給したり流れた汗を拭ったりと、各々休憩を取っていた。丁度稽古にひと区切りを付けた様子だ。
3人が所在無さげにしていると先程ティエラに師匠と呼ばれていた男性、ミリオーフ・ヴァインスが声をかけてきた。
「よく身体を
「「はい!」」
「エドワードはノアさん、シエンナはティエラとだ。いいな」
「あの……えっと、師匠? まさかいきなり組手ですか?」
「何を言っている? 当然だろう。突然現れなくなった馬鹿弟子の実力を見なくてはならんからな」
ティエラは予想を上回る展開に少々面食らいながらも言い訳を口にした。
「いえ、ですから私は仕事が忙しくてですね……」
「いいから黙ってやれ!」
「ひゃい!」
「……どうしてこうなったカ、意味がわからないヨ」
「そこのお嬢さんは他の弟子達に混ざって基礎を教えてもらいなさい」
「了承します。ネーヴェは武術を体験します」
「聞き分けの良いお嬢さんだな。それに……なるほど、見込みがありそうだ……よし、今日は少々予定を変える。組手をする4人以外の者はこのお嬢さんと練気を行う。では開始!」
「「はい!」」
言われるがまま道場の隅で準備運動を開始したティエラとノアはようやく見知った顔である
逸る気持ちを3人の登場からずっと抑えていたシエンナがティエラに最初の疑問を切り出した。
「ねえねえどうしたのティエラ? 道場には絶対来たくないって言ってたのに、しかもノアとネーヴェちゃんまで一緒に」
「色々あるのよ、師匠に頼みたいことがあったのと……それとあなた達にも用があるの」
「師匠に頼み事? ただ事じゃなさそうね。しかも私達にも用って」
「全部後で話すわ。DEの今後についてのことよ」
「……なるほどね。それで道場に?」
「ええ、基礎の稽古はまあともかく、組手させられることになるとは……いや、どこかで思ってなかった訳でもないけど」
ティエラ達4人は門下生達と座禅を組み
「……ノアと手合わせできるとはな」
「私は別にやりたくないヨ」
「お前の火力にどこまで俺の防御が対抗できるのか楽しみだ」
「本気でやんのは勘弁ヨ、結婚してから大会にも出てないしネ」
「エドって意外と好戦的よね」
「確かに意外よね。それにエドさんと
「……まさか同門だったなんてDEが発足してから気付いたものね」
ティエラは数年前にシエンナと道場で知り合い、すぐに職場も同じということが判明し仲を深めた経緯があった。
エドワードとは大概のメンバーがDE発足からの付き合いで、ティエラとシエンナもまた同様だった。
エドワードはかつて生活リズムの違いからティエラやシエンナとは道場に通う曜日が異なり、会うこともなく気づかなかったのだが、エドワード自身の家庭環境が変化したことにより通う曜日が変わり、後に発覚した経緯がある。
加えるならエドワードという名前はそれなりに有り触れた名前であり、下駄箱の名札程度では気付くことも無かった。
「娘も大きくなった」
「ま、エドが通ってるのに気付いたぐらいから私は来れなくなっちゃったんだけどね」
「……普段の働きぶりで何故通えないのか不思議だがな」
「まったく同感ネ」
「ハハッ! エドさん面白い!」
「い・ろ・い・ろ・あ・ん・の・よ!」
「……そろそろ終わりそうだぞ」
4人が少々賑やかに
「報告します。ネーヴェは練気を習得しました」
「よくやったな」
「ちょっとエド、そんな簡単にできる訳ないでしょ」
「練気というのは私の知ってる
「ノアは確か【
「ネーヴェちゃん偉い偉い!」
「ネーヴェ、
「肯定します。ネーヴェは武術をもっと習得したいです」
「通わせればいい」
「勘弁してよ、そんな暇無いんだから」
4人がネーヴェの報告を聞いているとミリオーフがやや大きめの声を出した。
「よし、まずはエドワード!」
「はい!」
「と、ノアさんも中央に来てくれるかな」
「わかりましたヨ」
「ノアもエドさんも頑張って~!」
「ノア、期待している」
「お手柔らかに頼むヨ」
「あんまり本気出すと師匠が面倒くさいからほどほどにね~」
「興味を示します。ネーヴェは組手を集中して観察します」
こうしてほとんどミリオーフに指示されるがまま4人は組手を行うことになったのだった。
エドワードが先にミリオーフの待つ中央へ向かい、やれやれと立ち上がったノアがそれに続いた。
歩き始めたノアが少しだけティエラ達の方へ振り向いてぼやくように言い放った。
「ティエラ……これ稽古終わるの待てば良かっただけじゃないのカ?」
「…………それは言わないでちょうだい」
行動力というのは時として裏目にも出る。人間は幾ら年齢や経験を重ねたとしても、往々にして同じ失敗を繰り返すことがあるのだ。
ミリオーフへの頼み事とエドワード、シエンナ両名の説得を心のどこかで焦っていたティエラは、後悔という言葉が何故後悔というのか改めて思い知ったのだった。
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『――俺が何故色んな武を学ぶかって? そんなもんは簡単だ。何でも自分の思い通りにする為だよ』
大会専門誌シュラート、トーディン・ストリウスへのインタビュー記事より抜粋
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