16 爆音激突計画

 ――現在時刻15時29分、源魔武闘流げんまぶとうりゅう道場ではある種の緊張感がその場を支配していた。

 DE、否、IMRO内でも屈指の実力者4人が何故か組手を行うことになった。

 最初にノアとエドワードの2人が道場中央で向かい合う形となり、その間にこの道場の主であるミリオーフ・ヴァインスが立った。


「魔法は使ってもいいのですカ?」

「ノアさんの流派ではなんというのかはわからんが、纏術てんじゅつと魔法による武器での直接攻撃以外は禁止ということで頼む」

「テンジュツって何ですカ?」

「ノア、この流派で纏術てんじゅつというのは魔粒子エーテルまとう体術のことだ」

「ああ、壊伝流こっちで言う気闘法きとうほうネ、わかったヨ」


 ノアは自分の流派と合致するものが見つかり納得した。呼び方こそ様々だがそれは戦闘もこなすタイプの魔導士ザーヴェラーであれば基本となる技の1つだ。


「それでは一通り理解してもらえただろうか? 精霊銀壁ミスリルウォール1枚ぐらいなら壊すつもりでやってくれて構わんよ」

「キャハハハハ精霊銀壁ミスリルウォールとは吹いたネ! ハッ……なかなか面白い人ネ、気に入ったヨ! 私は壊すのが大好きヨ!」

「う、うむそうか、しかしだがまあくれぐれも制限を守ってやってくれ、あまり本気でやられてはさすがにもたんからな……」

「……あら、わかりましたヨ」

 

 主任研究者チーフリサーチャーティエラ・ディ・ヨングスはミリオーフの尻すぼみにはなってしまったが若干の煽り成分を含んだ発言に嘆息し、表情を暗くした。


 一般的に純精霊銀壁ミスリルウォール1枚は熱、衝撃で言えば水素爆弾の直撃にも1、2発なら耐えると言われている。


「師匠も調子の良いこと言って、そんな超硬度の障壁張れる人間なんて存在するはずないでしょうが……まったく、これはノアとエドの常識に賭けるしかなさそうね」

「では両者礼! 始め!」


 開始の合図と共にミリオーフは壁際に後退、合掌し何かを唱え始めた。


「それじゃあ……まずは一発殴ってみるヨ!」

「来い」


 ノアが一瞬にして間合いを詰めエドワードをガード越しに殴りつけた。殴りつけたノアの拳は、はっきりと肉眼で見える紅いオーラのようなもので包まれていた。

 エドワードはガード越しにも関わらず中央から壁までの約半分の位置、組手を開始した中央から10m程も後退した。

 それは小柄なノアと巨漢であるエドワードの体格差を考えれば異常な飛ばされ方とも言えた。


「ほう……界闢抗闢衝闢之陣かいびゃくこうびゃくしょうびゃくのじん……これはワシもそれなりに張らねば・・・・・・・・・ならなさそうだ。開っ! 風陣屏風ふうじんびょうぶ!」

「何がそれなりに・・・・・よ、わざわざデカい声で喋って……ねぇシエンナ、そういえば前から思ってたんだけど師匠の前口上アレって何か意味あんのかしら? 普通に魔法名だけで良くない?」

「ちょっと静かにティエラ、聞こえるわよ」

「質問します。ネーヴェはそもそも魔法の行使に言葉が必要では無……」

「ネーヴェちゃん静かに、それは誰も喜ばないのよ。いいわね?」


 対峙する2人をよそにティエラは長年感じていた疑問をつい口走ってしまった。

 ティエラは一瞬だけ自分達とは反対側の壁際にいるミリオーフと目が合った気がしたがすぐに逸らした。


「ブランクを感じさせない自然な気の流れだ。今度はこちらからいく」

「仕事でも必要なことだから当然ヨ」

土鎧化アースディルアード


 エドワードがそう唱えると身体の表面を一瞬にして厚さ10cm程の岩石が包み込む、床板への気遣いからか足元だけは生身のままだ。そして岩石でより膨れ上がったその巨体からは考えられない速度でノアに肉薄した。


「そんな特攻じゃいい球ヨ、炎大槌イグニスマルトー


 迎え撃つノアも魔法の武器で対抗する。彼女の手には自身の身の丈を超える大槌が突如出現し、鉄の光沢を放ち燃えるような紅色の細工が施されている。

 ノアはそれを大きく振りかぶり、岩石鎧での体当りを仕掛けてきたエドワードの右肩中央に力強く叩きつけた。


 ――ドゴンッ〜〜〜


 それは正に岩石へ金属製の超重量大槌を叩きつけたような強烈な音だった。低い金属音が衝突音の後に続いて道場内に長く響いた。


「うわ、エドさん痛そ」

「驚愕します。ネーヴェは鼓膜が破れそうです」

「ちゃ〜んと耳塞いでなさい」


 今度は壁まで吹き飛ばされたエドワードだったが、壁にぶつかる直前でフワりと衝撃が和らいだ。これはミリオーフの張った風魔法の障壁によるものだ。

 近くまで文字通り飛んで来たエドワードにミリオーフが発破をかけた。


「ほれどうしたエドワード、お前も壊す気でやって良いのだぞ?」

「はい、師匠」


 久々の実戦的な組手に興が乗って来たのかノアは吹っ飛ばしたエドワードに向かって大槌の打面を拳でカンカンと叩きながら更に煽った。


「どうしたカ? 大槌こっちにはまだ全然込めてない・・・・・ヨ」


 エドワードの身体を包んでいた岩石は大槌で叩かれた肩の部分が大きく破損し、下の道着が見えていた。

 気合を入れ魔法をかけ直し、破損した肩の部分を再生させるとエドワードは再びノアに迫った。


「一流に2度はダメヨ」

「ならばこうしよう」


 ノアは振りかぶっていた大槌をもう1度エドワードに叩きつけようとした。

 エドワードは伸ばした右手の先を更に一回り大きい岩石で覆い大槌との衝突のタイミングに合わせた。


 ――ドゴギンッ〜〜〜


 1度目を超える爆音にネーヴェと組手を見ていた門下生達は先程の教訓を活かし咄嗟に耳を塞いでいた。

 度重なる爆音に平然としているのはティエラ、シエンナ、ミリオーフ、それと組手をしている計5人だけだ。


「ふん、やるネ」

「まずその大槌を潰す」

「できるカ? 壊すのは好きだけど壊されるのは嫌いヨ!」


 その後は何度も似たような攻防が続いた。

 エドワードは岩石の形状や長さを変化させたり、蹴りや手刀、または正拳突きなどを駆使してノアに迫ったが、その度にノアは器用に身体をひるがえしその尽くことごとくを叩き返した。


 ――この応酬が20分程続いた頃、とうとうエドワードは魔法を維持出来なくなったのか、身体を覆っていた岩石が霧散し、片膝を床に着けた。


「まだだ、もう少しやらせてくれ」

「私は全然いいけど本当にやるのカ? これ以上やると本当に色々壊しちゃわないカ?」


 エドワードは疲労の色が隠せず、肩で息をしていた。

 ノアは自身の身の丈を超える大槌を軽々と肩に載せると、エドワードの出方とミリオーフの判断を待った。

 もしエドワードが更に1段階上の手を使おうとしているのであれば、下手をすると道場一帯が周囲の荒野の一部と化す恐れがあった。

 また組手を行う2人はもちろん、ネーヴェや門下生達に危険が及ぶ可能性も否定できない。


「さすがにここまでよね?」

「そりゃ止めるでしょ、師匠だってここを廃墟にはしたくないはずだし、これ以上は組手でもなんでもないわよ」

「質問します。ネーヴェはエドワードが完全に敗北したように見えますが違うのですか?」

「ん〜それはまあ今の段階での話ならそうね」

「質問します。ネーヴェは次の段階について知りたいです」

「ネーヴェちゃん、それは安全対策がきちんと施されている大会とかじゃないと無理よ」

「それに師匠が止めなくたって私が止めるわよ、ノアだって馬鹿正直に続けないでしょ……多分」


 ミリオーフは両者の状況を見極めると声を挟んだ。


「いかんな、うむ……そこまで!」

「はぁ……師匠……まだできます」

「そういうことを言っとるんじゃない、言うことを聞け馬鹿者、お前の負けだ」

「……はぁ……はぁ……わかりました。すいません」


 エドワードの身体に道着越しでもわかるような目立った外傷は無いものの、その下には複数の打撲があることが伺えた。

 片や無傷でひたいに僅かな汗を浮かべる程度のノアとの差は誰の目にも歴然に見えた。


「シエンナ、師匠ちょっと続けさせようとしてたっぽくない?」

「ティエラ、だから余計なこと言わないで聞こえちゃうから」

「どうやら熱くなってしまったようだ……すまない、俺の負けだ」

「大丈夫ヨ、久々にいい運動させてもらえて感謝ネ」

「ノアさん、良いものを見させてもらった。さすがはランカーだな」


 ここでいうランカーというのは正式には【|Z K R(ザーヴェラークラフトランク)】の順位を持つ者のことを指す言葉である。

 ランクは年に1度行われる魔導士ザーヴェラー同士が戦闘能力を競い合う【|魔法能力競技大会(マジックトーナメント)】で、優秀な成績を収めた上位300人に対して与えられる。

 研究畑のティエラ達だが、ランカーになると人集めに役立てたり生活面において様々な優遇措置、または恩恵が受けられるので魔導士ザーヴェラーであれば1度は挑戦するのが慣例となっている。

 また大会は国民的一大イベントであり、過去に1度でも上位のランカーになった者はしばしば有名人(1桁代のランカーはさながら国民的英雄)のような扱いを受ける。

 尚魔導士ザーヴェラーと呼ばれる魔法使いは世界に約10000人いると言われている。


「いいえ、相性もあったと思いますヨ、それに制限もありましたからネ」

「ふふ、まあその通りではあるが、しかしこの馬鹿者は冷静さが足りん。おい、エドワード! さっさと礼をせんか! みっともない」

「すいません。すぐに」


 エドワードは息を整えノアとミリオーフの待つ道場中央へと向かった。


「礼!」


 道場の中央で再び2人は向かい合うと、ミリオーフの声に合わせ礼を交わした。

 固唾を飲んで2人の組手を見守っていた門下生達は、ようやく緊張から開放され感嘆の声を上げていた。

 

「ありがとうございましたネ」

「ありがとうございました」

「うむ、両者共にご苦労」


 ミリオーフは組手を終えた2人を労うとエドワードに苦言を呈した。


「ワシから1つだけ言うぞエドワード、ノアさんのような回避能力の高い相手には更に大きなで攻撃しろ。小手先ばかりいじくりおって、見てられんわ」

「はい……考えが到らず面目ありません」

「途中まではなんか作戦があるのかと思ってたヨ、どれもフェイントに見えたって意味では惜しかったネ」


 ノアはエドワードの一辺倒な攻撃に対しそれなりに仕掛けがあるはずだと構えてはいた。

 しかしエドワードの攻撃の裏には結局何も隠されてはいなかった。


「助言に感謝する。もう少し発想を変えなければならないようだ」

「ま、なんでも有りの大会ならもっと違うはずヨ」

「ああ、だが基本を疎かにしていてはな」

「でもなんでそこまで熱くなったカ? なんだか全然らしくないヨ」

「ああ、それが実は……」


 ティエラは道場に来た時には確かにあった緊張を忘れ、何故か心の内から沸々と込み上がってくる歓喜を抑えられなかった。 

 ティエラはエドワードに向けて指を差すと大声で言い放った。


「エド! これはあの日私を荷物のように扱った罰よ!」

「ティエラ、それ完全に小悪党のセリフだから」

「同意します。ネーヴェはティエラが時折とても狭量な人間に見えます」

「ちょっと2人ともどういう意味よ!」

「いやいや、そのままだから」

「……危惧します。ネーヴェは食事が減らされる心配を禁じえません」

「え、あなたまさか虐待……?」

「違うに決まってるでしょ! ネーヴェが食べ過ぎなのよ! もう!」

「おいそこの馬鹿弟子2人! 早くこっちへ来い!」

「「はいぃ!!」」


 ティエラの妨害によりノアはエドワードが熱くなってしまった理由を聞きそびれてしまった。


「まったくガヤガヤとウルサイ上司だヨ」

「本当にな、ともあれ次はこちらが見学させてもらうとしよう」

「そうだネ、あ〜ノドが乾いたヨ」


 こうしてノアとエドワードの組手は纏術てんじゅつと魔法武器での直接攻撃のみという制限はあったものの、この場ではノアが一応の勝利を飾り幕を閉じた。

 次はティエラとシエンナの順番だが、先程のノアとエドワード同様中央で向かい合った2人にミリオーフが微笑みながら切り出した。


「さて、今の組手を見てワシも身体を動かしたくなった。2対1でやるぞ」

「ティエラ、逃げましょう」

「……やっぱり言い出したわ」

「それとワシになんぞ文句でもあるようだったしな」

「無いです。全然無いです」

「あ、それはティエラだけですよ師匠」

「ちょっとシエンナ」

「が、そんなことはどうでもいい、ワシがやると言ったらやる。良いな?」

「「………………」」


 ティエラはノア達の組手を見ている最中どこかこの未来を予測していた。半分はティエラ自身が蒔いた種ではあるのだが……得てして悪い予感は的中することを思い知った。


「ゴクゴク……プハッ……そうカ、そういうことネ」

「何がだ?」

「いんやなんでもないヨ、それよりもミリオーフさんはやっぱり面白い人ネ」

「フッ……違いない」


 壁際でエドワードと休んでいたところ、気を利かせてくれた若い門下生に飲料水を渡されたノアはそれを飲むと、なるほどとティエラの発言の意図に気付いた。

 ミリオーフはノア自身初めて会った人物ではあるが、発言の随所にその見た目からすると想像し辛いどこか少年めいた好奇心のようなものを感じていた。


 何故か始まった組手は結局師匠対弟子2人に移行した。この流れに喜んでいたのはランカー同士の組手を間近で観覧できるもはやいち・・魔導士ザーヴェラーファンと化した門下生達だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る