14 情報統括監視員班長説得計画
――此処は国際魔法研究機構、IMRO第3試験棟
そこにはその日の仕事を終え、続々と帰路に就く研究員達と
ティエラはその、ある人物と帰るタイミングを同じくする為、
ティエラの席は1番高い位置にあり身を潜めて動向を探るにはうってつけだ。
ティエラはふと身を伏せている自分の背後に、小さな気配があることに気付いた。
「協力します。ネーヴェは共にノアを説得します」
「ネーヴェ、ダメよ。今は」
「疑問を呈します。ネーヴェは何故、協力してはいけないのですか?」
「違うのよ。自然にタイミングを合わせないとダメなの、試験棟の出入口か正門で待ってて」
ほとんどの研究員が既に
「ティエラ、何をコソコソやってるカ、用があるならちゃんと言うヨ」
「あ、あらノア……やっぱバレてました?」
「驚愕します。ネーヴェは何故ノアに気付かれたのか不明です」
「ティエラの様子の違いなんか子供でもわかるヨ」
「え、そんなにわかりやすい?」
「自分のことはもっとよく知っといた方がいいネ。それで、どういう風のふきまわしカ?」
探っていたつもりが、どうやら動向を探られていたのはティエラの方だったようだ。
「いや、それがね。ちょっとこの場では、というかなんと言いますか……」
「……旦那がしばらく出張してるから、外食でも大丈夫ヨ。ちゃんと
「歓喜します。ネーヴェはノアの説得で食事ができるとは思っていませんでした」
ネーヴェは今ここで伝えてはならない説得という言葉を、生体に移植されてからというもの最大の楽しみである食に対する欲求に負け、見事一瞬で吐いてしまった。
「ほう、説得? これはしっかりと聞かなきゃならないみたいだネ、楽しみになってきたヨ」
「ハ、ハハ……はい、ちゃんとお話ししますです。はい」
「質問します。ネーヴェは何を食べられますか?」
「ネーヴェ……あなたって娘が一層わからなくなってきたわ」
「ネーヴェ、私と旦那が行きつけのとっても美味しい中華料理屋があるヨ。
「感動します。ネーヴェは最近何故か、あまり食べさせてもらっていないので悲嘆に暮れていました。その中華料理? を、たくさん食べます」
ティエラは説得の成否だけではなく、自分の懐も心配しなくてはならなくなった。
「……また経費申請しなきゃ……そろそろ怒られないか心配になってきたわ……」
◆◆◆◆◆
――ノア夫婦行きつけの中華料理屋に到着した3人は、少々強面の店員に最も奥にある個室へと案内してもらっていた。
「チャン様、当店をいつもご贔屓にしていただきありがとうございます」
「この店は好きヨ、最近来れてなくて申し訳ないネ」
「いえいえ、こうして来ていただき誠に感謝しております。本日は当店に来るのが初めてのお客様もいらっしゃるようなので、念の為ご注文の仕方を改めてご説明させていただきます」
「わかったヨ」
「はい、ではまず
やや過剰気味な丁寧語で説明をした店員は、その場を後にした。
「なんだか見た目の割に随分丁寧な店員ね」
「接客の良くない店は嫌いヨ。見た目は……まあ捉え方はそれぞれネ」
接客や見た目の良し悪しはともかく、現代の飲食店では
ティエラとノアが向かい合って座り、その間にネーヴェが着席した。
「あ、ネーヴェ……少しは手加減してね?」
「ティエラの言うことは無視でいいヨ」
「歓喜します。ネーヴェはノアの言うことに従います」
ティエラは本来の目的を見失っているネーヴェに嘆息しながらも、ノアの説得にあたる為に考えてきた言葉を
「それで、本題は注文したのが来てからの方がいいカ?」
「ええ、そうね」
「驚嘆します。ネーヴェはこのフカヒレというのを食べてみたいです」
「それは絶品ネ、北京ダックも美味しいヨ」
「ハァ……私は何をしにきてるのかしら……」
注文の品が揃い、ネーヴェだけが一心不乱に食事を進める中、ティエラはノアに最初の質問を切り出した。
「ねぇノア、私が言うのもなんだけど、このままDEの研究を続けてて、別次元は発見できると思う?」
「……ティエラがそれを言い出したら元も子もないと思うけどネ」
「ええ、だからまあ……そうなんだけど、ノアの見解を聞きたいのよ」
「それは……正直に言っていいカ?」
「ええ、もちろん」
ノアはボトルキープしていた紹興酒を、空いた
「……はっきり言ってこのままだと途中で
「そうよね……私もそう思うわ」
「……でもそんなこと聞きたくてわざわざ呼んだりしないはずヨ、説得ってなんのことか教えるネ」
ティエラは【ハチガネ】という香り高いことで有名な麦焼酎のロックが注がれたグラスを一口飲むと、今回の本題について質問を交えながら話し始めた。
「ノアは
「最初からすごいのきたネ、
「ええ、私も少し前まではノアと同意見……というか夢物語だと思っていたわ」
「その言い方だと
「……出来るかも知れない……いえ、既に可能性は示されているの」
「信じられないネ。魔法使い、ましてや
激甘炭酸飲料と北京ダックのコンビネーションに夢中になっていたネーヴェが、唐突に食事の手を止め放し始めた。
「説明します。ネーヴェは
「ハラルツァオヴァークンスト?
「……ネーヴェの言ってることは事実よ。信じられないなら見てちょうだい」
真剣な眼差しで言うティエラを見て、ノアは先程半分になったぐい呑みの残りをまた一口で空にすると、今度はザラメ無しで溢れるぐらいにそこへ紹興酒を注ぎ、それを一気に飲み干した。
「ふぅ……まさか本当に理論が既にあるのカ? ……驚きだヨ、今見ても大丈夫なのカ?」
「私に、私達に協力するって約束してくれる?」
「……酷い交渉術だヨ、恐らくIMROに勤める魔法使いだったら1度は挑戦してみる問題ネ」
「結局誰もが失敗に終わるけどね」
「交渉します。ネーヴェにデータを要求しますか?」
「……少し考えさせてくれるカ?」
「ええ、もちろんよ。ただ、できれば今日この場で結論を出して欲しいの」
「……わかったヨ、ふぅ……困ったネ」
ノアは食事にほとんど手を付けず、腕を組んでしばらく考え込んでしまった。
彼女は時折ぐい呑みが空になると酒を注ぎ、そしてまた空になっては酒を注いだ。
ティエラはネーヴェの食事量とノアの様子を気にしながら自分の食事を進めた。
そして1時間近くが経過した。
――ピロン
時間の経過を見計らい、テーブルの注文用端末の画面に食後のデザートを勧める画像が表示されている。
それは立体画像になっていて、既に絶滅してしまったパンダをモチーフにしたコミカルなキャラクターが、数種類のデザートを代わる代わる美味しそうに食べているものだ。
ノアはそのパンダのキャラクターを、表示が消えるまで見つめてから口を開いた。
「…………乗るヨ、私にも見せて欲しいネ」
「……あなたならそう言ってくれると思ったわ。ネーヴェ、とりあえず概要だけ送ってあげて」
「送信します。ネーヴェは概要のみをノアに開示します」
「まだ焦らすのカ? もう協力するって決めたのにカ?」
「話はこれだけじゃないのよノア」
「もうお腹いっぱい……ていうか飲み過ぎたネ、もう何聞かされても驚かないヨ」
「それはどうかしら……」
「なんでもこいヨ」
「ねぇノア……第9試験棟って知ってる?」
ノアは続くティエラの言葉に大きく目を見開き、もう1度驚いた。ティエラと付き合いの長い彼女も、空想や都市伝説紛いの話がこうも連続して繰り広げられるとは思っていなかった。
「前言撤回ネ、酔いが少し冷めたヨ」
一旦手を止めて話の成り行きを眺めたネーヴェは、説得が上手くいきそうだと踏むと、再び一心不乱に食事を再開した。
「本当にあるらしいのよ、すごいでしょ? まだ見てはいないんだけど所長が存在を認めたわ。関わる人員も厳選するの、それでね……」
――この晩はネーヴェが眠気を訴えるまで話が続いた。ティエラは会計に驚愕し、皆勤賞を貫いていたノアは翌日仕事場に遅刻した。
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『――空想や都市伝説とは解明されるまでの仮称に過ぎない』
科学誌ヴァーハイト、チャールズ・ルシールへのインタビュー記事より抜粋
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