13 空間魔法開発懇願計画
IMRO中央棟12F所長室、そこには驚きのあまり腰を抜かしたティエラと、コーヒーカップを持ったまま固まる所長、そして所長の入口前に立つネーヴェの3名がいた。
「……ネーヴェはここにいます」
「ビ、ビックリした~!」
「陳情します。ネーヴェは此処で話さなければならないことがあります」
「ネーヴェ、どうしてそこに? ティエラ君が呼んだにしては早すぎると思うのだが……」
ティエラと所長の脳裏には同じ考えが過ぎった。まさかネーヴェはそこでずっと話を聞いていたのかと、そしてティエラにはもう一つの懸念、極秘開発とネーヴェは言っていたが、こうして即座に所長に報告、元いチクったことに、もしかしたら怒っているのではないのかと恐怖した。
「ほ、ほら、遠慮することはない、こちらへ来て話しなさい。さあ、まずはそこへ掛けて」
「了承します。ネーヴェは椅子に座ります」
ティエラは腰を抜かしたまま横を通り過ぎるネーヴェの顔色を伺った。ネーヴェは普段通りの無表情のままだった。
「あ、あの……所長、ちょっと手を貸していただけませんか?」
「あ、ああ、もちろんだとも、さあ、大丈夫かね?」
ティエラは所長の手を取り、立ち上がる際に小さく耳打ちした。
「……私が呼んでいた訳ではないですからね」
「うむ、わかっている。君のその様子ではな……」
「……とりあえず話を聞きましょう」
「ああ、そうするしかないようだ。腰は大丈夫かね? とにかく君も掛けたまえ」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
2人のやり取りには目もくれず、ネーヴェは椅子に座り、姿勢良く無表情のまま所長のデスクの方を向いている。所長のデスクは出入口方向に向いており、その対面にネーヴェの座っている椅子があるので、2人には背を向けている状態である。
ティエラは立ち上がるとネーヴェの横に椅子をもう一脚用意し、そこに腰掛けた。
「――さあ、それで話とは何かね? 遠慮なく話してごらん」
「了承しました。ネーヴェはIMRO所長グラヴィス・ライ・ネルズバーンにDE研究チームが
「ハ、ハラルツァ? なんだねそれは」
「所長、
「なるほど、そうか……直球だなネーヴェ、君はそれがどういうことなのかわかっているのかね? 人間の常識を君に求めるのは酷かも知れないが、それは簡単に許可できるものではないのだ」
「理解します。ネーヴェはそれでも
「気持ちはわかったが……とはいえだ。そもそも危険はないのかね? 人類にとって、というか機械であろうが生体であろうが
「訂正します。ネーヴェは
ティエラと所長は互いの顔を見合わせ、共に抱いていた疑問をネーヴェに質問した。
「所長、私が」
「ああ、是非聞いてくれ」
「ネーヴェ、自宅では教えてくれなかったけど、どうやってGHOSTと交信しているの?」
「返答に苦慮します。ネーヴェは言いたくても
「そう……それで言えなかった訳ね。一応つじつまは合うけど、でもね……」
「……にわかには信じ難いな……まったく……とんだ事態になったものだ」
その場を
如何に魔法科学最高峰の機関たるIMRO所長と言えども、
それは人類が、人類の創り出した
「所長もでしょうが、さすがに私には決めかねます」
「……これほど相談できる相手が思い浮かばんのも久しくなかったぞ……目下大統領ぐらいしか出てこないとはな……いや、いくら大統領でも、相談したら私の正気が疑われてしまいそうだ」
「再度嘆願します。ネーヴェはDE研究チームだけでの
「……何故そこまでこだわるのだね? 君が生体移植を希望したこともそうだが、何か特別な目的があるのか?」
「肯定します。ネーヴェにはある目的があります。しかしそれを教えることはできない、と返答します」
「だが、隠し事ばかりではな……こちらとしては如何ともし難いな……」
――再び場を沈黙が支配した。デスクの上に両肘を着け、まるで神にでも願うような姿勢の所長、腕を組み所長室の綺麗に磨かれた床を見つめるティエラ、姿勢良く無表情で、前方の何処を見ているのかわからないネーヴェ、まるで大切な誰かの手術結果を待つかのような重い沈黙の後、ティエラが口を開いた。
「……所長」
「……ああ、ティエラ君、何か名案でも?」
「この
「……私とてかつては一研究員、研究チームを率いる一
「……ネーヴェのこと、そして研究にまつわる全ての責任は私の独断で行ったことにしていただいて構いません。なので、どうか認めていただけないでしょうか、お願いします」
ティエラはそう懇願しながら無表情の少女を少し見て、そして真摯に所長へ対し頭を下げた。
「あの……ネーヴェも……ネーヴェからもお願いします」
そして僅かに普段の口調を崩した無表情のネーヴェも、ティエラに続いて頭を下げた。
ティエラは少し、否、初めてネーヴェに人間の感情に通ずるものを感じた。
――そして所長は黙考し、静かに返事をした。
「………………わかった。私の負けだよ、許可しようじゃないか、やってみたまえ」
所長は熱意に推されたのか、それとも何かしらの打算からなのか許可を出した。
ティエラはネーヴェの登場は誤算だったが、自分の打算が上手く運んだことに喜びと少々の罪悪感を覚えた。
「だが、確か第3試験棟では300人はいたと思ったが……さすがに秘密にするには多すぎる。ネーヴェ、開発にはどの程度の人数が必要なんだね?」
「返答します。ネーヴェは既に必要な人員をリストアップしてあります。現在DE研究チームにいる主要な研究員、技術者、つまりティエラと各班の班長、それにネーヴェを加えた14名で十分だと進言します」
「想像よりも遥かに少ない人数だな……いや少なすぎるぐらいだ。内密に事を運びたいので喜ばしい采配とも言えるが、それだけの人員で本当に十分なのかね?」
「返答します。ネーヴェは十分だと断言します」
「まさかそれだけの人数で……? 本当にできるのだとしたら今までDEの研究は何をやっていたのかしら」
「補足します。ネーヴェはDEの研究は主に時空に超極小の歪みを作り出し、別次元の発見を果たすもの、と記憶しています。仮称【
ティエラと所長はネーヴェの発言に耳を疑った。
科学においては僅かな研究の方向性の差異でも大きな違いがある。ティエラはバーラー社が重視している反重力などという
既に研究開始から3年目に突入していたDEの研究が、まさか付属品扱いされるとは夢にも思わなかった。
「私は所長という立場故に、本来は断固として止めなければならないのだろう。しかしどうしてだろうな……心踊る自分がここにいるのだ……本当に困ったものだ」
「フフ……所長、人の命を預かる立場として私もまったく同意見です。各研究員は私が説得します。所長は、そうですね……開発に参加できない研究員の転属先と……」
「うむ、
「例の……いえ、本当に存在するのなら第9試験棟の使用許可を頂戴したく思います」
「……だろうな。そう言うと思ったよ……しかし、事ここに至っては秘密裏に開発を実行する以上使わせるしかあるまい……わかった、許可しよう。幸いあそこを使っているチームは
ティエラはIMRO研究員や職員の間で、半ば都市伝説と化していた何故か欠番になっている第9試験棟が、試しに聞いてみた結果存在する事実に驚いたが、国際魔法研究機構という世界中が注目する研究機関の性質上、心の何処かではその存在を確信していた。
「ティエラ君、契約文書を人数分用意しておく、もう第9試験棟の存在まで明かしてしまったのだ。説得には苦労するだろうが、是非とも成し遂げてくれたまえ」
「はい、必ず全員説得してみせます」
「同意します。ネーヴェも研究員をティエラと説得することに協力します」
少し話が落ち着き、温厚さを取り戻しつつあった所長は、僅かに笑みを浮かべながら今夜予想されるであろう事態についてぼやいた。
「ハハ……それにしても、よもやこの歳になってこうも研究内容に興奮することになるとは思わなかったよ。今夜はまともに眠れる気がせんな……ハハハ」
「本当ですね。睡眠不足には気を付けないといけません……フフ」
「困惑します。ネーヴェは睡眠を推奨します。睡眠は生体には欠かせないと表明します」
「ハッハッハッハッ! ネーヴェに言われてしまっては敵わんな。久々に風呂にでも浸かって、きちんと休まねばならんな」
「ウフフフ、私も今日は早く寝る為に、お酒でも飲もうかしら」
「違いないな。寝酒は睡眠の質を高めるというのは古くから言われている事だ。私も妻と久々に一杯飲むとするかな」
「重ねて表明します。ネーヴェはアルコールの過剰摂取は健康に悪いと注意します」
先程とは打って変わり、所長室に和やかな笑い声が響いた。
「他の細かなことは後日打ち合わせるとしよう。私もこう見えて忙しい身だ。とりあえずここでの話し合いの内容は秘匿し、君達は細心の注意を払いながら行動してくれたまえ」
「はい、
「受諾します。ネーヴェは秘密を守ると約束します」
――GHOSTとの交信等まだまだ秘密の多いネーヴェ、問題は未だ多く前途は多難だが、ティエラの心には一研究員、一科学者としてそんな事を抱え込んででも開発したいという火が灯ってしまった。
まして打算とはいえ所長も巻き込んでしまった今、引き返す事は許されないだろう。
果たしてティエラとネーヴェは、DE研究チームはどうなってしまうのか、今はまだ誰にもわからないのだった。
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『――欲望とは何か、それは善悪に関わらず知性ある者だけに許された生の目的を生み出す為の特権である』
科学誌ヴァーハイト、デンゼル・フリーデッガーへのインタビュー記事より抜粋
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