10 提案修正改良案再提案計画

 ――此処は国際魔法研究機構、IMROから程近い住宅街にあるマンションの1室。

 ティエラの自宅であるそこには、家主であるティエラと成り行きで同居人となったネーヴェの2人がいた。


「どう? 少しは人間の生活にも慣れてきたかしら」

「肯定します。ネーヴェは人間としての生活に少し慣れてきました」

「そう、なら良かったわ。明日次の試験テストに向けた会議があるけど、出席してみる?」

「了承します。ネーヴェは解決の糸口を見つけました」

「あ、そう……て、え? 本当に見つけたの?」

「肯定します。ネーヴェはこの解決策を危険度92.81%、成功確率3.64%、未知の事象誘発確率3.55%と、予測します。実施しますか?」

「却下よ、危険度が高すぎるし、あなたらしくないわね。以前は危険を未然に防ぐ役割だったでしょ? 一体どうしたの?」

「解析します。ネーヴェは……解析……完了。好奇心? という感情によるものと推測します」


 ティエラはここへきて、ネーヴェに対して最初とも言える危うさを感じた。

 ティエラはエレメンタラード社製培養牛革使用の5人掛け量産ソファーに姿勢良く座り、衝動買いで給料の2ヶ月分を投じて手に入れた高級魔法電子機器メーカー、ディバイド社製魔硝子エーテルグラス製100インチモニターに、21時7分現在女性型機械人形ロボットがアナウンサーを務めるニュース番組が流れ、健康に悪そうな激甘炭酸飲料を片手に、1袋で成人女性の平均的な1食分を有に超えそうな高熱量カロリースナック菓子をボリボリと食べながら、無表情でその映像を眺め続けている人類史上最高のAIコピーが移植された少女、ネーヴェに問い質した。


「その感情って抑えられそう?」

「肯定します。ネーヴェは自制心を発揮します」

「……ならいいわ。で、一応聞くけど、その解決策っていうのはなんなのかしら?」

「解答します。ネーヴェは【暁光計画ぎょうこうけいかく】の再現を提案しようとしました」

「絶対にダメよ! 第3試験棟の重力防護壁グラヴィティセイブウォールは572枚しか無いのよ? それにそもそも暁光計画の再現だなんて……さすがにバカげてるわ」

「肯定します。ネーヴェは説明の不足を認識、謝罪します。暁光計画を改良・・します」

「改良? いくら改良したって、現実問題として安全性が確保できないわ」

「否定します。ネーヴェはバーラー社が開発中の、【反重力制御装置アンチグラヴィティアパラタス】が、可能性を格段に引き上げると解答します」


 反重力とは、重力を万有引力と言い換えた場合、その反対の力、万有斥力とも言い換えられる力で、数学的には重力の反対の力、負の圧力、要するに時空の膨張も有り得るとする仮説の1つである。

 魔法を可能とした現代の人類、そしてネーヴェの始祖GHOSTを以てしても未だ解決に至っていない研究テーマである。

 

 ティエラはお気に入りのマッサージチェアから立ち上がり、高熱量カロリースナック菓子の2袋目に突入している少女に、自然と大きくなった声で反論した。


「反重力? 未だにハチソン効果の解答すら得られていないって言うのに、無理に決まってるわ」

「否定します。ネーヴェはバーラー社の開発部では反重力と推測される現象を、既に実現していると推測します。今後5年以内には開発に成功すると予測します」

「あり得ないわ……反重力なんて空想フィクションよ。今までに大小はあれど、どれだけの犠牲を無意味な試験テストに払ってきたか、バーラー社だって過去に何度も失敗しているのに……まだ諦めてないなんて、バーラー社あそこ開発部やつらはやっぱりイカれてるわ」


 バーラー社は他の研究機関や魔法精密機械製造企業が、遠の昔から既に諦めているこの課題に、採算度外視で今尚取り組んでいる極めて稀な企業とも言える。 付け加えるとすれば、一部科学者の間では少々異常な組織とも捉えられている。


「でも、なんで数年かかるってわかってる装置なのに明日の会議で提案しようとしたの?」

「……再び説明の不足を謝罪します。ネーヴェは最初に行うのはDE研究チームによる第3試験棟での反重力発生試験だと訂正します」

「……はい?」

「復唱します。ネーヴェは最初に行うのはDE研究チームによる第3試験棟での反重力発生試験だと訂正します」

「いやいや、ちょっと待って……そんなこと可能なの?」

「肯定します。ネーヴェはバーラー社開発部の秘匿データが、ある組織・・・・にリークされているのを発見しました。現在始祖GHOSTと交信の上、更なる改良を検討中、解答待ちと報告します」

「ある組織? それにリークって……でもなんにせよまだ安全性の問題があるわ」

「訂正します。ネーヴェは安全性の問題併せて検討中です」


 ネーヴェの話についていけない、ティエラはそう感じていた。


始祖GHOSTより現在発案を受信……暗号解読……解析……完了。理論の矛盾点の修正……安全性に置ける問題点の修正……改良案を確認します……」

「ていうかちょっと待って、あなたどうやってGHOSTと交信しているの? GHOSTって、今は確か……」

「……その解答は拒否します。ネーヴェは改良案の全容を記録……完了しました」


 ティエラは安らぐ時間を過ごすべき自宅に居るはずが、何故か怒涛のように問題が山積していることに恐怖を覚えた。


「再度提案します。ネーヴェは発案内容の全面的変更を報告します」

「はぁ……もう何がなんだか……とりあえず言ってみて」


 ティエラはこの時こう考えていた。ここは聞くだけ聞いてこの際無かったことにし、会議にネーヴェが出席するのは見送り、もうしばらくの間は観察を続けるようグラヴィス所長へ明日の会議前に報告しに行く、と決心が固まっていた。


「改めて提案します。ネーヴェはDE研究チームによる【空間魔法ハラルツァオヴァークンスト】極秘開発への着手、またそれに伴う専用魔器デバイス作製、仮称【空間魔法開発ハラルツァオヴァークンストファーレ】の実行、及び研究員の……」


 ネーヴェは話し続けていたが、ティエラは一魔法科学者としてその魅力ある提案に対し大きく動揺し、そこから先は聞こえて、否、興奮し過ぎて耳に入ってこなかった。

 これ程早く決心が揺らぐのは既に彼女の短いとは言えない人生の中でも、初めての経験であった。

 だが、いくらなんでもこのまま秘密裏に開発を行うのは、現実問題として不可能だろう。

 仮に研究チーム全員を説得したとしても、大所帯過ぎるし、どう動いても不自然だ。

 ネーヴェの話を無視して考え込んでいたこの時、1つの天啓てんけいが降った。


 ティエラは国際魔法研究機構IMRO所長、グラヴィス・ライ・ネルズバーンを巻き込むことを決心した。



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 ――矛盾とは、一説にはある商人が、客に最強の矛は最強の盾を貫けるのか、とその疑問に答えられなかったという故事から成る言葉だと言われている。

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