11 美少女用経費上乗陳情計画

 ――此処は国際魔法研究機構IMRO中央棟受付案内前。現在時刻は午前10時24分、ティエラは受付で盛大に揉めていた。


「で・す・か・ら! ヨングスさん! 所長への面会申請は午前10時までに・・・! って何回も言ってるじゃないですか!」

「だ・か・ら! 規則なのはわかるけど研究上重要・・なことで面会したいの! わかる!?」

「わかってるなら申し上げます! 規則は規則です! 一体1日何人の人が面会申請しに来るかわかってるんですか!? 所長は多忙なんです!!」

「あ~! もう! こんなとこでもたもたしてたら会議が始まっちゃうのよ! 誰か別の人呼んでくれる!?」


 憤慨し合う大人同士、それも女性の大人同士の言い争いは、中央棟1Fメインホール内の注目を軒並み集めていた。


「おい、あれ見ろよ、また例のピンク髪だぞ」

「ああ、またやってんな、学習しろってんだよな」


 ティエラの強力な睨みは若い男性研究員2名を眼力だけで散らした。


「もう! ラチが空かないわね!」

「こ・ち・ら・の・セ・リ・フ・で・す・!」


 と、そんな時知ってか知らずか、恰幅が良く見るからにそれなりの立場の人間とわかる壮年男性が通りかかった。


「あ! グラヴィス所長! あの! ちょっと今いいですか!」

「やあ、ティエラ君じゃないか、どうしたんだね? 何か慌てているようだが」


 ティエラはその格好から役員と思しき壮年男女2名と、微かに見覚えのある秘書の若い女性もいることに今更ながら気付いたが、そんなことには今構っていられないと華麗に存在ごとスルーして所長に手招きすると、寄ってきた所長に小声で耳打ちした。


「所長、経費を上乗せしてください。ネーヴェの胃袋に付き合ってたら破産してしまいます。それと……」

「なんだ、わざわざ手招きまでしてコソコソと話すことなのか? そんなことかね。そこの君、ちょっといっ……!」


 ティエラは慌てて所長の襟首を掴み、強引に会話を遮った。


「な、なんだね強引に! 経費ぐらいでそこまでしなくとも」

「ネーヴェのことですが経費だけじゃないんです! あ、経費だけじゃないんです……」


 ティエラは咄嗟に大きくなり過ぎた声を抑えたが、あまり周囲に対する効果は期待できそうではなかった。


「一体どうしたというんだね……ネーヴェに何か問題でも? 定期診断や君からの経過報告では特に問題は無さそうに思えたが」

「……ここじゃ話せないんです。時間を作ってください。非常に危険かも知れないんです」

「……どうやら私が想定したよりもそれなりに逼迫ひっぱくしているようだね」


 所長は襟を正すと腕時計を一度確認し、秘書らしき女性に手招きすると今日の予定を確認した。


「うーむ……そうだな、ヘラルド社の役員との会食を明日に回せないか?」

「はい、可能だと思います。すぐに連絡致しますか?」

「ああ、たの……」

「あの所長、その……今からとか? は、無理……ですよね?」

「何ぃ? これから環境庁の長官と会合なのだぞ? いくらなんでもそれほどのことなのか?」

「あ……はははは……ですよねぇ……いえ、夕方で大丈夫です……ただなんで早く言わなかったんだ。とか、そういうのだけは勘弁していただけたら……まあ、はい」


 所長は普段の温厚さを忘れ、腕を組み、頭を上下に動かし、片足を小刻みに震わせながら考えていた。

 その所長の様子に秘書の女性は、もしかしたら自分は環境庁の長官との約束をキャンセルしなければならなくなるのか、と想像し急激に体温が低下していくのを感じた。


「まったく……むぅ、どうしたものか…………わかった。わかったよ。君、環境庁に連絡してくれ! 今日の予定は後日に改めさせてもらうと!」

「所長! ありがとうございます! もう私だけではどうしたらいいのかわからなくって!」


 その瞬間、これから共に向かうはずだったであろう役員2人は所長の有り得ない判断に石のように固まり、秘書の女性はその場に崩折れ意識を失った。


「大したことじゃなかったら経費どころか減給だからな! わかっているのかね!?」

「もちろんです! ものすごく重要かつ危険極まりないことです!」

「う~む……では行くぞ! 所長室まで一緒に来なさい!」

「はい! 行きましょう! はあ~良かった~! って、会議の時間ずらさないと……え~っと、ノアノア……あ、もしもし~」


 その後、このメインホール受付前での出来事を知らずに受付に来た者は、受付の女性のあまりの剣幕に誰も近寄ることすらできなかったという。



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『――不可能を可能にするのが発明家の仕事か……そうではない、人生における時間ざいさんのほぼ全てを研究に没頭し、宇宙の如き深淵、その何処かにある一条の光明を探し出せた者だけが・・・発明家と呼ばれるのだ』


 科学誌ヴァーハイト、ベルヒルト・ラスティンスタインへのインタビュー記事より抜粋

 

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