第3話「子爵と子爵夫人」

『……ちょっと考えてみるわ』


 ルーネイス王国の女王エレンシア・ルーネイスの婿探しは一歩だけ前進したのだった。


『姉に幸せになって欲しい弟の気持ちも考えてくれ』


 そう告げたエレンシア女王の幼馴染であるディオン・エルザードは二人の子を持つ父親である。


 家に帰れば妻と息子と娘が待っている。


「お帰りなさいませ。旦那様」


 屋敷に戻ったディオンを迎えるのはエルザード子爵夫人のアリス・エルザードだった。


「……………」


「どうしました。ディオン様」


 妻の言葉にディオンは俯く。


「嘘をついてしまった」


 ディオンはゆっくりと口を開いた。


「王国のためも本当だ。エレンの幸せも本当だ」


 ディオンは静かに呟く。


「でも、エレンを他の男に取られるような気がして嫌なんだ」


 何の前振りも無く言われたにも関わらず、アリスはつぶさに状況を理解した。


「ならディオン様が手に入れればよろしいではないでしょうか」


「えっ」


 ディオンは驚いた表情でアリスを見る。アリスは優しく微笑んでいる。


「それってどういう━━」


「「お父様!」」


 子供たちがディオンに向かって突進してくる。


「マイス。シア」


「「お帰りなさい」」


 今年で三歳になる可愛い双子達に出迎えられた。


「ただいま。二人とも。……アリス。今の言葉」


「さあ、お父様がお帰りになりましたから食事にしましょう」


 ディオンは妻の言葉の真意を聞く事は出来なかった。




 アリス・エルザード。旧姓アリス・ミデンはミデン男爵家の出身である。


 ディオン・エルザードは女王との関係性から多数の貴族から正妻や側室の申し入れがあった。三公爵からもそれぞれ正妻候補側室候補を勧められた。


 最終的には従兄妹のアリスにある条件を付けて結婚した。


 ディオンに妻はひとりである。側室はいない。三公爵からは割と結婚後も勧められたが断固として断っていたのだ。




 王宮に泊まることの多いディオンだが、自分の屋敷で眠るときは妻のアリスと一緒に寝ている。


「アリス」


 共に眠る妻にディオンは話しかけた。


「さっきの言葉はどういうことだ?」


「そのままの意味です。女王陛下のお産みになる王子の父親が貴方でも問題ないと思います」


「いや、いろいろ問題だらけだろう」


 アリスの問題ありすぎる発言にディオンは思わず身体を起こした。


 女王の伴侶なら公爵家か侯爵家。最低でも伯爵家の直系でなければならない。


 ギリギリアウトだがこの場合なら子爵でもいいだろう。子爵家当主で独身であれば。


 つまりディオンがエレンシアの子の父親になるということは色々な問題があるのだ。


「あら。陛下が生涯子供を産まない事に比べたら大した問題ではないでしょう」


 アリスも身体を起こしてそう答えた。ディオンは無言になって考える。


『ディオン・エルザードがこの世で最も愛するのはエレンシア女王陛下ただ一人である。結ばれない相手だとしても俺は陛下を想い続ける。たとえ誰か別の伴侶を得ようともそれは変わらない。それでもいいか?』


 かつてディオンがアリスに結婚の条件として告げた言葉だ。


 アリスはそれを受け入れた。


「俺の子供をエレンに産んでもらう?そんなこと上手くいくわけない。上手くいったとしても君はそれでいいのか?」


「ディオン様は陛下と結ばれても私と子供達を捨てたりはしませんよね」


「もちろんだ」


「なら問題ありません」


 アリスは平然とそう答えるとディオンにキスをしてそのまま眠りに着いた。


 ディオンは無言のまま眠る妻の姿を見て、再び横になった。


 その日、ディオンは眠れぬ夜を過ごすことになるのだった。

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