第2話「既婚者の願い」

 ディオン・エルザードは既婚者である。


「エレン。結婚してくれ」


 その既婚者の口からとんでもない発言が飛び出した。


「ディー。その発言は誤解を招くわよ」


 エレンシアにそう言われてディオンは自分の失言に気付いた。


「あっ。ごめん」


 そう言われて周りを見る。


「いや、大丈夫だ。誰もいないから誤解は起きないよ。それよりエレン」


 ディオンはこの国の最高権力者に詰め寄る。


「このままだと王国は滅ぶ」


「今言ったでしょう。別に血筋のいい子は探せば何人かいるわよ。私が無理に産む必要もないわ」


 うんざりとした感じでエレンシアは告げた。


「でもそれを決めるためにまた内乱になる」


 若き日に内乱を経験したディオンの言葉には重みがあった。


「そうなる前に私が後継者を決めておけばいいだけじゃない」


 エレンシアはあっさりとそう告げた。それを聞いてディオンの表情が変わる。


「そんな簡単じゃない。遠縁から選ぶとなればそれに乗じてまた三公爵が争い始める。誰かに有利な後継者を選べば残りの二勢力が敵に回る。状況によっては軍勢を率いて来る諸侯がいるかもしれない。エレンだって軍勢相手に立ち向かうわけにもいかないだろう」


 もっともな意見にエレンシアは顔をしかめる。


「だから。私に好きでも無い男の子を産めと言うの?」


 数年間これで逃れてきたエレンシアだが今日のディオンは違った。


「エレン。どうしたら結婚する気になる?」


「私より強い人物と会えたら考える」


「そんな人物はいない」


 繰り返すが国内外の目ぼしい男性はあらかたエレンシアにぶっ飛ばされていた。


「気にいった人物はいないのか?」


「いない」


「ちょっとでも結婚していいって思える相手はいないのか?」


「いない」


「そもそも結婚しようと考えた事はあるのか?」


「ない」


 取りつく島もなかった。


 しかも最後は結構問題発言だ。


「一つ年下の俺が結婚するまで次から次へと大貴族の令嬢を紹介し続けてくれた幼馴染に同じことをしてやりたいのをおさえているんだぞ。エレン」


 ディオンは怒鳴った。もう死刑に出来るくらいの不敬罪を犯しまくっているがそんなことは気にしない。


「エルザート卿。口を慎みなさい」


 こんなときだけ女王に戻ってエレンはディオンに命ずる。


「かしこまりました。陛下。……なんて言うと思ったか」


 ディオンはさらに詰め寄る。


「結婚してくれ!」


「だからその発言は━━」


「結婚してくれ!」


「……誤解を━━」


「結婚してくれ!」


「……………」


 戸惑うエレンシアをよそにディオンはひたすら「結婚してくれ」と連呼した。彼ももうどうしていいかわからず半ばやけになっての行動だった。


「……ちょっと考えてみるわ」


 顔を背けながらエレンシアが静かに呟いた。


「本当か?」


 ディオンの顔が明るくなる。


「ちょっとよ。ちょっとだけ考えてみるから。そんなに詰め寄らないで」


 なりふり構わずの不敬罪満載のディオンの行動が譲歩を引き出した。


 もしもここに三人の公爵がいたら、三人はそれぞれ盛大な拍手をしてディオンの爵位も子爵から伯爵まで上がった事だろう。


「ごめん。エレン。王国の事もそうだけどそれ以上に君にも幸せになってもらいたいんだ」


「年下のくせに生意気ね」


「姉に幸せになって欲しい弟の気持ちも考えてくれ」


 兄弟同然に育ったディオンの切実な願いだった。


「本当に、考えてみるだけだからね」


「それでいい。大きな前進だ」


 こうして、女王の婿探しは一歩だけ前進したのだった。

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