第231話 殴り合い

僕はバーディーを抑え込もうとした。

これは、殴り合いよりは、抑え込みの方が勝ち目があるんじゃないかと思ったからである。

この手の技術テクニックは、少しソズンさんに習った。


「やれー、やっちまえー」

「拳で語れや」

見物人の冒険者達は、無責任に囃し立てている。



「やりやがったな、クリフ!」


バーディーは、僕のこめかみ肘鉄を食らわした。


痛っ。

その隙に、バーディーと僕の位置が交代する。

僕がバーディーに抑え込まれる体勢になる。


「バーディー、お前、故郷くにに帰れ!」

下から耳元で怒鳴ってやる。


今、キーンときただろ?

力が緩んだ。

関節技をかけようとしたが、バーディーはうまいこと逃げた。



先に立ち上がったのは、バーディーだ。

「俺に指図するな、クリフ!」

遅れて立ち上がる僕に殴りかかってくる。


なんとかブロックする。


「指図するさ。

こんな間抜けな状況見てられるか!」

フェイントをかけて、パンチ一発。

お、当たった。


「全然効かねーぞ、そんなへなちょこパンチ」


そうだろうね。

でも、バーディーのパンチもたいして効かないぞ。

体力落ちてるんじゃないのか?



「君らは、ロイメの冒険者社会じゃ成功できない。

夢は捨てて、故郷くにに帰るんだ」


夢はSランク冒険者だ!

むかしバーディーは言っていた。

しょせん夢だ。

でも、あの頃は、もしかしてもしかしたら、いけるかもと思っていた。

今はそうは思えない。



「バーディー、ロイメの有力パーティーのリーダーがどれだけ凄いか知らないだろ!」


短い間に何人ものリーダーに会った。

ハロルドさん、ネイサンさん、他にもシオドアとか、ジェシカ・ダッカー!とか。

みんなそれぞれに凄い人だった。



「うるせーな。俺は若いんだ!これからだ!」


「なら、勉強しなきゃな。

『青き階段』で勉強しろよ!

当面の金は出してやるぞ」


「お前に上から目線でそういうことを言われると、心底ムカつくんだよ!

俺達は勉強虫の魔術師じゃないんだ!」


バーディーの右アッパー。

大振りだ。僕でも避けれる。


「田舎とロイメは違うんだよ。

違う環境で、違う技術が必要なんだ。

だから勉強しなきゃいけない。

以前のクランで友達だった、ロランドだって勉強していたぞ。

スカウトになりたいって、『風読み』で勉強していた」


僕のパンチ。

案の定というか、当たらない。



「この押し貸し野郎が!」


「自分に投資せずに、上にいけるわけないだろ!

契約書もろくに読めないクセに」


バーディーのパンチが顎に当たった。

これは効いた。

当たり前だが、バーディーの方がリーチが長いのだ。



「クリフ、いい加減にしろ!」

サットンの声が聞こえる。


チラッと見ると、ダレンさんと数人の冒険者に抑え込まれている。

サットンがバーディーに加勢しなかったのは、このせいか。


「君のやり方を押し付けるな。

僕達は僕達なりに真面目にやって来た。 

これからもそうする。

それが一番良いんだ。

僕は故郷でそう習った」

サットンは言った。


「サットン、ロイメじゃ真面目にやっても報われないことは、よくあるぞ!

良い例が僕だ。

真面目にやってたけれど、あっさり『暁の狼』を追放されただろ?」


サットンは押し黙る。



僕とバーディーはというと、……息が切れてきた。

お互い腕をブンブン振り回すが当たらない。



「僕がなぜ追放されたのか。

意味がわかったよ。

君達は僕が嫌いだったからだ。

君らが僕を嫌うにも理由はあるんだろう。

その後が良くない」

僕はマシンガントークでしゃべる。


ストレスが溜まったり、疲れたりすると僕はこうなるのである。


「バーディーとサットンを責めているわけじゃないさ。

今なら追放された理由も分かる。

パーティーがうまくいってなかったからだ。

パーティーがうまくいかなかった最大の理由は、バーディーがリーダーだったからだ。

リーダーは僕がやるべきだった」


あれ、なんか余計なこと言った?



「何言いやがる!

お前みたいな陰キャがリーダーやって、うまくいくわけないだろうが」

バーディーの左フック。

おっと危ない。

避けられたのは、運だ。


「うまくいくとは言ってない。

だけど、マシだったはずだ。

少なくとも、契約書で騙されることはないさ。

メリアンに聞いたぞ。

騙されたんだろ?」


「あの時は、クリフとレイバンが出て行った後で、焦っていた。

バーディー1人に任せたのも良くなかった。

今度は2人で確認するし、必要なら誰かに見てもらう。

あんな失敗はしない」

サットンである。


「そうじゃない。そもそも……」

僕が言いかけた時だ。



バァンリーン。

『青き階段』の扉が勢いよく開いた。


「おおい、大ニュースだ。

冒険者ギルドがダンジョンを開くそうだ。

先行して潜ったギルド関係者によると、魔石がじゃんじゃん出てるらしいぞー!!」


「なんだって?」

「魔石がじゃんじゃん!?」


「ダンジョンの入口前には冒険者が集まり始めてる。

多分、早い者勝ちだぞー!!」



冒険者達は、色めきたった。


「すぐ準備しろ」

「メンバー集めろ」

「ちょっとトイレ行ってくる!」


何人もの冒険者が、僕とバーディーの喧嘩を放って出て行く。



「サットン、ダンジョンが開いた。潜るぞ」

バーディーがゼイゼイ息をしながら、言った。


「バーディー、装備がしちに入ってる」

サットンが返事をする。


「装備なんて、そこらの石でも棒でもいい。

じゃんじゃん出てるんだろ?

チャンスを逃すな。

俺達は冒険者だぞ」


「やめろ、バーディー。

ダンジョンはろくに準備をせずに潜るような場所じゃない。

命を大事にしてくれ」

僕は止める。


「誰がお前の言うことでなんか聞くものか。

断固行くぞ、サットン」


サットンはため息をつく。

どうやら、バーディーに従うつもりのようだ。


止めろよ!



──とどめる我を振りほどき


ふと、冒険者達の葬儀を思い出す。

マデリンさんが弔いの歌を、歌った。


──ラブリュストルの御手を取り


「もたもたするな、サットン!

みんな、早い者勝ちだと言ってる。

運が開いた」

バーディーは言う。


──青き階段下らんと


青き階段とは、伝説でロイメのダンジョンの最深層にあると言われる階段だ。

ロイメでは『青き階段を下る』とは、『帰れぬ旅に出る、死出の旅に出る』という意味になる。



僕には、バーディーとサットンが、ダンジョンの神ラブリュストルに呑まれるのが見えた気がした。


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