第230話 バーディー
押し貸し?僕が?
押し貸しの意味は知っている。
「いや、違う。僕はそんなつもりじゃない」
「違わないだろ。
僕達は金を貸してくれなんて頼んでない。
クリフが一方的に金を押し付けようとしている。
押し貸しじゃないか!」
「押し貸しかー」
「そうかもなー」
「クリフの坊主もあくどいことやるようになったもんだ」
見物人の冒険者達がザワザワ勝手なことをしゃべる。
「黙りなさい!」
ユーフェミアさんが一喝した。
ざわめきは少し静かになったが、止まらない。
ビミョーに場の空気が悪い。
もしかして、ここにいる冒険者達はバーディー達に同情してる?
冒険者達に田舎出身者は多い。
田舎から出てきたバーディー達。
ロイメ生まれで1級魔術師の僕。
ここにいる冒険者達、どちらに心情は近いか?
もしかして、談判としてこれヤバい?
バーディーとサットンは、僕をにらみつける。
「つまり僕から金を借りるつもりはないと?」
「当たり前だ。
僕は誰からも金は借りない。
金を借りるとあっという間に利息が
絶対に借金は駄目だと、ばあちゃんに教わった」
サットンは言った。
サットン(またはサットンの家族)は、借金にトラウマがあるようだ。
田舎の農村では定期的に飢饉が起こる。
種籾が足りなくなる。
借金で種籾を買う。
次の年、豊作になっても借金を返しきれない。
そして借りた年数が伸び、利息が
こういうことは、よく起きるらしい。
「僕の家は、年5/100の利息で金を借りた。
毎年返し続けたけど、返すのに14年もかかった。
結局借りた額の倍返すことになった。
借金は絶対するなと教わった」
サットンは言った。
あれ?
僕の中で数字が違和感を奏でる。
「ちょっと待ってくれ。サットン。
複利の計算なら対数だ。
説明するけど……」
僕は頭の中で数の線を走らせる。
「金なんてものは、借りれるうちはを、喜んで借りれば良いと思うがなぁ」
ここで、ザクリー・クランマスターがのほほんとした声で割り込んだ。
ロビーの冒険者達の空気がパッと変わる。
「さすが、クランマスター!」
「ま、そうだよな」
「借りれるうちは借りりゃいいんだよ」
「俺もガンガン借金するぞ!」
いやいや、あんた達、さっきまで違うことを言ってたでしょ。
ゴホン。ユーフェミアさんが咳払いした。
「クランマスター、あまり適当なことを言わないでください」
「しょうがないっスね。俺が契約書を見てやるッスよ」
冒険者連中から、【気の利く男】ギャビンが出てきた。
「ふむふむ、レベル4の魔石契約書ね。
期限はなし。ここは良いッスね。
返済は2倍。普通ッスよ。
債務は譲渡不可。
本人以外の返済は認めない、ええとこれってどういう意味ッスか?」
「本人以外の者は返済できない。
これで、家族や仲間に借金取りが行かなくなります」
ユーフェミアさんが答える。
「これ、何が問題なんスか?」
「問題は、……強いていうならクリフさんの貸し倒れリスクが上がることですね」
「おーい、クリフ・カストナー、その条件で俺にも貸してくれ。
レベル4の魔石を取れたら返すから」
『深淵探索隊』の誰かが言った。
嫌だよ。
今の『深淵探索隊』じゃ、取れてもせいぜいレベル3だろ?
「だいたい、俺じゃレベル4の魔石の借用書なんか、そもそも書かせてもらえないしな」
「だよな。金がなきゃ、装備を
レベル4の魔石の借用書は、第四層や第五層で活躍するようなハイレベル冒険者が金を作る手段だ。
バーディーとサットンは、昔なじみだからこの条件で貸すのである。
もちろん貸し倒れの覚悟はできている。
冒険者達の空気は完全に変わった。
まあ、ザクリー・クランマスターが味方に付いたからな。
僕は二人に向きなおる。
「はっきり言う。悪い条件じゃない。
二人とも痩せ過ぎだ。
身体を回復させないと、ダンジョンが開いても潜れないぞ」
僕は言った。
朝から準備していた言葉である。
サットンは言い返そうとして言葉に詰まる。
オシっ。後はバーディーを説得すればよい。
「断る」
バーディーが言った。
「なんでだよ!」
「悪くない条件なのかもしれないが、断らせてもらう」
「だから、なぜだって聞いてるんだよ!」
「クリフ、お前が嫌いだからだ!」
バーディーは緑の瞳を輝かせながら言った。
お前が嫌いだからだ。
嫌い。
きらい。
キライ。
僕の中でバーディーの言葉がこだました。
ひどくない?
ひどいよ。
こんなに頑張ったのに。
談判なんて苦手だし、やりたくないのに。
二人のために頑張ったのに。
嫌いって!
「クリフ、お前泣いてるのかよ」
その時、僕は目から涙がこぼれていることに気がついた。
僕、泣いてるのか。
ショックで。
ノーノー、これは涙じゃない。目の汁だ。
「泣いてないよ!」
「どう見ても泣いてるじゃないか。
俺に嫌いと言われて、そんなにショックだったのか」
バーディーは僕を小馬鹿にしたように言った。
「クリフ、俺はお前が……」
バーディーの口が歪む。
ベチャッ。
僕の張り手がバーディーの顔のど真ん中に命中した。
僕は思わず手を出していた。
言っておくが、僕は暴力は苦手だ。
だいたい腕っぷしじゃかなわない。
口喧嘩と屁理屈で勝つのが僕の流儀だ。
だが、手を出した。
出してしまった。
僕は自分自身の暴力に呆然としていた。
ドカッ。
頬が熱くなる。
呆然としていたところを、バーディーに殴られたのだ。
僕は二三歩後ずさる。
ロビーの空気が変わった。
見物人の冒険者達が興奮したのが分かった。
その時、向かいにいたコジロウさんと目が合う。
コジロウさんは小さく頷いた。
僕は意味を悟る。
暴力なんざ馬鹿馬鹿しい。
理屈で考えればそうだ。
でも、この世は理屈だけでは動かない。
冒険者社会は特に。
そして、僕は冒険者である。
「殴ったな、この恩知らずが!」
僕はそう言うと、バーディーを殴り返した。
バーディーは避けるが、そこに足技を食らわせる。
バーディーは大きく転んだ。
僕はそこにのしかかる。
今やってることは、馬鹿げたことだ。
だが、冒険者である以上、
押し貸し呼ばわりされて、
殴られて(先に手を出したのは僕だけど)、
黙って引き下がるわけにはいかない。
たとえ、勝てなくても、
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