第16章 僕と『暁の狼』

第223話 ロイメに呑まれる

次の日の昼過ぎ、僕は『青き階段』へ向かった。

二日酔いもなんとか治まった。

途中で売れ残りの弁当を買った。


ロビーのいつものテーブルには、既にメリアンとキンバリーがいる。


「やっほー、クリフ!」

メリアンはご機嫌に言った。



僕はテーブルで弁当を食べる。

まあ、不味くはない。


「良い結婚式だったわね」

向かいのメリアンが言った。


「とても良かった」

斜め向かいのキンバリーも言った。



僕は二人の話よりも自分の思考に没頭していた。


あの時、掴んだバーディーの腕は細く、頬はこけていた。

僕がまだ『暁の狼』にいた時、最後に見た時は、あんな風ではなかった。



ダンジョンが閉鎖されて、ロイメは不景気だ。

バーディーはかなり困った状況にあることは想像できる。

悪そうな連中にも絡まれていたし。



「ちょっとクリフ!聞いてるの!」

メリアンの甲高い声が言った。


「ああゴメン。

ちょっと考え事をしていたんだ」

僕は答える。


「へえ~。何よ。

言ってみなさいよ」


「昨日、帰り道にバーディーとサットンに会ったんだ」


途端にメリアンは、しかめっ面をした。

なんだよ、言えっていったのはメリアンだろ!



「クリフ・リーダー。

その人達と何かあったの?」

キンバリーが割って入る。



「バーディーとサットンは、裏道で悪そうな三人組に絡まれてたんだよ。

僕が明かりの魔術で脅かしたら、三人組は逃げてくれたんだけどさ」


「で、旧交を温めたわけ?」


「いや、僕とろくに目も合わせずに、二人で逃げて行った」

僕は正直に答えた。



「クリフ・リーダーに助けて貰ったのに恩知らず」


「ロイメは広いようで狭いから、そういうこともあるんじゃない?」


「随分痩せていた。

ろくに食べてないんじゃないかな……」


しばらくの沈黙があった。



「考えてもしょうがないでしょ。

ロイメってそういう街よ。

基本的に他人に無関心。

市の公共事業も始まるって噂だし、二人でいるんだし。

なんとかなるんじゃない?」

メリアンが言った。


かもしれないじゃないか」

僕は言い返す。


「何が言いたいの?

考えても仕方ないでしょ。

まさか助けたいとか言うんじゃないでしょうね?」


メリアンは青い目でまっすぐ僕を見た。

僕はメリアンを見つめ返す。

うん。今言われてスッキリした。


「そのまさかだ。

僕は二人を助けたいと思っている」

僕は宣言した。



「はあああ?

何をどうすればそういう結論になるわけ?

おかしいでしょ!」


「そんなことない。

僕は二人を助けたいと心の底から思っている。

放っておけないよ。

二人はまだ18歳なんだぞ」


「私は19歳よ!」


あ、うん、そうだよね。

メリアンは19歳だ。



「言っておくけど、二人はよくクリフの悪口を言っていたわ。

追放した後も清々したって」

メリアンは言う。


これは以前も聞いた。

前回は強がったけど、改めて聞くと、切ない。

追放された僕は、二人を特に嫌っていないのに。


「追放された人間が、なぜ追放した相手のことを助けなければならないのよ?」


「別におかしくないだろ。

僕だってメリアンを助けたし」


メリアンは椅子を揺らして立ち上がった。

メリアンの形の良い眉は釣り上がり、頬は過去最大級に膨らんでいる。

ヤバイ。失言した。



「……悪かった。僕が間違った。

メリアンを助けたのは、レイラさんだ。

僕じゃない」


メリアンは2〜3回首を振ると椅子に座り直した。

頬は膨らんだままだけど。



「なんでまた、助けようなんて思ったのよ……。

追放された側でしょ?

理屈に合わないわよ」

メリアンは僕に尋ねた。


「えーと、マークさんは『南ロイメ商会』を追放された側だけど、若旦那を助けようとしていたよ」

僕は答える。


うん。出来る男はそういうモノだ。

そうだよね?


「はぁ?

マークさんと若旦那と、クリフとあの二人の関係は、違うでしょ。

だいたいクリフは、マークさんが『南ロイメ商会』にいた時、どれだけ凄かったかも知らないでしょ!

言っとくけどね、うちのママが延々と狙ってて、落とせなかったヒトよ」


「……え、そうなんだ。

知らなかったよ」


凄いな、マークさん。

マデリンさんとメリアンのママ、二人の美女から迫られていたのか。


「だからねぇ、マークさんの真似なんて100年とは言わないけど、10年早いわよ!」

メリアンは大きな声で言い張る。



「でも、助けたいんだ。

バーディーの腕を握ったけど、すっかり細くなっていた。 

まともに食べてないんだと思う。

このままだと、病気になるか、揉め事に巻き込まれるか。

二人は、遠からずロイメの街にまれることになると思う」



ロイメは豊かな都市だが、暗い面も持っている。

ロイメに夢と希望を持ってやって来た若者が、ロイメのダンジョンで死ぬ。

あるいは、ロイメの街で行き倒れて死ぬ。

こういう運命を、『ロイメの街にまれる』と言う。


メリアンは沈黙した。



「クリフリーダーの気持ちが少しだけわかる」

唐突にキンバリーが言った。


「孤児院にいた時、嫌な奴がいた。

大嫌いだった。今でも嫌い。

孤児院には良い思い出がない」


「それは絶っっ対嫌なヤツよ!」

メリアンが言う。


僕も頷く。絶対嫌な奴だ。


「あいつらが成功したら絶対ムカつくし、足を引っ張りたくなるかもしれない」

キンバリーは続けた。


「当然よ!」

メリアンが言う。


「でも、あまり不幸になるのもイヤ。

なんかイヤ。

私は、……運が良かったから」

そこまで言うとキンバリーは口ごもった。


「キンバリーのは、運じゃなくて、実力だと思うよ」

僕は言う。



「ううん、私はレイラさんに弟子入りできて、運が良かったと思う。

だから、孤児院に良い思い出はないけど、寄付をしたり、時々お土産を持って訪ねて行ったりしている。

幸運は分け合うものだから」


キンバリーの言葉は僕の心にストンと落ちた。



「その通りだ。

僕もギリギリ冒険者をやっていたら、助けようなんて考えないよ。

僕は、ちょっとうまく行き過ぎて不安なのかもしれない。

今、僕には助ける資金も時間もある。

だから、二人をなんとかしたいと思うんだ」



メリアンは、僕をじぃっと見つめた。


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