第216話 算術は筋肉だ!

「クリフさぁ、馬鹿じゃないの?

数学の授業受けたことあるでしょ。

どういう空気だったか思い出しなさいよ」

メリアンが小馬鹿にしたような表情で言った。


ちょっと待て。

メリアンに馬鹿と言われる筋合いはない。


「数学は親父に習ったから、魔術師クランの授業は、ほとんど出てないんだ。

でも、数学教育はちゃんと受けてる」

僕は反論する。



「なんかヤバそうな授業だな……」

コサブロウさんがボソッと言う。


「うん、ヤバいと思う」

キンバリーが隣で同意した。

キンバリーまで!


「ヤバくない。ちゃんとした数学だ。

証拠に、僕は、魔術師クランの数学の資格を持っている。

言っておくけど、クランの同期ではトップだったんだ!」


本当だぞ。同期では、な。



皆は一斉にため息をついた。

ユーフェミアさんまで。


「あー、クリフ殿、魔術師クランの授業は、なぜ受けなかったのだ?

まさか、『簡単過ぎてつまらなかったー』とか言うのではなかろうな?」

コジロウさん。


「そうです。よく分かりましたね」


さすがコジロウさん。観察眼がある。



あの頃、数学がつまらないと愚痴ったら、珍しく親父が構ってくれたのだ。

親父の数学の授業はなんだかんだで楽しかった。


もちろん、『青き階段』の講義をするなら、数学の面白さを前面に・・・出していくつもりだ。


なお親父は、僕が13歳でメインの教科書を終えると、「今はこの程度で良い」と宣言した。

そして、火薬の研究だと言って、砂漠地帯に行ってしまい、1年間戻って来なかった。



「すみません、クリフさん。

ロイメ衛兵試験のための算術が皆さんの希望なんです。

今回は別の方に頼みます。

冒険に役に立つ数学は、別の機会にお願いします。

あの、私は興味がありますから」

ユーフェミアさんが言った。


えーあー。……。



「ユーフェミア殿、算術と言ったな」

今まで沈黙していたコイチロウさんが発言した。


「良ければ、俺が教えてしんぜよう。

アキツシマ流にはなってしまうが」



さて、ここで、ロイメ衛兵試験についてまとめる。

ユーフェミアさんが説明してくれた内容だ。

正直、僕はあまり詳しくなかった。


まず、第一にロイメの衛兵は、冒険者の1つのゴールである。


冒険者のゴールは様々だ。


成功し、Sランク冒険者としてロイメの名士になり、クランマスターになる者。

大金を稼いで、引退する者。


夢破れて、故郷に帰る者。


あるいは、ダンジョンの中で命を落とし、人生もゴールしてしまう者。

大怪我をして不具となる者。

心を病む者もいる。


ロイメ衛兵は、冒険者のゴールとしては、ぼちぼちといったところだ。

仕事はハードだし、冒険者と比べて実入りが良いわけでもないが、生活は安定する。

10年ほど勤めれば、ロイメの市民権も取れる。


なお、ロイメの町娘からは、同じ稼ぎなら、衛兵の方が断然評価が高い。



そんなわけで、ロイメ衛兵は、それなりに人気の仕事である。

故に、入隊試験がある。

試験の内容は、冒険者としての過去の実績、体力と実技、そしてペーパーテスト。


ペーパーテストの内容は、読み書きと算術。

基本的な内容だそうだ。


「冒険者の中には正規の教育を受けてない方もおられます。

読み書きはなんとかこなしても、数字が苦手な方は多いのです。

そして、ペーパーテストで基本を抑えないとなかなか採用されません。よほどの実績があれば別ですが」



確かに、僕がイメージしていた数学とは違う。

でも、なぜメリアンに馬鹿と言われなきゃいけないんだ?

説明を受ける前なんだから仕方ないだろ。




ユーフェミアさんの肝いりで、コイチロウさんの『アキツシマ流算術の講座』は開かれることになった。

結論を言う。大好評だった。


『アキツシマ流の算術』は、基本の計算を歌の歌詞にして丸暗記する。

その上で、ひたすら演習・練習を行う。

合言葉は、「算術は筋肉だ!」であった。



講義の受講者は、日に日に増えた。


受講者は、ロイメ衛兵試験を目指している者だけではなかった。

僕が気がついたら、キンバリーが参加していた。

『雷の尾』のギャビン、ダグも、ハロルドさんの命令で参加していた。

『青き階段』のあちこちで、算術の歌が聞こえた。



一度、講義を見せてもらった。


授業は算術の歌の合唱というか、暗唱で始める。

コイチロウさんは厳しい教師で、適当にやっていると、いきなり独唱させられるとか。


その後は、黒板に書かれた問題を写して、ひたすら解く。

それだけだ。


問題を解いている間は、コジロウさんとコサブロウさんが教室を周回していた。

居眠りしたり、集中力が途切れていると、ハリセンの一撃が肩に落とされる。

……。



「信じられないぐらい進歩した」

「ロイメに残って良かった」

「これなら今年合格てきるかもしれない」

「これでお釣りをごまかされることもなくなるぞ!」

受講した冒険者達は、皆喜んでいる。


ダグは、筋が良いらしい。

「やばいぜ、俺、数字の天才かもしれない!」

ダグはそんなことを言っていた。


僕としては、ちょっと納得がいかない。




講義を見学した後、僕はロビーでぼっーとしていた。 

隣にはキンバリーがいる。


「僕の数学はここでは必要とされないんだな……」


「クリフ・リーダーにとっては簡単でも、皆や私にとっては難し過ぎる」

キンバリーが言った。


「そんなに難しくないんだけどな」


「私にとって崖登りは簡単。数学は難しい」


……そうか。そうかもな。



その時、カランと音を立てて扉が開いた。


入って来たのは、灰色の髭のドワーフ族だ。

ソズンさんより年上だろう。

片足が義足だ。


「クリフ・リーダーにお客様」

キンバリーが言う。



「キンバリーの言っていた、面白い話を持っている人間族の男というのは、おまえか?」

片足のドワーフ族の男が口を開いた。


「あなたは、どなたですか?」

僕は聞いた。


「失礼した。

俺は『風読み』の副クランマスターのヴァシム。

矢を放つ角度と速度と到達範囲について、聞きたいと思ってここに来た。

ぜひ、教えて欲しい」

そう言うと、ヴァシムさんは芋菓子の袋を置き、僕の前に座った。


さらに持っていたノートを広げる。

瞳は真剣である。


「……いいですよ。お話し、しましょう!」


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