第215話 魔術と学問

酔っ払って醜態をさらしたハロルドさんは、次の日二日酔いで辛そうだった。


僕も二日酔いで辛かった。


そんな中、ハロルドさんは、改めてホリーさんとネイサンさんを祝福した。


ちょっと背中に哀愁があったかもしれない。




婚約騒ぎと二日酔いも明け、僕は第二層の救援活動に関するレポートをまとめることにした。


その中で気がついたことがある。

メリアンの『聖なる火花』だ。


あれは、実に役に立つ魔術だった。

しかし、僕が学んだ魔術師クランの教科書には載っていない。

関係する書物も調べてみたが、良く似た魔術は見つからない。


これは……。



そんなわけで、皆で集まったタイミングで、僕はメリアンに話を持ちかけた。


「メリアン、君の『聖なる火花』なんだけどさ」

僕は言う。


「何よ」

メリアンは一応という感じで返事を返してきた。

最近のメリアンは、だいたいこんな感じである。


「『聖なる火花』の魔術について、論文にまとめて魔術師クランに提出しないか?

僕の見たところ、似た魔術は教科書に載ってない」


「ふーん、そうなの?」


メリアンの反応は鈍い。

けっこうすごい話なんだけどな。



「うまくいけば、新しい術式の創造者として、メリアンの名前が残ることになる」


「え、え、……ちょっと、何よそれ!

私が術式の創造者?」

メリアンが興奮して、立ち上がった。



「いや、論文は査読されるし。

昔似たような魔術を使ってた人もいるかもしれないし。

ともかく、可能性があるという話だよ」


「なーんだ」


「でも、メリアンの魔術論文は注目される。

これは間違いない」


そう。間違いない。

これは、メリアンがロイメで女性冒険者として生きていく上で、必ずプラスになる。


ここまで聞いて、メリアンもようやく真剣な顔になった。



「ねぇ、クリフ。

私が論文を書いたら、あの赤毛女は悔しがるかしら?」


そっちかよ、メリアン!


論文というのは、そういうことのために書くものじゃない……、そう言いかけて、僕は止まる。

いや、むしろ、そういうものか。


僕もライバルは常に意識していた。


「仮にも赤毛のネリーだし、感情を表に出してはこないと思う。

でも、絶対読むし、いろいろ考えると思うよ」


メリアンはパッと笑顔になった。

見かけはかわいい。

中身はかわいくない。



「赤毛女には、悔しがらせてやりたいし、論文は書きたいわ。

でも、クリフ、私は正式な論文なんて、どう書いたら良いか分からない。

王都の学院でレポートなら書かされたけど、良と可しか貰ってない」

メリアンが真剣な顔で言った。


「僕が協力する。

ただ全面協力だと、論文は僕との共著になってしまう。

原則1人でやれば、手柄はメリアン1人のものになる。

この場合でも、アドバイスはする」


「じゃ、一緒にやりましょ、クリフ。

私、良く分からないし」

メリアンはあっさり言った。



こうなるか。

メリアンらしいけど、ちょっとモッタイナイ。


まあ、僕も最初の論文は親父との共著だったからな。

タイトルは何だって?

『治癒術の副作用についての考察』だよ!


論文は、あまりのんびりやってると、イリークさんに先を越される可能性もあるしな。

イリークさんは、メリアンの術を完コピしていた。



「ここは、メリアン殿1人でやったら良いではないか?」

コサブロウさんが口を出す。


「えー、面倒くさい」

メリアンは答える。

うん、メリアンだ。



「あー、メリアン殿は、『聖なる火花』をどうやって使えるようになったのだ?」

コジロウさんが話題を変えた。


「私のマナは、元々火花みたいにパチパチしてるの。

小さいころパチパチさせて遊んだのを覚えている。

私は聖属性があまり得意でないから、うまく力をまとめられなかった。

生まれつきの力を、そのまま放出している感じかしら?」

メリアンが答える。


だいたい僕が考えいた通りである。

要は何も考えてない術であると。

でも、役に立ったからな、『聖なる火花』。 


マナには各々おのおの個性があるのだ。

例えば僕は、マナを膜状構造にするのが得意中の得意だ。

そして、マナを爆発させようとしても、煙も立たない。



「あれほど便利な術なのに、なかなか思いつかぬものなのだなぁ」

コジロウさんが言った。


「『聖なる火花』は、使い場所が限られているんだと思います」

僕は言い、さらに続ける。

「あの術は、ダンジョン内で複数の吸血鬼バンパイアと戦う場合はとても有効です。

でも、ダンジョンの外で吸血鬼バンパイアが出たら、普通は昼間を待って討伐します。

ダンジョンの中でも食屍鬼グールなら、聖水で十分威嚇できます」

 

「意外と使われないタイプの術だったと?」


「多分ですが」



ロイメでも長い間、第二層の攻略は進まなかった。

一般的に冒険者はアンデッドとの戦いは好まない。

臭いし、生理的な嫌悪感がある。

ましてや吸血鬼バンパイアとの戦いは好まない。


これからどうなるかは分からないけど。




その時である。


「クリフさん、ちょっと失礼します」

ユーフェミアさんが声をかけてきた。

いつも通りの優雅な笑顔である。


「はい、なんでしょう!」

僕は即答する。


「『青き階段』に所属する冒険者で、時間が空いた方が何人もいます。

希望者を募って、学問の講座を開こうかと思っています。

ロイメ衛兵試験もありますし。

それの算術・・の教師をやって頂けませんか?

報酬も少しですが、お支払いします」


「もちろん良いですよ!

数学・・は大好きなんです!」


ヨシッ。

ユーフェミアさんの頼みだし、頑張るぞ。

論文も講義も両方手を抜くつもりはない。



「……えーと、クリフさんは、どんなお話しをしようとお考えですか?」

ユーフェミアさんが、眼鏡のつるをいじりながら確認してきた。


「そうですね、矢や攻撃魔術を放つ角度と速度と届く範囲とかどうでしょうか?

冒険の役に立つと思うのですが」


これは、攻撃魔術の術式にも関係している。

適当にごまかしている魔術師も多いけど、僕に言わせれば勿体ないことである。


「……どんな計算式になるのでしょう?」

ユーフェミアさんはさらに確認してきた。


「ちょっと積分計算が入りますが、慣れれば簡単ですよ!」

僕は答えた。



「はあぁァー。クリフ、あのさぁァ……」

メリアンが脇から口を挟んできた。


何だよ!

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