第214話 男はツライよ

「ネイサンはホリーに相応しい男だ。

そんなことは分かっている!」

ハロルドさんは言った。


「ちゃんと、わかってるじゃねーか」

禿チェイスのオッサンが、相づちをうつ。


「だから……、ホリーはもう俺をもう必要としない」


しばしの沈黙。



「結婚することは良いんだ。

俺もホリーは早く結婚した方が良いと思っていた。

だいたい、ホリーは本当ならとっくに結婚して、男爵夫人になっているはずだった」


「俺に言わせりゃ、ネイサンは、そこんじょそこらの貴族より良い相手だぞ。

これは、ネイサン本人の前では、言わないが」


「そんなことは、分かっているって言っただろう!」

ハロルドさんは、再びカウンターを叩いた。



「ホリーの婚約者だった男爵家の跡取りは、どう見ても頼りないボンボンだった。

だから……、男爵夫人になっても、何かあった時に、ホリーが最後に頼るのは俺だと思っていた。

実際、結婚が決まった時点で、一生男爵家の頼みを聞く覚悟も決めていた。

それで良かったんだ。

いや、それが良かったんだ。


……でも、相手がネイサンじゃ俺の出る幕はない。

ホリーはもう俺を頼らない。

俺がホリーに対して責任を持つ必要もない。


俺はホリーに捨てられたんだ」



さらなる沈黙。

酒場の空気はヒエヒエである。

僕としては、何も言えない。

これは、『青き階段』に残った方が良かったかもなぁ?



「なあ、ハロルドさん。

なぜ、お前は冒険者になったんだ?

昔は王国の軍人だったって噂を聞いたぞ」

今まで黙っていたトムさんが口を開いた。


「それは、……まあいいか。

少し長くなるぞ」



「数年前、私は辺境のある連隊にいて、国境を乱す大型魔物モンスターの討伐などをやっていた。

その連隊長の大佐が、王国の貴族家の血縁だった。

そして、その貴族家は、ホリーが嫁ぐ予定だった男爵家と長年水利権の争いを抱えていた。

私はその争いに巻き込まれた」


ハロルドさんは、理路整然と語り出した。

一人称が私になっている。



「私が初めて会った頃、大佐はまだ少佐だった。

大佐のトントン拍子の出世には、私の隊の活躍も関係している。

結果として、大佐は、王国中枢に馬鹿にできない影響力を持つようになった。

これはホリーが嫁ぐ予定だった男爵家にとって、とても困ることなのだ。

私は父から、水利権の問題を何とかしろと、命令された」


「貴族の水利権など、一介の軍人に解決できる問題ではない。

でも、私はまず大佐に直接話してみることにした。

然るべき方に仲介も頼んだ。

私のこれまでの活躍とこれからの忠誠に免じて、争いをおさめて頂きたいと」


「それでどうなったんだ?」


「それとこれとは、話が別だと言われた。

思った以上に大佐は野心家だった。

大佐は、水利権獲得を手土産に、爵位を継ぐことを狙っていたようだ」


「そういう男はいるな」


「次の父の命令は、ともかく大佐の元を離れろだった。

私の隊は魔物モンスター討伐で順調に功績を立てていた。

私の手柄は、そのまま上司である大佐の手柄になる。


私は軍に異動希望を出したが、これは大佐に握り潰された。

その頃から、私は今まで以上に危険な任務を割り当てられるようになった。

これは良くないことだ。

私にとっても、部下にとっても」


「そんな中、私は任務の途中で怪我をした。

それをきっかけに、軍に辞表を書いた。辞表は受理された。

そして回復を待ち、実家を出奔した。

呼び戻されると困るから、しばらく姿を消していろ、と父から指示された」



「そして、冒険者になったと」

イリークさんが確認する。


「冒険者はいい。自分の意思で行動を決められる」

ハロルドさんは応えた。



「ハロルドさんが、そンだけ頑張ったのに、ホリーは婚約破棄されたんスか?」

ギャビンが聞く。


「向こうの男爵家にもそれなりの理由はあった。

だが、腹は立つ」

ハロルドさんは答える。



「俺から見ると、男爵家よりも大佐が不愉快だな」

トムさんが言った。


「ホリーさんの婚約破棄は、【結婚の女神ヴァーラーの導き】でいいじゃないか。

でも、その大佐は部下を大事にしない強欲糞野郎ごうよくくそやろうだ。

ハロルドさんに去られて、その後どうなったんだ?」


「大佐がその後どうなったかは、私も知らないんだ。 

あまり考えないようにしてきた」

ハロルドさんは言った。



「あなたの言う大佐が北砦のベルツ大佐なら、1年ほど前に死んでますね」

突然ボソッと声が聞こえた。


冒険者通信タブロイド紙』記者、ゴドフリー!

いつからいたんだ?


「パパラッチが。なぜここにいる?」


「そこのウエイトレスさんが、面白い話にをしている男達がいると教えて下さったんですよ」


「大佐は戦死されたのか?」

ハロルドさんは確認する。


「いえ、砦で酔っぱらって階段から落ちたそうです」


「仮にも現役の軍人だろ?

酔っ払ったぐらいで、階段から落ちたりするのかねぇ?」


「そうとしか思えない状況だったようで。

ただ、ベルツ大佐は、強引な戦術で部下の評判がかなり悪かったようですね。

部下の死傷者も多かった。

足元の石がぐらつくこともあるんじゃないですか?」

ゴドフリーは言った。


「死傷者が多かったのか……」

ハロルドさんは少し遠くを見ながら言う。


多分、ハロルドさんは何らかの責任を感じているのだろう。



「大将、ウィスキーを頼む。

1番いいヤツだ」

トムさんが注文した。


「ハロルドさんの気持ちは、わかるよ。

俺にも娘がいる。

娘のためなら多少無理なことでもしてやりたい。

そして、娘がネイサンみたいな男と結婚して、完全に自立したら……、娘のためには良いことだと思っても、泣きたくなるだろう」

トムさんが言う。



酒場の大将がボトルとコップを出してきた。


「兄さん、俺もあんたは頑張ったと思うよ。

よくやった。立派な兄貴だ。

飲め。飲む権利がある」

酒場の大将はそう言いながら、ハロルドさんのコップにウィスキーを注いだ。


ハロルドさんは一気に飲み干す。


「……ホリー、ホリー、幸せになれよぉ。

でも、デイジーも一緒にゲットしたのはズルいぞぉ」

ハロルドさんは、泣き上戸になった。



ハロルドさんが辛いのは、ホリーさん対しても、元部下に対しても、責任感を持って生きてきたからだ。


僕が暢気のんきでいられるのは、僕がたいした責任を持たずに生きているからだろう。


多分。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る