第213話 できる男ハロルドの失敗
「あのね、兄さん。
この前の
でも私は、結婚はロイメの市民権を自分の力で取ってからと思った。
そして今日、兄さんのおかげでロイメ市民権が取れた。
私は、兄さんがくれた、この市民権で結婚の誓いを立てるわ。
私はネイサンを愛しているの。
結婚を許してくれるわよね?」
ホリーさんは言った。
「ああ、キョ……許可するよ。
おめでとうホリー」
ハロルドさんは、なんとか応えた。
びっくりと言うか、呆然としている感じだろうか?
「ありがとう、兄さん。
全て、すべて、兄さんのおかげよ……。
愛してるわ」
ホリーさんはそう言うと、座ったままのハロルドさんを軽く抱きしめた。
今、ホリーさんがハロルドさんに言った『愛してる』と、ネイサンに言う『愛してる』は、別の意味なんだろうな。
それにしても、ホリーさんとネイサンさん、いつの間にそういう話になっていたんだ?
「おめでとう。
二人が早く結婚するといいなって思ってたわ」
メリアンが、向こうでちゃっかり2人を祝福している。
いつ気づいたんだよ、メリアン。
「おめでとうホリーさん。
幸せになって」
キンバリーも祝福している。
キンバリーも知ってたのかなぁ?
知ってたんだろうなあ。
「クランマスターを連れて来ましたよ!」
ノラさんがザクリー・クランマスターを引っ張ってきた。
「うむ。2人ともおめでとう」
これが最後のきっかけだった。
「おめでとう!」
「お似合いだね、お二人さん」
「結婚式では、ただ酒飲ましてくれるんだろう、ネイサン」
ロビーにいた冒険者達から、次々と祝福の言葉が上がった。
「おう、めでてぃじゃねーか」
その言葉と共に、冒険者達の人垣がパカッと割れた。
『青き階段』のコック長!
『青き階段』のコック長は、左足が義足の中年の人間族の男で、2人の弟子と一緒に厨房を切り盛りしている。
滅多に厨房から出てこないんだよな。
「おい、ネイサン、ホリー。
結婚式はここでやるんだろうな」
コック長が
「それが理想ですが。
大丈夫ですか?
コック長は、お忙しいのに」
ネイサンさんは確認する。
「任せろ!
普段の仕事とはわけが違うからな。
腕によりをかけてご馳走を用意してやるぞ!
デイジーの骨肉まで抜かりなく作ってやる!」
「「おおオオー」」
冒険者から声が上がる。
「それは、最高だ!
みんな、当日は『青き階段』のメンバー全員、僕の奢りだ!」
さすがネイサンさん、気前が良い。
「「「おおオオおおー!!!」」」
冒険者達の歓声はさらに大きくなる。
「ダンジョンも開かないし、田舎に帰ろうかと思ってたけど、結婚式まではロイメにいるか」
こんな声も聞こえてきた。
その後も、ネイサンさんとホリーさん二人に、お祝いと祝福の声が途切れることはなかった。
その日の夜、とある酒場にて。
「おい、ウィル!
ホリーとネイサンは、いつからそういう関係だったんだ?」
カウンターで、半分酔っ払ったハロルドさんが言った。
現在、ハロルドさんを慰める会の最中だ。
『雷の尾』のメンバー、トムさん、チェイスさん、僕、その他数人。
なお、『青き階段』では、ホリーさんとネイサンさん、二人の婚約祝いをやっている。
メリアンとキンバリーと、大方の冒険者はそっちに残った。
僕は……その、二人のリア充オーラにあてられてさ。
こっちに付いてきた。
「しばらく前から、ちょっと良い雰囲気でしたが。
いきなり婚約はびっくりですねぇ」
ウィルさんは答えた。
答えながら、ハロルドさんのジョッキに
「いつから、ヒック、だと聞いたぞ?」
ハロルドさんは、あっという間に
「しばらく前はしばらく前ですよ」
ウィルさんは、注ぐ。
「なぜ、ヒック、教えなかった?」
また飲む。
「そこまでの仲には見えなかったもので。
だいたい知ってどうするんですか?」
また注ぐ、以下省略。
「知ってたら、
ヒック、大失敗だ」
あー、ハロルドさん、本音言っちゃったよ。
「だいたいホリーはなぁ、小さな頃から、兄さん兄さんと、俺のことを追いかけて来てたんだぞ」
そして、ハロルドさんはホリーさんの思い出話をダラダラと語り始めた。
語り上戸だ。
僕は、ホリーさんの小さい頃のエピソード、かわいかった話やら、失敗談やら、すっかり詳しくなってしまった。
ホリーさんが聞いたら、怒りそうな話もあった。
適当に聞き逃すか。
「おう、この兄ちゃんは何をこんなに荒れてるんだ?」
カウンター越しに、店の大将が言う。
「こやつの妹が結婚することになったのだ」
イリークさんが答えた。
大将は、一瞬イリークさんの美貌に驚いたようである。
「俺はあまり詳しくないんですが、半分親代わりのように妹の面倒見てたみたいッス。
その最愛の妹が結婚するんで、すっかりすねちゃったんス」
ギャビンが続ける。
「グチグチ言ったって、しょうがないと思うけどなぁ。
幸せそうだったし」
ダグ。
「めでてぇが、兄ちゃんとしては辛いとこだな。
妹の相手はどんな奴だ?」
酒場の大将が聞いた。
「うちのリーダーのネイサンだよ」
禿チェイスのオッサンが答える。
「なんと!相手はネイサンか。
……、そりゃ良い相手じゃねぇか」
「えー、ネイサンの相手ってデイジーじゃなかったの?」
この酒場のウェイトレスが口を挟んできた。
「人間の女もいけるわけ?
あーもー、頑張っとけば良かったわ」
ウェイトレスは化粧が濃く、若くもないが、まあ美人だ。
「黙れ。めでてぇ話なんだ。
ちゃちゃを入れるな」
「大将、分ってるわよ。
でも、残念。
ネイサン、いい男なのに結婚しちゃうんだ。
でも、お兄さんも良い男じゃない」
ウエイトレスは、軽く胸を揺らす。
今のハロルドさんには、ウェイトレスの胸は慰めにならなかった。
黙々と飲んでいる。
「この兄さんの妹は、今、何をやってるんだ?」
「女冒険者ッスよ。
ホリーは、ウチのパーティーの治癒術師兼弓士なんス」
ギャビンが答える。
「治癒術師のホリー?
そういや、治癒院で見たことあるな。
あれは良い娘だ。
さすがネイサン、良い相手見つけてるじゃないか」
「ウチのホリーが良い娘なのは、当たり前だ!」
ハロルドさんは、ドンとカウンターを叩いた。
「ハロルド、うちのリーダーのどこが不満なんだ?」
禿チェイスのオッサンが聞いた。
「不満はない。
そして、不満がないところが不満だ」
ハロルドさんは答えた。
なんじゃそりゃ?
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