第169話 黒い札

ダンジョンに異変。


「それはダンジョンがあふれたと言うことですか?」

僕は聞いた。

だとしたら大事件である。


「詳細は不明です。

しかし、冒険者ギルドによりメイン・ダンジョンは封鎖されています」

ユーフェミアさんは答えた。



メイン・ダンジョンの異変は時々起こる。しかし僕が物心ついてから、あふれるというレベルの事件は起きてない。

もちろん、今回がどうなるかはわからない。



『青き階段』のロビーには、普段とは違う独特の空気があった。


立ったり座ったりする者。

歩きまわる者。

自分の席に腰掛けて、無言を貫く者。

こっそり出ていく者。



僕達『三槍の誓い』のいつものテーブルは空いていた。

僕達はいつもの席に座った。



「冒険者の皆さん、夕食はクランの奢りになります。

よろしければ、食べて行ってください」

ミシェルさんが大きな声で、言ってまわった。


そして。


「クリフさん、メリアンさん。

聖属性と治癒術を使えるお二人には、協力を仰ぐかもしれません。二階に部屋を用意しました。

いざという時は、お起こししますので、休まれませんか?」

ミシェルさんは僕達のテーブルに来て言った。


これは、あれだ。

緊急時に備えて、マナを回復しておけというやつだ。


その時、僕は『雷の尾』がいつも座っているテーブルが空席であることに気がついた。



「わかりました。僕は休ませてもらいます。

皆さんはどうしますか?」


「我ら三兄弟は、ロビーで待たせてもらう」

コイチロウさんが言う。


「私もここで待つ。二人とも休んでて大丈夫。

何かあったら、呼びに行く」

キンバリーも言った。


「わかりました。メリアンも休憩した方が良いぞ」


「あ、うん」


僕は立ち上がる。

続いてメリアンも。



やっぱり上級治癒術を使ったのは失敗だったかなあ?

マナ不足ではないが、満タンでもない。

まあ、今更後悔しても、仕方ないんだが。


僕がそんなことを考えていると、ガリンと音がして、入口の扉が開いた。



入って来たのは、副クランマスターのホルヘさんである。


「冒険者ギルドは、メインダンジョンを開放し、救援部隊を送り込むことを決めたぞ!」


ロビーにざわめきが走った。



「お疲れさまでした、副クランマスター。

ダンジョンの中はどんな様子なのですか?」

ユーフェミアさんが聞いた。


「第二層はアンデッド魔物モンスターで溢れかえってるらしい。

第一層に上がってくる所をエルフ連中が撃退した。

第三層以深は不明だそうだ」


「第三層以深に潜っている冒険者はいるのですよね?」


「もちろんだ。

いくつかのパーティーが潜ってる。

禿山の一党の連中もいる。

冒険者ギルドは、救援部隊を組織する。

とりあえず、ゾンビをかき分け、第三層まで通路を開けることが目的になる」



メインダンジョンが開放されるのは、朗報である。

冒険者達の多くはダンジョンに入れないと、収入を失うか、収入が激減する。



「報酬は出ますかぁ!?」

冒険者の1人が声をあげた。


「救援部隊には、冒険者ギルドの規定により、1日あたり3000ゴールドが支払われる」

ホルヘさんが答える。


「少ねぇ」

「糞クエストじゃん」

「冒険者ギルド、ドケチもいい加減にしろ!」

「協力しますけど値上げお願いします!」


冒険者達から声が上がる。


確かに一日3000ゴールドは安い。

命がけの仕事なら尚更だ。

ただ、これは冒険者ギルドの規約に書かれている内容である。


ダンジョンにおける救援活動は、冒険者の自主活動ボランティアであるというのが、ギルドの理念なのだ。


まあ、助けた冒険者が魔石を持っていれば、相応の分配を受けるわけだが。



「えーと、ユーフェミア、『青き階段』からはどうなるんだっけ?」


「救援活動に参加した方には、『青き階段』から1日1000ゴールドが支払われます。

ギルド分と合計して4000 ゴールドになります」

ユーフェミアさんが答えた。


「えェェー」

「Boooo」

「もうちょっと頼みまーす」


冒険者達から、不満の声が上がる。

地上仕事ならともかく、命がけでダンジョンに潜って1日4000ゴールドは、やっぱり安い。

ただ、これも『青き階段』の規約に書かれており、理由は以下略。


「申し訳ありません。

ただし、怪我をした場合の補償は手厚くさせて頂きます。

……その、万が一亡くなられた場合の補償も、さらに手厚くさせて頂きます」



冒険者達はまだ不満そうだ。

死んだ後のことなど考えない。

冒険者というのは、そういう連中だ。



その時、奥からザクリー爺さんが出てきた。


ザクリー爺さんは、ヒョイヒョイと僕達や冒険者達の前を横切る。そして、冒険者達の名前が記されている札がかかっている壁の前に立った。


青き階段の壁には、所属している冒険者の名前が書かれた札がかかっている。


札は、青ならロイメ市内、黄色ならロイメ市外、赤ならダンジョン内を意味する。


ザクリー爺さんは、赤い札を取り上げる。

あそこには、ハロルドさんの札があったはず。


そして、札の向きを変え黒い面を表にすると、かけ直した。


黒い札。

それは、行方不明を意味する。

ザクリー爺さんは、さらに何枚かの札を黒くしていく。

イリークさん、ウィルさん、ホリーさん、ギャビン、ダグ、他にも何枚か。


「クランマスター……」

ユーフェミアさんが押し殺した声を上げた。



え?誰がクランマスター??


え???


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