第170話 青き階段の意味

「クランマスターって、……まさかザクリー爺さんって、うちのクランマスター!!」



僕の中で全てが繋がった。


『青き階段』のロビーでは何故冒険者達は行儀ぎょうぎが良いのか。


そりゃクランマスターがいるしな!


金髪美少女のメリアンに絡んでくる男が何故一人もいないのか。


だってクランマスターのお気に入りだしな!


僕は周りの男どもは、ナガヤ三兄弟を怖れているのかと思っていた。

違う。

もっとストレートな権力なのだ。



「お前、まさか、知らなかったのかよ!」

冒険者の1人が言った。



そして、次の瞬間ロビーが沸いた。


「まさか、まじ?」

「馬鹿なの?」

「ありえねぇ」

「誰にも聞かなかった?」

「あいつ友達いないのかよ!」


……ひどいよ。

僕は傷心である。とてつもなく傷ついたぞ。

特に友達がいないって言ったヤツ、出てこい!

上級治癒術をかけてくれるわ!



「ごめんなさい、クリフ・リーダー。

レイラさんが面白いから黙っとけって……」

キンバリーがすまなそうに声をかけてきた。


くっ。レイラさんの指示か。



「わたしは、ザクリー・クランマスターから教えてもらったけど。

まさかクリフ知らなかったの?

先に『青き階段』にいたのに?」

メリアン。


く、そのまさかだ。

知らなかったんだよ。



「ソズン教官に聞いたのだが……、知っておると思っておった」

コイチロウさん。


「聞かれれば、教えたのだがな……」

コサブロウさん。


コジロウさんは何も言わない。



クランマスターについて聞かなかった僕にも問題がある。

『世界への疑問は自ら見つけ、自ら世界に問え。それこそが知恵の源である』

魔術師クランの入口に彫ってあるんだよ。


『青き階段』は、居心地が良かったし、問題もなかった。

だから、僕はクランマスターの問題を解決済みの箱に入れて思考を放棄した。

つまり、僕の認知の問題である。


ますます、悔しいじゃねーか!!



僕がそんなことを考えている間も、ロビーではプークスクス的に大騒ぎが続いている。

うるさい!



そんな中。


「あの失礼します。

皆様、賭けが成立いたしました」

ミシェルさんが脇から言った。


はい?


「ご存知の方も多いと思いますが、『青き階段』では常時賭けが行われています。

賭けの内容は、『新人がザクリーさんがクランマスターであることに、どのくらいで気がつくか』です」

ミシェルさんが続ける。


「ちょっと待て」

「俺、まだ賭けてない」

「この場合はどうなるんだよ?」



「今回は、『最後まで気が付かない』のパターンになります。

この場合賭けのルールにより、クランマスターの総取りになります」


「えェェェー」

「まじかよ」

「Booo」

「俺、今からそこに賭けまーす!」



「賭けの貯金箱には、いくら入ってるんだ?」

ホルヘさんが聞いた。


「けっこう入ってますね。

この前に、クランマスターと副クランマスターが酔っ払って、入れましたよね。

……あと、最近冒険者の皆様の間で端数を入れるのも流行っていました。

えーと、9万1058ゴールドになります」


「えー、マジ!」

「もったいねー」

「俺の9万1058ゴールドがぁ」

「ちくしょー」



話題は、僕へのプークスクスから、どうやれば賭け金を取れたかへ移っていた。


「魔術師クランのエリートの称号に騙されたよ。

クリフ・カストナー、お前がこんなに馬鹿だったなんて。

気がついていれば、賭け金を取れたんだがなぁ」 

冒険者の1人が言った。

確か『深淵探索隊』のメンバーだ。


「クランマスターをザクリー爺さんと呼んだりして、なんか変だなとは思っていたんだよな」

こいつも『深淵探索隊』のメンバーだ。

お前、以前ロイメ将棋で僕に賭けて負けたよなぁ?


「全くですね。 だいたい僕はエリートではありませんよ。

あなたの買いかぶりと認識不足ですよ。

だから毎回賭けに負けるんです」 

僕はヤケクソで、嫌味たっぷりに答えてやった。




「ゴホン。

『青き階段』の冒険者の皆よ!」

ザクリー・クランマスターが呼びかけた。


背筋を伸ばしたザクリー爺さんは、紛れもなくクランマスターに見えた。


ロビーの冒険者達のざわめきが静まっていく。



「今回の賭け金は、全て救援資金に回す。

これで1日あたりの報酬に1000ゴールドを追加する。

冒険者ギルドの分と『青き階段』の分合計で5000ゴールドになるぞ」


「やったぜ」

「さすがクランマスター!」

「太っ腹ぁ」



冒険者達は歓声をあげた。1日5000ゴールド。

命がけの仕事の代価としては高くはないが、冒険者らしい報酬になった。



「だが、しかーし!」

そこで、ザクリー・クランマスターは声を張り上げた。


「若き冒険者達よ!

メインダンジョンの変異を甘く見てはならぬ!

荒れたダンジョンは容赦なく牙を向くのだ。

生半可な気持ちで救援隊に加われば、

その時は、ここにいる皆が『青き階段』を下ることになるだろう!」



冒険者達は神妙な顔をして聞いた。

先程までの浮き立った空気は影を潜めた。




「『青き階段』とは、ロイメではどういう意味があるのだ?」

コジロウさんが僕にヒソヒソ声で聞いてきた。


「『青き階段』は、ロイメのダンジョンの最深層にあると言われる階段です。

人間族にはとうていたどり着けない場所です。

だから『青き階段を下る』とは、……ロイメでは『死出の旅に出る』という意味になるのです」

僕は答えた。 





青き階段は、三途の川のような意味です。


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