第162話 納得いかない
「なあ、次にお前の親父さんがリーダーになるのはいつだよ?
教えてくれよ」
男は言った。
「知りませんよ」
僕は答える。
「幸運のお裾分けってヤツだよ。
ケチるといいことないぞ」
「僕と親父はほとんど口もきかないんだよ。
知らないものは知らない」
これは、ちょっと嘘が入っている。
ついこの間、魔術師クランの査問で親父とは散々やりあった。
あれは、実に不愉快な経験だった。
「役に立たねえなあ」
僕にしつこく絡んでいる男は『深淵探索隊』のメンバーだ。
彼らは、今度ダンジョン深層へ行く予定らしい。
第四層・第五層のダンジョン深層へのデビュー。
これは、パーティーにとって重要なイベントだ。
独力で行くか、案内人を雇うか、あるいは有力パーティーのポーターとして連れて行ってもらうか。
『深淵探索隊』は、魔術師クラン・パーティーのポーターを狙っているようだ。
できたら、番付上位常連の親父の回がいいらしい。
「だいたい、魔術師クランのポーターは基本報酬は良いけど、ボーナスはまず出ないよ」
僕は基本的なことを伝えておく。
「そうなのか?」
「ハイレベル魔石が出ようが出まいが変化なしだね」
これは魔術師クランの伝統である。
「……ったく。ケチくせえな。
お前も魔術師クランも」
ブツクサ言いながら、男は去っていった。
男の名前はもちろん知らない。
ゴドフリーのクソな訪問以来、こういうことが何回かあった。
あとは、やっかみ。
こちらは全くもって納得がいかない。
そもそもの問題として、だ。
僕が親父の息子で得したことがあるだろうか?
そうだな、とりあえず一度も食うに困ったことはない。
そこは、親父に感謝すべきだろう。
しかし、たいした贅沢はしていない。
特に、母さんがいなくなってからは。
通いの家政婦さんがずっと来ていたが、それだけだ。
魔術師クランで勉強する学費は親父に出してもらった。
でも、僕は多分、金がなければ、奨学生になれると思うんだよね。
ほら、親父関係ないじゃん!
……まあ、僕は魔術が好きだ。
興味のある分野に早期アクセスできた。
ここは、親父の息子で得をした所かな?
そんなわけで、僕はやっかまれるような身分ではない。
断じてない。
とはいえ。
「そろそろ家は出るかなあ」
僕は呟いた。
僕と親父は不干渉だし、家政婦さんが料理を作ってくれるし、家賃はかからないし、居心地は悪くない。
だが「親父と僕は関係ない」を表看板にするためには……、やっぱり家を出た方が良いだろう。
食事付きの下宿でも探すか。
今の僕なら、きちんとした所を選べるはずだ。
「ミシェルさん、下宿の情報とか知らないですよね?」
僕は受付で聞いてみた。念のため。
「あいにくここには資料がありません。
確か、
北運河商会か。行ってみるか。
「先程絡んでいた『深淵探索隊』方については、上に報告を入れておきます。
救援できず、すみませんでした」
ミシェルさんが申し訳なさそうに続ける。
「大丈夫ですよ。
僕に絡んでも金にならないんですから。
僕は答えた。
人間は損得で動く。僕は基本的にそう考えている。
その時、青き階段の扉が開いた。
入ってきたのは見慣れない人間族の男である。
日焼けした肌に、赤茶の髪、目は黒っぽい。
そして、唾の広い皮の帽子を被っている。
ロイメではあまり見ないデザインだ。
ゆったりとした毛織物の上着には、刺繍が刺してある。
これも見たことがない。
「『青き階段』ツぅのは、コこか?」
男は口を開いた。
聞き慣れない訛りがある。
「はい、その通りです」
ミシェルさんが営業スマイルで答える。
「『青き階段』ツぅのは、今登リ調子のクランだよなぁ?」
「当クラン所属の『三槍の誓い』が、今回の冒険者番付で8位にランクインしました。
他の冒険者の皆さんも頑張っておられます」
「オお、それなら間違いない。
オレはエヴァン。
冒険者で入会希望だ」
「『青き階段』は新しい冒険者を歓迎いたします。
では、入会条件について説明いたします」
ミシェルさんは、丁寧に説明していく。
それにしても、男はロイメ出身者にも、いや王国出身者にもみえない。
どこから来たんだろう。
「……ではエヴァン様は、新しいパーティーを結成する予定ですか。
それでは、どのような武器をお使いなのですか?
もし、よろしければ教えてください」
ミシェルさんは注意深く言葉を選んでいる。
「いいぞ。オれの武器は銃。
銃使いのエヴァンだ」
男は答える。
ミシェルさんの笑顔がひきつった。
「銃と言うと、対アンテッド用の水鉄砲のことですか?」
ミシェルさんは確認する。
「ナァにが水鉄砲だ。馬鹿にするな。
銃って言うのは、火薬で弾丸を飛ばすんだ。
ホら、見ろ。
コれが銃だ!」
そう言うと、男は背中に背負っていた古びたケースをカウンターに置いた。
男はケースを開ける。
中には、黒い銃身の……銃。
本物に見える。
ミシェルさんの笑顔は、完全に凍りついた。
多分、僕も、真っ青な顔をしている。
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