第11章 薬草取りの季節

第141話 僕は親父が嫌いである

僕は半ばよろめくように『青き階段』の扉をくぐった。


なんとかロビーにたどり着き、いつものテーブルに座る。

僕はすごく疲れていた。



「クリフ殿、大丈夫か?」

コサブロウさんに声をかけられた。


「大丈夫じゃないですよ」

僕はテーブルに突っ伏したまま答えた。


「どうしたのだ?」

コジロウさんが聞いた。


「魔術師クランで査問にかけられたんですよ!

この前の精神侵入メンタルハッキングの件で!」

僕は顔を上げて答えた。



大変だった。本当に大変だった。

僕にそんな魔術を使える素養はないのに。

あれは単なる偶然、単なる事故だったのに。


「さらに、よりによって、査問官の1人が親父だったんですよ!

強烈なプレッシャーかけてくるわ、細かいことまでグチグチネチネチ突っ込んでくるわ。

ともかく最低でしたよ!」



親父は、そろそろ良いだろうって場面でも、重箱の隅をつつくように細かく質問してくる。

そして、ほんの少しの矛盾も見逃さない。

体力だけはあって、ひたすらしつこい。


あのくそ親父!

さんざんほったらかしてきた癖に!

僕とたいして変わらない陰キャでコミュ障の癖に!

こんな時だけやる気だしやがって!



「クリフ殿の父上としても、息子の疑惑を晴らすため必死だったのであろう」

コイチロウさんは言った。


「……。」

僕は再びテーブルに突っ伏した。


親父の意図はそうかもしれないが、同意はしかねる。



「兄者……、クリフ殿が聞きたいセリフはそれではないと思うぞ」

コサブロウさんが言った。


その通りである。


「兄者、それではクリフ殿が救われぬぞ」

コジロウさんも言う。


その通りなのである。



コジロウさんはゴホンと軽く咳払いすると言った。


「クリフ殿、親父などと言うものは、全くろくなものではない。

我らの親父もクソ野郎であった。

身勝手だし、息子は無条件に言うことを聞くものだと思っていた。

部下に対する気遣いは少しはあったが、息子に対する気遣いのはゼロであった」



僕はテーブルから顔を上げた。

豪胆なコジロウさんがここまで言うということは、……かなり凄そうな親父さんである。


「皆さんの父は、今は何をなさっているのですか?」

僕は好奇心に負けて聞いた。


「だいぶ前に死んだ」

コイチロウさんが答える。


「……失礼しました」

僕は言った。

最近僕は失言ばかりである。


「親父殿は、最後まで好き勝手に生きた。

サッパリした死であった」

コイチロウさんが続けた。



「親父が死んだ時は、周りはちょっとホッとしていたな。

その後、我らは、親父の長男である年の離れた腹違いの兄上に育てられた。

不自由もしてはおらぬ。

タイチロウ兄上は、クソ親父殿よりはるかに出来た男だ」

コジロウさんは雄弁だった。


「幼い頃、母上が死んだ時はずいぶん悲しかったが、親父殿が死んだ時はさほど悲しくもなかったな」

コサブロウさんも言う。



ナガヤ三兄弟の親父殿と言うのは、かなり強烈な人物のようである。

いろいろ聞いてみたかったが、僕は好奇心を抑え込んだ。


僕はナガヤ兄弟がどんな育ち方をしたのか知らない。

本人達も話さない。

聞くべき時は来るかもしれないが、今は違う気がした。




「それで、その時のポーズが最高なんデス」


向こうのテーブルからセリアさんの声が聞こえてきた。

同じテーブルにいるのは、キンバリーとメリアンだ。


女神大戦(結婚の女神ヴァーラー愛の女神アプストのゴタゴタは、ロイメでこう呼ばれるに至った)の後、エルフの魔術師セリアさんは、時々『青き階段』に現れるようになった。

そして、メリアンやキンバリーとおしゃべりしていく。

店主がマデリンさんだし、ストレスをためているのだろう。


今の話題は、セリアさんが大好きなロイメ芝居のようだ。



そんなこんなで、概ねいつもの『青き階段』の午後だった。

僕は査問で疲労困憊ひろうこんぱいしていたけれど。


そんな中、リンと鐘の音がして、扉が開く。



「げっ!」

思わず僕は言った。


入ってきたのは、赤毛のネリー、ボンキュッボンのトレイシー、そしてトロール族の大女ヘンニ。

本来ここに来ない『輝ける闇』の面々だ。


「査問お疲れ様、クリフ」

ネリーが言った。



「ネリー、なぜここに来たんだ?」

僕は聞いた。


銀弓に続いて、まさかまさかのお礼参りパート2じゃないよね?


「トレイシーがあなたに話があるって」

ネリーは僕の質問には答えず、別のことを言った。


ネリーの後ろから、ボンキュッボンのトレイシーが現れる。

いつもの通り片足はむき出しである。

なんだ?



「あー、えーと。あなたが金盾をボコってくれたって聞いて……。

かなりスッとしたから。

まあその、ありがとう」

トレイシーは言った。


「……あ、はい」

僕は言った。


他にどう言えって言うんだ?

今度一緒に飲みに行こうとか?

ナイナイ。

僕はそう言うキャラじゃないし、トレイシーは好みじゃない。



「ほら、もうおしまいにしましょ、トレイシー。

クリフも困ってわよ」

ネリーが言う。


「ん、まあ、それだけ」

そう言うと、トレイシーは奥のテーブルに行った。


ちょっとどこに行くつもりだよ!?



トレイシーが歩いて行ったのは、セリアさんとキンバリーとがいるテーブルである。


本当にお礼参りパート2だったのか。

一触即発である。



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