第139話 愛の勝利

Booo、Boooo。


野外大劇場に集まった観衆のブーイングは続いている。


そうだよなあ。

美女同士のハイレベルな決闘を期待して見に来たのに、あの変な手紙では納得いかないだろう。



カンカンカン。

鐘を打ちならす音がする。


太陽が南中した。

正午である。


ジェシカ・ダッカーは拡声魔術器の前に出て来た。


「銀弓ダイナは会場に現れなかった。

よって薬屋マデリンの不戦勝とする!」


立会人から勝者が宣言される。

決闘は終わった。



Booo、Boooo 、Booooo!!

ブーイングが更に大きくなる。


これ、まずいんじゃないか?

僕は思った。


その時だ。


「皆さん。

この度の決闘の勝者マデリンです」

マデリンさんの甘い声がした。


拡声魔術器の前にマデリンさんがいた。



「ご存知でしょうか?

銀弓ダイナは旅に出ましたが、金盾アルペロも旅に出ました。

2人は手を取り合って故郷に帰るそうです」


マデリンさんは、ここで一呼吸置いた。


「マデリンは、マデリンは……。

決闘の勝負に勝ちました。

でも。

恋の勝負に負けました!!」


そこまで言って、マデリンさんは軽く涙ぐんだ。


ここからマデリンさんまで、かなり距離があるのに、泣いてるのがよく分かるよ。

うまく泣いてるよなー。



「でもでも、マデリンは、愛の女神アプストの信者です。

だから。

知っています!

信じています!!

どんな時も、


愛の勝利を!!!」


ブーイングが収まってきた。

なぜ大衆はこれで納得できるんだろう?

こういう感情は、僕の苦手分野である。



「……マデリンは、

旅立つ2人への祝福をこめて……、

歌います!」


えーと、マデリンさん。

なぜそこで歌うんですか?

論理が飛躍してますよ!



ともあれ、マデリンさんは歌い出した。

マデリンさんが歌ったのは、愛の勝利を歌った、ロイメで昔から伝わる古謡だ。

初代ギルマスが歌っていたと言う噂もある。

縁起の良い歌で、祝い事の席や2人の門出などでよく歌われる。


マデリンさんの歌声は僕が聞いても素晴らしく、ブーイングは完全に止んだ。



歌が終わると、ジェシカ・ダッカーが再び出てきた。

拡声魔術器をマデリンさんから受け取る。


「此度は、マデリンによる愛の女神アプストの勝利であり、若い2人の門出として結婚の女神ヴァーラーの勝利でもある。

二柱の女神の神官から挨拶があるそうだ」



舞台に、愛の女神アプストの中年の女性神官と、結婚の女神ヴァーラーの初老の女性神官が出てきた。

2人は握手をし、軽く包容し合い、互いの信仰を讃えあった。


2人が内心何を考えているかはわからない。

しかし、見かけ上は見事な和解となった。


「うぉぉぉォォー!!」

観衆から、嵐のような歓声があがる。


これは僕にも分かる。

良かったよ。

頑張った甲斐があった。



2人の女性神官と、ジェシカ・ダッカーが引っ込んだ後、出てきたのは楽団だった。


かくして、真昼の決闘は、マデリン・コンサートへと変わったのである。




「バカバカしい。あたし帰る」

レイラさんが立ち上がった。


勿体ない。会場は大盛り上がりなのに。

まあ、パトリシア・コーウェルは気分悪そうにさっき帰ったが。


キンバリーもついて行こうとしたが、レイラさんは一人で帰りたいのだと言った。



「レイラさん、なぜマデリンさんと2人で一度ロイメを出たのですか?」

僕はレイラさんに聞いてみた。


ちょっと不躾だったかな?

まさかパトリシア・コーウェルを怖れたわけじゃないだろう。


レイラさんはジロッと僕を見た。

スミマセン。失礼しました。



「パトリシア・コーウェルって、すごく感じの悪い女でね。

いかにも貴族女って感じで。

正妻の権利とやらを振りかざしてきて、すごくムカついたの。


あたしとマデリンの所に、そりゃ偉そうにやって来たのよ。

あたしもマデリンも結婚の女神ヴァーラーの信徒じゃない。

護衛も連れて来たけど笑っちゃう。

アタシなら、一発で気絶させられるわ」


まあ、レイラさんならできるだろう。

なにせ、トロール族の傭兵に喧嘩を吹っ掛けて勝つのだ。


一方でマデリンさんは、結婚の女神ヴァーラーの信徒でない。

ヴァーラーの正妻の権利を説いても、通じないというものだ。



「だから、マデリンと2人で賠償金を払った後、徹底的に馬鹿にしてやったの」


僕はパトリシア・コーウェルにちょっと同情した。

自業自得だと思うけどね。


「そして、しばらくして気がついたのよ。

自分の力を振りかざして、あたし、自分が一番嫌いな奴と同じことをやってるって」



「スミマセン」

僕は言った。


本当にスミマセン。余計なことを聞きました。


「まあ、いいわよ。

話しておきたかったし」

レイラさんは言った。



「レイラさんは悪くない。

命懸けで火竜ファイヤードラゴンと戦った。

戦った人に敬意が払われるのは当然」

キンバリーが言う。


「フン」

レイラさんは少し笑った。

そして、1人で立ち去った。




マデリンさんが数曲歌い終わった後、短い休憩があった。

しっかし、すごかったな、マデリンさん!

感動した!!



「ねえ、パトリシア・コーウェルって、銀弓なんて女を、なぜあーんなに信用したのかしら?」

メリアンが言った。


言われてみればそうである。

銀弓ダイナが、……ちょっとアレなのは話せば分かるだろうに。


「おそらく……」

答えたのは、ユーフェミアさんだ。


「パトリシア様のにとって、女性冒険者は、ジェシカ・ダッカーでありマデリンさんであり、レイラさんなのです。

無理難題を吹っ掛ければ、火竜ファイヤードラゴンを討伐し、ロイメ政治と経済を動かす。

そう言う方達なのです。

銀弓も同じタイプだと思ったのではないでしょうか?」



「それ、おかしいデス。

どうしてジェシカ先生が女性冒険者の標準になるのデスか?」

前の席のセリアさんが言う。


全くその通りである。

ジェシカ・ダッカーやレイラさんやマデリンさんが冒険者の標準なら、ロイメの冒険者はほとんど失格に成ってしまう。


なんか自分の冒険者の基準がおかしいって、思わなかったんだろうか?


パトリシア・コーウェルの周りにいた冒険者は、その3人だったのかもしれないけどさ。



……。


僕は、改めてパトリシア・コーウェルに少し同情した。


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