第138話 手紙は語る

マデリンさんと銀弓ダイナの決闘の当日、天気は快晴だった。


決闘の会場は、ロイメの北の草原、城壁の外にある大野外劇場だ。

小高い丘の上に、おそらく人工的に作られた窪地があり、一番低い中央が舞台になっている。

窪地の斜面に沿って石造りの座席もある。


大野外劇場は、ロイメの城壁の一部と同じく古代の遺跡で、今はロイメ市が管理している。



ジェシカ・ダッカーは、大野外劇場を借りきり、チケットも売りさばいた。

チケットはプレミアがつく人気ぶりである。



僕達『三槍の誓い』とユーフェミアさんの分のチケットは、ジェシカ・ダッカーが送りつけてきた。

良い席である。


僕の左側ユーフェミアさん、右にメリアン、その向こうにキンバリーそしてレイラさん。

後ろの席にナガヤ三兄弟。

ドタバタしているうちにこういう並びになった。



「結局やるんですね、決闘」

僕は前に座る『緑の仲間』のセリアさんに話しかけた。


金盾の手紙は銀弓に届けられた。

そして、銀弓は金盾を追いかけて、ロイメから姿を消した。

僕達は、銀弓がロイメを出る所を確認している。


決闘の片方がいないのにどうするつもりなんだろうか。



「ジェシカ先生は、結婚の女神ヴァーラー神殿にも、パトリシア・コーウェルにも、ちゃんと何度も確認していマス。

中止にしなくて良いのカと。

でも、向こうは、問題ナイ、の一点張りなんデス」

セリアさんはヒソヒソ声で教えてくれた。



パトリシア・コーウェルとは今まで散々話題にしてきたロイメのとある女性議員である。

王国の貴族出身で、ロイメの名門に嫁ぎ、夫の死後、女性家長となり、ロイメ市議会の有力メンバーとなった。

若い頃は美人だったらしい。今でも、優雅な老婦人である。


なお、王国の貴族とロイメの名門との婚姻は時々行われている。



決闘は、本日の正午からの予定だ。

まもなくである。

マデリンさんは既に来ていて、舞台の片側に置いてある椅子に、しおらしく座っている。

舞台の反対側、銀弓の席は空だ。



僕達の席のすぐ側にある、貴賓席が騒がしくなってきた。


貴賓席には、ロイメの議員や、有力者が座っている。

エルフ族や、ドワーフ族の姿も見える。


「銀弓はいつ来るのですかな?

もしかして、逃げたのでは?」


「銀弓ダイナは、女神の導きにより戻って来ると、私に言いましたのよ。

じきに来ますでしょう」


そんな声が聞こえてきた。



舞台で鐘がならされた。

もうじき正午(開演)であることを伝える鐘だ。


銀弓は来ない。



貴賓席のパトリシア・コーウェル付近が騒きが大きくなった。

神官や使用人が彼女の周りをを出入りしている。


観客席もざわめいている。

観客は、金を払って見にきたのである。

始まらない決闘に苛立つのは当然だ。



舞台に、決闘の立ち合い人であるジェシカ・ダッカーが現れた。

傍らには、リザードマンのソーソーとハーフ・トロールのスザナの姿も見える。


ジェシカ・ダッカーは、拡声魔術具の前に立つ。

このまま銀弓が現れなければ、マデリンさんと愛の女神神殿アプストの不戦勝となる。



「立会人殿!」

舞台の袖から、女性神官が現れた。

服装からして、結婚の女神ヴァーラーの神官だ。



「銀弓ダイナから、言付けられた手紙があります。

どうぞ」

神官の言葉が、拡声魔術具で拡声されて、聞こえてきた。


ジェシカ・ダッカーは、手紙を受けとり、改めた。



しばらく後、ジェシカ・ダッカーは、改めて拡声魔術具の前に立った。


「決闘を見届けんと集まってくれた皆の衆!」


ジェシカ・ダッカーは拡声魔術具を使い、観客に呼び掛ける。


「今、ここに銀弓の手紙が届いた。

今から読むぞ。

皆、聞け!」


オオー。観客席からどよめきが起きた。




『創世において、神々はこの世界にヒト族の始祖を召還した。

我々は皆その子孫である。

私はこの手紙を、神々に招かれた全ての民に向けて書いている』


銀弓の手紙はこのような文章で始まった。

壮大な書き出しである。



『私はロイメにて、結婚の女神ヴァーラーの導きにより、邪悪なるアプストの使途と決闘することになった』


マデリンさんが邪悪かどうかは、僕はノーコメント。


『しかし今、私は別の導きを得た。

故郷に帰る道だ。

今、私の前には2つの道がある。

どちらが正しいか私にはわからない。

そして、私は1つの決断をした。

結婚の女神ヴァーラーの導きに全てを任せようと』



銀弓よ、それ、決断なのか?

成り行き任せじゃないのか?

僕としては、ツッコミたい。


観客席の反応も、ビミョーである。



『もう一度言うが、大いなる神々は、異なる世界から我々の始祖を召還したのである。

神々にとって、同じ世界に私を転移させるなど容易いことである』


銀弓の云う転移の魔術は、確かに存在する。

僕は見たことがないが、魔術師クランの記録にちゃんと残っている。

人間族の手には負えない。

ハイ・エルフの使う超級魔術の一つである。


観客の反応は、さっきよりさらにビミョーで、ブーイングもちらほら聞こえてきた。



『とりあえず、私は故郷で得た古い神託に従い旅に出る。

しかし、もし結婚の女神ヴァーラーが真に決闘をお望みなら、私がどこにいようと、そのお力で私を決闘会場に転移・召還なさるであろう。

その時は、私は命をかけて邪悪なるアプストの使途と戦うことを宣言する!」



ここで言っておく。

結婚の女神ヴァーラー天候の神カザルスといった神々の主流派が直接地上に介入したのは、神話の時代のことだ。


今の時代、神々介入するとしても、神託を降ろすとか、天候を操るとか、せいぜい勇者や聖女に特別なスキルや武器を授けるぐらいである。

何度も言うが、神々が地上で、特定の誰かを召還魔術で転移させたりしたのは神話の時代のことだ。



『もし、結婚の女神ヴァーラーが私を召還しないなら、今は機が満ちていないか、古い神託を優先せよとの結婚の女神ヴァーラーの意思であろう』


銀弓の手紙は続く。

銀弓さん、あなたの頭の中では今も神話の時代ですか……?



『最後に、私に女神の縁をもたらしてくれたパトリシア・コーウェル議員殿、結婚の女神ヴァーラー神殿の次席神官長殿に心よりお礼を申し上げる』


あー銀弓、ここで黒幕ばらしちゃったよ。

パトリシア・コーウェルはだいたい分かってたけど、次席神官はここで名前ばらされたくなかっただろうなあ。



『そして、私は全てを女神に委ね、女神の意思から決して逃げぬことを、

ここに宣言する!』


銀弓の手紙は、ここで終わった。



「銀弓さァ、女神の意思とか、何寝言なにねごと言ってんのよ。

自分の欲望のまま、男を追いかけただけじゃないの」

僕の右隣のメリアンが言った。


僕もそう思う。


「傑作ですね。

銀弓ドカッペを持って、王国の連中カッペを制すと言うことです」

僕の左隣のユーフェミアさんがウフフと笑いながら言った。




Booo、Boooo、Booooo。

決闘が行われないらしいと悟った観客からはらブーイングが起こり始めた。

ブーイングはどんどん大きくなる。

「金返せー」とか怒号も聞こえる。



あー、これ、どうするんだよ!?

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