第101話 抜け穴

僕達の後ろで、青い目の鳥の浮彫がある壁が左右に割れた。


扉は開いた。

そして、退路はない。



「救援隊が出る昼にはまだ時間があります。進むべきでしょう」

ウィルさんが微かに震えながら言った。

怯えているのか、武者震いかは、わからない。


「ったく。入るしかねーな」

ダグも言う。


その通りである。

冒険者は進むものなのだ。



扉の向こうは小さな広間だった。

確かに、小さな円い泉のあった部屋に似ている。

今までの通路に比べると格段に天井が高い広間だ。


ウィルさんとダグは槍に聖水をかける。僕は聖属性の結界を強化した。

歩みは用心深くゆっくりだ。


中にはたくさんの亡霊レイス幽霊ゴーストがいるのが見えた。

高い天井は、彼らがの発する霊光が幾重にも重なって、僕の目には明るく輝いて見えた。


「ニンゲンヒトリメ、ヒトリメトリメ、リメメ……」

数体の亡霊レイスが上空で歌っている。



「なんか変な臭いがしねえか?」

ダグが鼻を鳴らしながら言った。


ええと、僕は特に感じないけど。

亡霊レイスのダンジョンは清潔だが、ここは特にその印象が強い。


「気のせいじゃないの?」

メリアンが言う。


「いや、臭う。こっちからだ」

ダグがなおも言い募った。


「ダグは鼻がききますからね。どんな臭いですか?」

ウィルさんが言う。


「第二層のいつもの臭い。

アンテッドの臭いだ」

ダグが答えた。



臭いがすると言うことは、亡霊レイス幽霊ゴーストではない、実体のあるアンテッドがいるのだろう。

僕達は隊列を組み歩く。

槍を軽く構えたダグが先頭だ。



歩いているうちに臭いは僕にも感じ取れるようになった。

だが、アンテッド魔物モンスターの姿は見えない。

僕は明かりの魔術を先行させた。


「壁になんかシミがねーか?」


確かに何か見える。


「シミではありませんね。穴です」

ウィルさんが言った。



ダンジョンの壁に穴。

あり得ないわけではないが、珍しい。

ダンジョンに壁をあけるほどの魔術は、そうそうない。

仮に穴があいても、ダンジョンの不思議な力で修復されてしまう。


近づいて見ると、実に不恰好な穴だった。

強い力で岩壁が破壊され、そのまま放置されたようだ。


大きさはちょうどヒト族ヒューマノイドが通れるぐらい。

どのヒト族ヒューマノイドだって?

ケンタウルス族なら余裕だろう。トロール族なら、……かなり頑張る必要があるかな?



「穴の最大径は3目盛強。穴の長さは4目盛弱と言うところですか」

ウィルさんが言った。


僕は手帳に書く。

ダンジョンの穴が珍しいように、ダンジョンの壁が露出しているのも珍しい。


次にやることは決まっている。

広間に他に出口らしきものはなかった。

冒険者は前に進むものなのだ。



「通れますかァ」

壁越しにウィルさんの曇った声が聞こえる。


僕は穴を通り抜けようとジタバタしていた。

穴はそこまで小さくはなかった。しかし、穴の向こうに次の壁が迫っていた。


「よっこらせっと」

体を上に向け、腹筋を使うと頭をぶつけずに通り抜けられた。

僕は狭い通路に出た。


穴を潜り抜けると、はっきり臭いが強くなる。

空気も違う。ダンジョンの別エリアに来てるんじゃないだろうか?



「とりあえず大丈夫です。皆さんも来てください」

僕は言った。


通路はともかく横幅が狭い。体を斜めにしないと歩けない。

なお、天井はそこまで低くない。


「通路横幅、目測もくそくで1目盛半!」

ウィルさんが言った。



僕達は、カニ歩きで一列に進んだ。

先頭は僕、次はダグ、そしてウィルさん、最後尾はメリアン。

聖属性の持ち主が先頭と最後尾である。



「ここに模様があります。第二層の奥で既に発見されている模様です。

ここは間違いなく第二層でしょう」

ウィルさんが言った。


「そんなことより、早くこの狭い通路を出たいぞ」

ダクが言う。

体の大きいダグは僕より歩きにくそうだった。


「もうすぐ出口です」

僕は言った。


細い通路から怖々こわごわ顔を出す。もちろん、聖属性の結界を先行させてだ。



「グがァー」

暗い中に赤い目が光った。

人型のアンテッド魔物モンスターだ。


そのアンテッド魔物モンスターは、僕の結界に入って来ようとする。

いや、やめてくれ。

君の行為は、僕も君も、誰一人幸せにしない。


僕の聖属性の結界はちょっとしたものである。アンテッド魔物モンスターには、確実にダメージをあたえる。


しかし、赤い目の人型魔物モンスターは、恐怖を感じた風もなく進んで来た。肌がめくれ、筋肉が露出してもなお進んでくる。

視覚にキツイ。はっきり言ってキモイ。


誰得の世界である。

しつこいぞ!


その時、人型魔物モンスターの大きく開けた口から、白い大きな牙が見えた。

赤い目と白い牙のアンテッド。

もしかしてバンパイアか!?



周囲を良く見ると、暗い中にたくさんの赤い目が見えた。それらは僕の方に近寄って来ようとしている。


ヤバい。

退却だ。


冒険者は無駄な危険を犯さない。

必要に応じて逃げるものなのだ。




「とりあえず休憩しましょうか」

ウィルさんが言った。


僕は座りこんだ。怖かった!



あの後、僕達はジタバタしながら抜け穴をくぐり抜け、無事に亡霊レイスのダンジョンにもどった。

いざと言う時は、抜け穴の内側で防衛戦をやる覚悟だったが、これは杞憂だった。

バンパイア達は通路にも入ってこなかった。


魔物モンスターにも縄張りがあるのだろうか。



「どうぞ」

ウィルさんが飴玉を配りながら言った。


僕はありがたく口に放り込んだ。疲れた神経に甘味が嬉しい。


「このメンバーと装備で、バンパイアの大群と戦うのは厳しいぜ。

あの穴、俺の槍が通らないんだよ」

ダグが言った。



その通りである。


向かいの壁にぶつかって、ダグの長槍は穴を通れないのだ。

体を曲げられる人間はなんとか通れるのだが。


「まあ、いざとなれば柄は切るけどよ」

ダグは続けた。



「クリフの結界はどれくらい持つのよ?」

メリアンが言った。


「今のレベルなら、丸1日は余裕だよ。

正確に言えば、起きていられる間は維持できる」

僕は答えた。


マナが豊富な亡霊レイスのダンジョンならではである。


「クリフも大概化け物ね」

メリアンが言う。

これは、無視する。



「その、皆さん。

もう一度考えてみませんか?

私にはあの穴がこの美しい場所の出口だとは思えないのです」

ウィルさんポツリと言った。



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