第100話 青い目の鳥

「そろそろ人跡未踏エリアですね」

ウィルさんが言った。


『禿げ山の一党』から買った不正確な地図にも載ってないエリアだ。


相変わらず、ダンジョンは、亡霊レイスは出ず、臭いもなく、静かだ。

足元の石畳は、割れ目もなく歩きやすい。


僕達の足取りはのんびりしたものだった。



「あそこの壁に模様があるぞ!」

ダグが言う。


メリアンとダグは、いがみ合うのに飽きたのか、地図作りに協力するようになった。


「なかなかきれいな形よね」

メリアンがそう言いながら、模様を軽く指でなぞった。


「メリアンさん、壁には罠のスイッチがあることがあります。

無闇に触らないで下さい」

ウィルさんが言う。


「えっ、ちょっと。そういうことは早く言ってよ」

メリアンは、慌てて手を引っ込めた。


トラブルメーカー・メリアンだが、今回は何も起きなかった。



ウィルさんの視点で見ると、単調だと思っていた第二層のダンジョンは、なかなか面白かった。

模様や道には規則性があった。


僕達は、地図を作りながら、散歩気分で歩いて行った。


きれいな水が湧き出る小さな円形の泉も見つけた。



「ねえ。クリフ・カストナー」

突然メリアンが言った。


「どうしたんだ、メリアン?」

僕は答える。

メリアンお得意の疲れたってやつか?


「ええとね。言おうと思ってタイミングを逃していたんだけど。

なかなか2人きりになるタイミングはなさそうだし、今言うわ」

メリアンは言った。


えっ、メリアン。それって?



「私、悪かったと思ってるのよ」

メリアンは続けた。


そっちか。一瞬告白かと思ったよ。

まあ僕としても、メリアンに告白されても困るんだけど。


「いつまでも気にしてもしょうがないと思ってるよ」

僕は答えた。


追放について、なんの遺恨もないと言ったらら嘘になるから、こういう答え方になった。



「でも、私は失敗したわ。あれは私のせいよ」

まあ、そういう面はある。


「私があの時、ちゃんと泣いていれば、あなたは勝てたはずなのよ。

だから、負けたのはあなたのせいじゃないわ」

メリアンは言った。


何か言ってることがおかしい。



「ええと、メリアンは、今、の話をしているんだ?」

僕は聞く。


「だから、銀弓が『青き階段』来た時よ。

クリフは、銀弓に口喧嘩に負けて落ち込んでたって聞いたから」


そっちかよ!



まあ、銀弓に完全にしてやられたことはこたえた。

しかし、なぜメリアンが泣くことが勝負に関係するんだ?



「あの時、私がちゃんと泣いて、『銀弓ダイナにいじめられた、クリフは私をかばってくれたの』って皆に訴えていれば、空気は全然違ったはずなのよ。

みんな味方してくれたと思う。

銀弓と私、2人で同時に泣けば華奢な美少女の私の方に分もあるもの」



……えーと、なんて言えば良いのかな?

僕が勝ちたいのは議論であって、そういう情緒的な戦いではない。断じてない。



「悔しいけど、私も銀弓の空気にのまれちゃったのよ」

メリアンは続ける。


「なぜ泣くと喧嘩が勝てるんだよ。訳わかんねえ」

ダグが言った。


そうだよ、僕もわからない。



「女の戦いでは、涙も武器よ。

効率よく利用しないと」

メリアンは言った。


「戦いなんだから、殴り合いして勝った方が勝ちに決まってるだろ」

タグが言う。


「そういうのは、男の野蛮な戦いよ。

女の戦いは、味方を多く集めた方が勝ちなの」

メリアン。


「かっー、面倒臭いな女の戦いは」

ダグ。



「ダグ、ずっと『雷の尾』にいたあなたは分かっていないようですが、男の戦いも十分面倒臭いんですよ。

それからメリアンさん、失敗は次に生かせば良いんです」

ウィルさんがなんかマトモそうなことを言う。


「そうよね。ありがとう、ウィルさん。

でも、ごめんなさい、クリフ」

メリアンは僕に言った。


「その件に関しては気にしてないよ。全然」

僕は答えた。



……それ以外どう答えろって言うんだ!




そして。

「あの角を曲がると何かある可能性があります」

ウィルさんが言った。


「なんで分かるんだよ?」

ダグは聞いた。


「このダンジョンは、大きな広場を中心として、左右対照な構造をしています。

そして、あの角の向こうは、ちょうど泉があった場に対応しているんです」

ウィルさんは答える。


「なら、早く行ってみようぜ」

ダグは言った。



ウィルさんが何かあると言った場所は、行き止まりだった。

そして、その行き止まりの壁には、大きな鳥の浮彫がある。第二層であまり見ない意匠だ。


そして、その鳥の目は青く塗られている。

いかにも、ココですよ!と言わんばかりだ。



「あの目は怪しいわ。何かのスイッチみたいに見えるわ」

メリアンが言う。


そうだね。僕にもそう見えるよ。



「あれは触らない方が良さそうだな」

ダグ。


うん。僕にもそう思うよ。


亡霊レイスのダンジョンはマナの気配が濃い。

ここも濃い。

罠の発生要件の一つは既に満たしている。



「……すみません、皆さん。私はあれを押したいんです」

ウィルさんが言った。


えっー。



「いかにも罠っぽく見えますよ」

僕は言う。


「でも、私には扉のスイッチに見えるんです。

あの鳥の青い目を押したら、前の壁が開くのではないかと。

ダンジョンの構造的にあそこは行き止まりではないはずなんです」

ウィルさんが言う。



「俺は 罠だと思う。ハロルドさんがいたら、慎重に行動しろって言う」

ダグが言った。


ダグが、なんか賢そうなことを言っている!


「罠対策はします。怪我ならメリアンさんが治せます」

ウィルさんが言った。


「毒ガスが出てきたらどうするんだよ」

ダグが言う。


「こんな時のために毒消しは持っています。高価なヤツです」


「落とし穴が開いたら、どうするんですか?」

僕は言う。


「ロープを張って、その上から押します」


「壁から崩落したら?」

僕は続ける。


「ロープは2本にします。

2本とも落ちたら、運命だと諦めます。いえ、本望です」

ウィルさんは言った。


いやいや本望って。



「みんなでもう1度来て、ハロルドさんが押すなら良いんですよ。

でも、安全策を取るなら、冒険者ギルドに報告です。

そうなると、私はこの壁の向こうには行けないかもしれません」

ウィルさんは言う。


うーん、僕も壁の向こうには興味がある。


でも最悪の事態が起きたとして。

ハロルドさんに、ウィルさんは死んじゃいました、本人は本望だと言ってました、って報告するのか?



「ボス魔物モンスターが出たら?」

メリアンが言った。


「……!」

ウィルさんは沈黙した。


特別な場所に、特別なボス魔物モンスター

ダンジョンでは、ことだ。



亡霊レイスのダンジョンなら、ハイレイスか、ちょっと毛色を変えてバンバイア!とか。


どちらも強くて危険な魔物モンスターだ。



「結論は出たな。出直そうぜ。

あのスイッチを押すにしろ、ハロルドさんやイリークさんと一緒の方がいい」

ダグが言った。


「……そうですね」

ウィルさんが言った。


「ハロルドさんが冒険者ギルドに報告するって言ったら、その時は俺も反対するからよ」

ダグは言った。


「わかりました。一旦戻りましょうか」

ウィルさんは言った。



僕達は、青い目の鳥の浮彫がある壁の前で引き返した。

言っておくが、誰も壁には手を触れてない。


そして、石畳の床を2~3歩歩いた時だ。


僕は足元で、マナがカチリと動く気配を感じた。


後で聞いたが、メリアンも同様にマナの気配を感じたそうだ。

ダグとウィルさんは、ガダンと言うを聞いたと言った。


次の瞬間、僕達の少し先に、ガゴンと石の壁が降りてきた。

突然の出来事だった。


ダッシュしかけたダクですら間に合わなかった。



僕達の前には、降りてきた石の壁があった。

後ろには、青い目の鳥の壁があった。

両脇はもちろんダンジョンの壁である。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る