第75話 真・パーティークラッシャー

僕達は、『青き階段』のロビーでお茶を飲んでいる。

今日の天気は曇りだ。悪くはない。



あの後、メリアンと銀弓の『女の戦い』は泥試合となった。


男を誘惑したのしてないの、金盾なんて単なるオッサンだの、いやすごいイケメンだの、こう言う話は、水掛け論にしかならない。


長身の銀弓は迫力のある女だった。

まあ、メリアンもよく頑張った。これまでの鬱憤もあったんだろうけど。


その場にいた皆が、えんえんと続く口論にうんざりしかけた頃、『冒険の唄』の旦那さんことクラン・マスターが戻って来た。



当然ながら彼は激怒し、僕達は『冒険の唄』を追い出された。

帰り際に、メリアンの『パーティークラッシャー』の噂ををやめさせろと、レイラさんとユーフェミアさんが釘を差していた。


まあ、最後グダグダになったとは言え、本来の目的は達したことになる。


なお、僕は「脚力強化」の魔術を使ったせいで、足がひどい筋肉痛になり、トビアスさんに肩を借りながら戻ってくるはめになった……。



「そう言えば、金盾はいませんでしたね」

僕は言った。


「想像だが、どこかで女の子と遊んでいるんじゃないか?」

トビアスさんがお茶をすすりながら答える。


「金盾ってそう言う男なんですか?」

ホリーさんが聞いた。


「そうだよ」

トビアスさんが答える。


銀弓にとって、金盾は運命のひとらしい。

彼女もまあ、変な男に惚れてるものだ。僕の意見なんて余計なお世話だろうけど。



向こうのテーブルでは、メリアンがキンバリー相手に『銀弓』や『金盾』や、その他のパーティーの愚痴をえんえんとしゃべっている。

キンバリーは黙って聞いている。

メリアンの話は当分終わりそうにない。


あれは、救援しなくて大丈夫だろうか?


僕がそんなことを考えていると、キンバリーが突然立ち上がった。

「歌が聞こえる」

キンバリーは言う。


「この声は薬屋?」

ユーフェミアさんが言った。


「?」



レイラさんが、ガバッと起き上がった。

「あの女、今頃戻って来たって言うの。のよ」

レイラさんは、あきらかに怒っている。


「一年ぐらい出掛けてたかな?」

トビアスさんが言った。


「マデリンがこのタイミングで戻って来るなら、レイラが頑張らなくても良かったかもねぇ」

ザクリー爺さんが床をモップで掃除をしながら言った。


「マデリン?」

僕は聞いた。


「はい。マデリンさんは、ロイメ一の薬屋なんです。

戻って来てくれてよかった。

マデリン印の美容液がなくなってお肌の調子が悪くって困ってたんです」

受付で、ノラさんが喜んでいる。


ちなみにノラさんの肌荒れは、僕には全然判別できない。



「♪はかなき~、愛よ~、

切なき~、愛よ~、

甘き~、愛よ~、

苦き~、愛よ~、

私は~、人魚姫~♪」

歌詞については、何も言うまい。

ただ、声量豊かな声は素晴らしい。


バン。

『青き階段』の扉が開いた。


「愛ははかなく、愛は不滅。

そして、私は愛の旅から今、戻って参りました!」


「お久しぶりです。マデリンさん、12回目の駆け落ちは長かったですね」

ユーフェミアさんは言った。



マデリンさんは、泣き黒子ぼくろが色っぽい、すごい巨乳美人だった。

すごいは、巨乳と美人のどちらにかかるのかって?

もちろん、両方だ!


そして、鮮やかな波打つ青い髪と満月のように白い肌。

青い頭髪を持つ種族は一つしかない。

マデリンさんはセイレーン族なのだ。


セイレーン族を見るのは初めてだ。

彼女らはセイレーン諸島に住まう少数種族である。

本の内容が真実なら、女のみの種族のはずだ。

『愛と恋の女神アプスト』の愛し子とも言われている。



「お久しぶりぃ、レイラちゃん。ここで会えるなんてラッキー」

マデリンさんはそう言うと、僕達のテーブルに近づいてきた。


近くで見るとますます美人だった。

大きな紫色の目は、青い睫毛で縁取られている。

胸の迫力も含めて、メリアンに比べてもいっそう華やかだ。


僕はこっそり彼女の手を見た。1、2、……6本。

セイレーン族の指は6本あると本に書いてあったが、その通りである。



「帰ってくるなら、手紙ぐらい寄越しなさいよ。お陰で大立ち回りだったんだから」

レイラさんは不機嫌に答える。


「新しい女の子もいるのねぇ」

マデリンさんは、レイラさんを無視して、ロビーを見回している。


「そういや、この子メリアンは、あなたの弟子よ」

レイラさんがメリアンをマデリンさんに紹介した。


「マデリンは、弟子を取った記憶はないわよ?」

マデリンさんが小首をかしげながら言った。


「『パーティークラッシャー』って呼ばれているのよ、この子」

レイラさんは言った。



まあ、と言うと、マデリンさんはメリアンに近づいていく。


「ねぇ、メリアンちゃん。いくつクラッシュさせたの?

6つぐらい?12ぐらい?もっと?」

マデリンさんは左右合わせて12本の指を胸の前で組んだ。


「3つ」

メリアンはいろいろ圧倒されたようで、素直に答えた。


「えー、しょっぼーい。

そんなの『パーティークラッシャー』じゃないわよぉ。

『パーティークラッシャー』を名乗るなら、最低でも、両手の指の数、いえ、両手・両足の指の数ぐらいパーティーをクラッシュさせないと駄目よぉ」


セイレーン族の指の数なら、両手・両足で24か……。



「ちなみにマデリンさんの二つ名は、『パーティークラッシャー』。

今なら『元祖パーティークラッシャー』と言うべきかな?

そして、冒険者時代は、レイラさんの相棒だった」

トビアスさんが解説してくれた。


レイラさんはもしかして、相棒の二つ名の為に動いたわけか?





そのあと


マデリンさんは、帰ってきて早々に、どこぞのパーティーをクラッシュさせたらしい。

ロイメの話題はマデリン一色となった。


そして、『パーティークラッシャー・メリアン』の噂は、太陽の前に月が輝きを失うが如く、消えてしまった。


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