第14話 キャンプ
ダンジョンの中に香ばしい香りが漂う。
「そろそろ焼き上がるな」
トビアスさんが言った。
レイラさんがトビアスさんを称して「何でもできる男」と言っていた理由がわかる気がする。
ダンジョンをだいぶ進み、ちょうど良い小部屋を見つけたこともあり、夕食にすることになった。
料理係はトビアスさんだ。
保存食の料理なんて誰がやっても同じだと思っていたが、そんなことはない。
小さな魔石コンロで作ったスープはあっさり味だったが、体を暖めたし、そしてこれだ。
「ダンジョン一層と言えば、マイコニドの塩焼きだろ」
来る途中でマイコニドを見つけた。無視して、通り抜けようとしたが、トビアスさんが狩ろうと言い出した。
衝撃反射の結界で毒胞子を避けながら近づき、コサブロウさんが傘と軸を一撃で切り離し、戦闘はあっさりと終わった。
トビアスさんは慎重に近づき、マイコニドの軸を切り取って来た。
マイコニドは、傘に毒があるが、軸には毒はない。そして、良質のマナを含んだダンジョン産マイコニドの塩焼きは旨い。
「足が早くて、ダンジョンから出るとどんどんマナが抜けて風味が落ちるからね。これは冒険者だけの特権でしょ」
塩焼きはどんどん出来上がる。
「昔、金持ちの依頼で特殊な容器に入れて持ち返ったこともあるけど、たいしてうまそうには見えなかったな」
コイチロウさん・コジロウさん・コサブロウさんはひたすら食べている。
キンバリーが無言で皿を差し出した。
「お代わりだな。まだあるぞ」
「マイコニドは疲労にも効くんだよ」
ダレンさんは言った。そして小さな声で付け加えた。
「ただ、髪の毛には効かなかったな」
お腹の隙間は乾パンで埋め、乾燥フルーツがデザートになった。
ダンジョンの夕食は終わった。
さて、キャンプだ。
別の小部屋を見つけて、(さっきの場所は、マイコニドの匂いが残り過ぎていた)改めてキャンプを張る。
希望者(要は全員だ)に生活魔術をかける。
生活魔術は体の表面を軽く浄化する。風呂に入るほどではないが、汗臭さが消えてスッキリする。
もとは、モンスターに体の臭いを悟られないために作られた魔術らしい。それが改善されて、生活魔術になった。
膜構造を使った魔術で、そのせいか、僕は比較的得意だった。多分、僕は膜構造と相性が良いのだ。
これが爆発させる系の魔術だと目も当てられない結果になる。
トビアスさんとダレンさんに
「上手いもんだな」
「以前組んだ魔術師より上だよ」
と言われたので良しとしよう。
ダンジョン内は煙はこもらないが、薪がないため、焚き火ができない。
周囲に、チョークを使って結界を描いていく。これでモンスターや虫が入って来にくくなる。
寝る時は、薄いシートを引いて湯タンポを抱く。
マント一枚で寝ていたのは、昔の話だ。冒険者通信にモンスターの素材を使った高性能シートの広告が載る時代である。
なお、トビアスさんとダレンさんのシートは明らかに僕の物より高級品だ。
ああいうのが欲しい。
なお、湯タンポはユーフェミアさんからの餞別だ。
見張りは三交代で、僕とキンバリー、トビアスさんとコジロウさん、コイチロウさんとコサブロウさんとダレンさんの順に立つことになった。
小さな魔術灯をつけ、僕とキンバリーは向かい合った。
見張りが大声で話すと周りが眠れないが、あまり静かにしていると居眠りしてしまうこともある。
と言う訳で、見張り同士がヒソヒソ声で話す分にはかまわないのが冒険者の間のルールである。
しかし、困った。キンバリーは無口だし、あまり話したことがないのだ。彼女はパーティーメンバーだし、僕はリーダーなのに。
「なぜ冒険者になってダンジョンに行こうと思ったの?」
ヤバい。いきなり滑った気がする。でも口から出た言葉はなかったことにはできない。
「僕は、魔術の修行のため」
僕は慌てて続ける。
「体内により多くのマナを取り込むためには、マナの濃いダンジョン深層に潜るのが良いって言われている。
だから、魔術師で冒険者になってダンジョンに潜る人は多い。
魔術師クランでもダンジョンに潜るチームはあるけど、順番待ちになるし、人と同じペースでしか修行できない」
僕はほぼ一息に話した。
「行きたいから」
いきなりキンバリーは言った。
「ダンジョンに行きたいから冒険者になった」
「私の親は両親とも冒険者だった。両親から冒険の話を聞いて育ったし、小さい時からいつか冒険者になるものだと思ってた。
八歳の時に両親がダンジョンで死んで、身内もいなかったから孤児院に入ったけど、孤児院でもダンジョンに行くことばかり考えてた」
キンバリーはいきなり雄弁になった。キンバリーの短い黒髪が揺れる。
「私は、レイラさんに付きまといまくって弟子にしてもらった」
「なぜレイラさんに?」
「『風読み』がどんなクランだか知らないの?」
「ごめん、知らない」
恥ずかしながら、本当に知らない。ユーフェミアさんに聞いとけば良かった。
「『風読み』はスカウトを育てるためにレイラさんが立ち上げたクラン」
そうだったのか。そう言えば、レイラさんは魔術が使えるけど、格好や装備はスカウトなんだよな。
「レイラさんは魔術師なの?スカウトなの?」
キンバリーの目が軽く冷たくなる。
「両方に決まっているじゃない」
「レイラさんはスカウトの実力次第で、パーティーの生存率は変わるって言ってる。
言っておくけど、スカウトじゃない人も『風読み』に習いにくる。
スカウトの初歩は学んで損はないし」
これは、あれだ。僕もスカウト技術を勉強しろと言うことか?
「冒険者になりたかったし、ダンジョンに行きたかったけど、私には才能がなかった」
今、才能がないとキンバリーは言ったが、スカウトとしての仕事は十分していると思う。だいたい技術はレイラさんのお墨付きだ。
「私は魔術が使えないし、力もないから、ダンジョンに行くためには、スカウトになるしかないと思った」
それきり、キンバリーは黙り込んでしまった。
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