第14話
校門前で朝倉先輩に別れを告げ、誰もいない校内を進む。所々に植えられた桜が風に吹かれて花弁が頬を撫でる。校舎に近づくにつれて心臓の鼓動が早くなる。でも嫌な感じじゃない。むしろ、少し興奮している。
ああ、本当に僕は高校に入学したんだ。ならないと、なれないと漠然と思っていた高校生になったんだ。わくわくを抑えきれずに昇降口へ向かい僕の下駄箱を探した。
おそらく教師や生徒は今は体育館で入学式の真っ最中だろう。爺ちゃんは心配しているだろうか。一時間以上の遅刻だ、今頃携帯電話の通知が凄いことになっているかもしれない。後でちゃんと謝らなければ。
五十音順らしき名前の羅列を辿り見つけた『夏芽瑠里』の下駄箱に背伸びをしながら手を伸ばす。
「ぐぬぬぬ・・・」
爪先立ちで身長を稼いでいるがあと少しが届かない。
「ほっ、ほっ」
ジャンプして下駄箱の扉に手をかけるが開けるまでには至らず、ただ跳ねるだけ。
誰だ、僕の下駄箱を一番上にしたやつは。入試のときに僕の低身長さは見てわかっただろうに。いやまあ、五十音順だから偶々そうなっただけなんだろうが、少しくらい配慮してくれても良かったじゃないか。
ぶつくさと心の中で悪態をつきながら靴を余っていた誰も使っていない下駄箱に入れ、上履きに変える。
「あとで先生に下駄箱の場所変えてもらおう・・・」
少しテンションが下がったが、まだ僕は元気だ。というかこのハイテンションを維持しないと緊張と恐怖でいつでも帰宅準備ができてしまう。
そもそも遅刻している時点でテンションがマイナスだ。それをお婆ちゃんや朝倉先輩パワーでなんとか上げているのだから多少のことでも帰りたくなってしまっても仕方ない。
とりあえず教室に荷物を置きにいきたい。入学式のためそれほど重くはないにしてもそろそろ肩が限界だ。
この体になってから引きこもりがちで全くと言っていいほど運動はしていないし何よりこの体、如何せん小さい。制服を着ていなければ良くて中学生。たまに小学生と見間違われる。舞里と並べば確実に妹扱いが常だ。
舞里の身長は平均らしいが現役中学生よりも低い高校生とは・・・。まあ、気にしても仕方ないことだ。早く教室に向かわなければ式典が終わってしまうかもしれない。
そう思い教室に足を進めようとした時、あることに気づく。
僕、教室の場所知らない。
思いのほか焦っていたのだろう。事前の告知はなかったし、おそらくどこかに掲示板でもあったはず。急ぎのあまり確認するのを怠ったのだ。
掲示板を置くなら外だろう。またでなければ行けないのは億劫だか、それこそ仕方ないのないことだ。今回ばかりは僕が悪い。
「面倒だなぁ。もう、帰ってしまおうか」
頑張ると決めたそばから欲に負ける、これだから僕は。なんて独り言ちる。
肩から落ちかけたカバンを掛け直し、また昇降口へ戻り、靴を履いた。
「掲示板はどこかなーっと。あ、あった」
昇降口から少しずれたところに立てかけてあった。なぜ僕はこれが見えなかったのか・・・。
はぁ、と溜め息をつきながら僕の名前を探す。
「夏芽、夏芽・・・」
あ、この名前は。
「篠咲実梨・・・。実梨さん受かってたんだ。」
軽く荒んでいた僕の心が温かい気持ちに包まれ、口元が緩んだ。
そっか、実梨さん無事に入学できたんだね。あの日デパートで会った日のことを思い出す。
強引な約束。一方的な誓い。臆病でも関係ないって、僕の親友になるって言ってくれた。そんな彼女は太陽みたいな笑顔で僕を照らしてくれた。あの光が僕に勇気をくれた。
学校にこれたのは、いま僕がここに立っているのは彼女のおかげだ。
「もうちょっと、頑張ってみよう・・・」
辛くなったら実梨に会いに行こう。きっと迎えてくれる。ううん、友達に会いに行くのに理由なんていらないじゃないか。
会いたいから会いたい。それでいい。他愛もない話をして、そうだ、このあとご飯を食べに行ってもいいかもしれない。だって、友達なんだから。
そう思うと、僕の名前を探す速度が上がる。掲示板に目を滑らせていくと思いのほかすぐに見つかった。
思いのほかというのも、なんと実梨と同じクラスだったからだ。騒がしくなりそうだなと思いながらも楽しい高校生活になるだろうと期待を膨らませる。
僕はクラスと番号を確認し、改めて昇降口で靴を脱いだ。さっきとは違う、軽い足取りで僕は教室へ向かった。
自分のクラスに着くと窓から教室の中を覗く。当然、人はいない。しかし、遅刻しておきながら堂々と登校する気概はないのだ。
音が鳴らないようゆっくりと扉を開け、僕の席を探す。幸いにも名札が貼ってあったため、迷うことはなかった。
「ふう・・・疲れた」
席につき、一息入れる。重かった荷物を机の上に置き、背もたれに体を預けた。
時計を見るとあと三十分ぐらいで式典が終わるであろう時間を針がさしていた。このまま教室にいては戻ってきたクラスメイトに奇異の目で見られることに違いはない。途中からでも式典に参加し、合流するべきだろう。
しかし僕の考えとは裏腹に体の力が抜けていく。慣れない電車に乗ったり、迷子になったせいだろうか。疲れ果てた体は否応にも僕を眠気に誘う。
気づけば僕は机に伏して眠ってしまっていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「―――ちゃん!瑠里ちゃん!」
誰かを僕を揺すっている。声が聞こえる。舞里だろうか。
「んー、あと一時間ー」
「いや一時間ってながっ!ねー瑠里ちゃん起きてよー!」
長いって、いつも一二時間睡眠が基本の僕がたかだか数時間寝たところで起きないのは知ってるじゃないか。
「くぅー・・・くぅー・・・」
「ほんとに寝た!?待って待って!起きないと先生に怒られちゃうってばっ!」
揺する力が強くなり、次第にペシペシと僕の体を叩き始めた。いつからお兄ちゃんに暴力を振るうようになったんだ。あ、前からか。
「二度寝は人生においての休息。適度な休みが人生を豊かにする。よって睡眠は全てにおいて優先される。つまりそういうこと。おやすみなさい」
「なるほど・・・ってそんなわけわかんない理論で納得しないからね!?もおーそろそろクラスのみんなの視線が痛いから早く起きてってばー!!」
クラス・・・?そういえば僕はなぜ机に伏せて寝ているんだろうか。確か今日は入学式で―――
「入学式はっ!?」
咄嗟に立ち上がり辺りを見渡す。式典が終わっているのだろう、戻ってきたクラスメイトらしき生徒たちが僕を見つめていた。
「痛てて・・・とっくの前に終わったってぇ。むしろなんで寝てたのさ」
呆れた様子で顎を擦りながら涙目になっている実梨。しかし徐に僕の頬を両手で摘まむ。
「そーれーでー?私になにか言うことなーい?」
「おは・・・よう・・・?」
「違うでしょーーー!!」
実梨は叫びながら僕の頬を力いっぱい引っ張った。
「いひゃい!いひゃい!ひのりひゃん、いひゃいでふ!!」
「誰かさんが寝てるせいでホームルーム始められないし、起こしても起きないし、終いには私の顎に頭突きかましてくれたちびっこがいるんだけどどこの誰かなーっ!?」
「ひゃぁぁぁいひゃいでふ!!ごひぇんなひゃいぃぃぃぃぃ!!」
僕の叫びが学校中に響き渡った。
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