第96話 不安

 私と東尾師匠、利男の3人で海斗君を追いかける。


「猛士さん、平地では追ってこなかったけど、今回はついて来てますね」


 追いかけている私達に、海斗君が気付いたようだ。


「平地では逃げられそうもなかったのでね。無駄な体力を使わなかっただけさ。でも今は違う。集団が割れて取り残されたら追いつけないからね」

「なるほど、勝つために考えて走っているって事ですね」

「そういう事だよ。純粋なフィジカルで劣っている事は理解してるからね」

「戦術で補おうって事ですか? 私の方が経験豊富だと思いますけど、駆け引きで出し抜く事が出来ますかね?」

「心配ないさ。経験豊富なベテランなら、こちらにもいるのでね」

「確かに手ごわいですね。大分人数減ったようですけど」

「一時的に離れているだけさ」

「そうですか。また加速しますよ、走りに集中しましょう」


 私は黙って頷き、腰を上げて加速を始めた。

 上りに必要なパワーは500Wくらいか。

 上りの度に連発するのは結構しんどいな。

 多少の遅れはスプリントで距離を詰めれるけど、パワーは温存しておきたいな。

 海斗君を含めた私達4人は、第2集団の先頭付近で走り続けた。

 先頭付近のアタック合戦はしばらく続いたが、さすがに25kmの距離の全てでアタックを繰り返す事はなかった。

 1km程の少し長めの下りで、先頭付近の選手の速度が落ち着いた。

 すかさず一息ついて体力の回復に努める。

 今のアタックの連続で、どれだけの選手が脱落したのだろう?

 周囲の選手の密度が変わらないから、あまり減っていないのかもしれない。

 北見さん、木野さん、南原さんも無事に集団に残っているだろうか?

 選手が密集している状況では、後ろを振り返る余裕がないので、心配する事しか出来ない。

 その後は特にアタックがかからず、落ち着いて走る事が出来た。

 この区間では、これ以上無理をしないつもりなのだろう。

 そして、約33km平地区間に突入した。

 この区間では多少の緩いアップダウンはあるが、時速40kmを維持して巡行していた。


「ういっす。結構きつかったな」


 北見さん!

 どうやら無事に第2集団に残れていたようだ。


「無事で良かったですよ!」

「なんでぇ。やっぱり心配してたじゃねぇか!」

「す、すみません」

「まぁ、いいや。仲間に心配されるのは悪い事じぇねぇからな。後は木野君と南原君だな」

ただしは心配ないさ!」

「利男の言う通りだな。まだまだ中盤だから落ち着いて走れると思う。先頭付近でゆっくり待とう」


 木野さんと南原さんが追いついてこないので心配だったが、私達5人は集団先頭付近で走り続けた。


「お待たせですぅ~」

「少し手間取りましたね」


 木野さんと南原さんが私達に追いついた。

 既に平地区間33kmの内の20km程度走っている。

 追いつくのに結構時間がかかったな。


「俺は直ぐに追いついたのに、随分遅い到着じゃねぇか」

「集団の最後尾付近にいましたので。集団の人数が多いので、徐々に順位を上げるのに手間取ってしまいました」

「申し訳ないですぅ」

「いや、二人が戻ってこれて良かったよ」

「俺はただし達が追いつくって信じてたぜ」

「まぁ、堅司も一緒だったから、集団から遅れても平地で挽回出来るとは思っていたさ」

「皆さんお揃いですか? 無事に追いつけて良かったですね」

「おいおい、随分余裕じゃねぇか。俺の息子のヒーロー、猛士様に負けても泣くなよ!」


 北見さん……それでは悪役みたいではないか。

 だが、海斗君は不敵な笑みを浮かべた。

 これだけの人数の選手にマークされて何故余裕でいられるのだ?

 初めてレース会場で会った時は、利男より上だったが、師匠より下の実力だった。

 私は実力が上の師匠、海斗君と実力が近い利男だけではなく、南原さん、木野さんのアシストを受けている。

 彼の考えが分からない。


「おじさんの言う通りですよね。猛士さんに負けちゃいけないんですよね」

「その通りだ。弟の為に頑張るお兄さんは嫌いじゃねぇけど、今回は負けてもらうぜ」

「負けないと思いますけどね」


 海斗君と北見さんの会話は何かが引っかかる。

 私と海斗君で勝負しているのは間違いないのだが……


「ようかんです。海斗君の動きは気になりますが、惑わされないで下さい。彼との勝負だけがレースではありません」


 南原さんがようかんを差し出す。

 そうだな。ここで焦って自分を見失ってはいけない。


「ありがとう南原さん」


 ようかんを受け取り、食べた後に水を飲んだ。

 水が少しぬるくなったな。

 保冷効果があるボトルを使用しているが、冷たい状態を完全に維持する事は出来ない。

 スポーツドリンクを早めに飲んでおけば良かった。

 温くなったスポーツドリンクは不味いからだ。

 次の上り区間の水分補給はスポーツドリンクにしよう。

 食事を済ませたら心に余裕が出て来た。

 海斗君が何を考えていても関係ない。

 仲間達がいれば乗り越えられるさ!

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